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  • Dain
  • 2020年05月16日 15:09

「感染する自由か、監視された健康か」というレトリック『現代思想5:感染/パンデミック』

「健康」という言葉には色が無く、中立的な善のように見える。

しかし、誰も反対しない中立的な言葉からこそ、先入観や政治色を押し付けることができる。無条件に「よい」だと認められるからこそ、レトリックに気づきにくい。

たとえば「感染する自由か、監視される健康か」と迫られるときには、そのレトリックの向こう側を考える。わたしは、二者択一を迫るメッセージには、無条件で警戒している。あるはずの他の選択肢を覆い隠してしまうことを、恐れている。

情報が近すぎるし、早すぎるから、立ち止まって吟味したい。

LINEによる健康調査

引っ掛っているのは、LINEの健康調査だ。

厚生省による新型コロナ対策のための調査として、LINEを用いたアンケート調査がある。5/1より複数回にわたって行われ、わたしも回答している。

立ち止まって考えたいのは、これが大きな議論や反発がされることなく、なんとなく受け入れられているように見えることだ。

ひょっとすると、わたしの感度が鈍いのかもしれないが、個人が利用するアプリに、同意なく調査依頼を送ることは、どこかで問題視されていたのかもしれない。

だが、一部の反発がつぶやかれただけのように見える。この先にあるものは、携帯端末を通じた監視社会だから、様々な意見が百出するかと思いきや、たくさんの話題の一つとして流されようとしているように見える。

断っておきたいのは、この施策に反対しているわけではない。PSYCHO-PASSが象徴する健康ディストピアの入口にいるようで、むしろ興味深いと思っている。そして、権力が健康にどこまで介入するのか、しっかり見たいと考えている。

わたしが問題視するのは、このテーマが、ろくに議論されていないように見えることだ。「健康」という、反発しにくい言葉を盾に、なし崩しになっているように感じられる。重要かつ緊急だから仕方がない。了解だ。だけど、それは議論しなくていい理由にはならない。

ウイルスは社会統制を正当化するのか

わたしのアンテナが低かったようで、この議論は既に海外でされていた。『現代思想5:感染/パンデミック』にある、スラヴォイ・ジジェクの小論(*1)で分かった。

コロナウイルスの蔓延により、社会統制が正当化されてきたことに、リベラルや左派は警鐘を鳴らしてきたという。ウイルスが引き起こしたことは、「誇張した混乱」とされ、社会統制のための権力行使に利用されてきたというのだ。

しかし、ジジェクは、このように社会を解釈したところで、脅威を湛えた現実は消えないという。ウイルスの蔓延を押さえるために必要な措置を、フーコーが普及させた「監視と制御」というおなじみの範例へと切り詰めるべきではないという。

そして、より微妙なニュアンスを表現できる言葉を作り出す必要を訴える。

そこで引用されているのは、デザイン理論家・ベンジャミン・ブラットンのツイート(*2)だ。

単刀直入に言って、あらゆるかたちのセンシングとモデリングを「監視」として、また積極的なガバナンスを「社会統制」として反射的に解釈してしまうのは間違っている。現状に介入するためには、それらとは異なる、もっとニュアンスに富んだ語彙が必要なのだ。

Preempting the replies: It is a mistake to reflexively interpret all forms of sensing and modeling as "surveillance" and active governance as "social control." We need a different and more nuanced vocabulary than the one  habituated from tendentious readings of Foucault.


