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「9月入学」について改めて確認しておきたいこと - 中里透 / マクロ経