健康係数を色で分ける

監視・管理・制御のプラットフォームが構築され、社会インフラとして活用されてゆく様は、社会思想史を専門とする水嶋一憲の小論(*3)でまとめられている。

そこでは、アリババグループが開発した「健康コード」システムや、シンガポールにおける感染経路を追跡するためのスマホ用アプリ「トレース・トゥゲザー」、さらには厚生省のLINEによる健康調査が紹介されている。

特に、コードスキャン機能で判断された健康状態を緑・黄・赤の色別にし、色に応じて公共空間のチェックポイントを通過・制限が行われる様は、PSYCHO-PASSの犯罪係数に基づいた色相を彷彿とさせる。心理の計測は難しいが、体温なら比較的簡単だ。

ウイルス検査やトレーシングを、「監視」だとして批判する匿名性原理には、個人の自由をどこまで重んじるかという選択と共に、感染リスクの高い人々を危険にさらしてもよいのかという、倫理的な判断が含まれると説く。

みんな大好きフーコー先生を持ち出して、監視・パノプティコン・生政治で叩く方法は、短絡的すぎるのかもしれぬ。「ウイルスか、自由か」という二択の間に、もっと議論できるポイントがありそうだ。

感染者・接触者を包括的に追跡できる法律

5/14 のナショナルジオグラフィックに、「韓国はいかに感染爆発を食い止めているのか」という記事がある(*4)。ビッグデータを活用した接触者の追跡が奏功したとあるが、それは、「感染者・接触者を包括的に追跡できる法律」による施策だという。

この法律は、2015年に流行したMERS(中東呼吸器症候群)の教訓から制定され、以下の体制が整えられている。

  • 感染者および感染者に接触した人を、追跡して隔離できる
  • クレジットカード会社や携帯電話会社の履歴情報を取得し、それをもとに対象の行動経路が再現できる
  • 再現された経路は、本人の氏名を伏せて公開される

では、日本ではどうするの? という話になる。

上手くいっているから取り入れようとする考え方と、今の内閣でそれするの? という意見もある。おなじみのフーコー先生やビッグ・ブラザーを持ってくる人もいるだろう。この法案が動き出したら、「国民監視法」と名づける新聞も出てくるだろう。

現在、段階的な緩和の方向で進んでいるものの、揺り戻しが来る可能性がある。あるいは、遺伝子の水平伝播による長期化を招き、COVID-20を名づける必要が出てくることも考えられる。

その時になって是非を騒ぐのではなく、今の段階で、どこまでやってよいのか、誰がガバナンスするのかを話し合っておかないと……と考える。

韓国のデータ収集は、プライバシー侵害にあたると考える人がいるが、韓国国民からは広く支持されているという(当記事には、78%が人権よりウイルス封じ込めを優先する回答をしたとある)。日本ではどうだろうか。

おそらく、第二波が来るときだと、議論どころではなく、法案はスピード可決が求められるだろう。強力な手が打てないのは、後ろ盾となる法律がないからという理屈で、迅速に進められるだろう。

「ウイルスか、自由か」の二択にしないために

繰り返すが、現在の流れに反対したいのではない。

むしろ、わたし自身は、自分の健康状態を知らせることに抵抗を感じにくくなっているように思える。

問題は、この「感じにくくなっている」ことについて、反対する人がいるはずなのに、その声が聞こえてこないこと。この感覚がどこまで妥当か、吟味されるべきなのに、その主張が息をしていないように見えることだ。

本来の立場からすると批判するべき人が、率先して賛成してしまっているのではないか? 価値観の風向きが変わるのを見て、歴史や他国の事例を紹介することを躊躇っているのではないか、それを心配している。

わたしは、自分の考え方をアップデートするとき、その背景や根拠、歴史からの吟味を経た上で、実行したい。吟味をせず、いきなり「ウイルスか、自由か」の二択にしてしまいたくない。両者の間に、別の選択肢があるはずだから。

*1 スラヴォイ・ジジェク「監視と処罰ですか? いいですねー、お願いしまーす!」 MONITOR AND PUNISH? YES, PLEASE! (2020/3/16) http://thephilosophicalsalon.com/monitor-and-punish-yes-please/

*2 @bratton,2020/3/9 のツイート

*3 『現代思想5』p.38「コモン/ウイルス」解体するスペクタクル・デジタルメディア技術・コモンのケア

*4 Nathinal Geographic 2020/5/14 新型コロナ、韓国はいかに感染爆発を食い止めているのか

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/051400292/

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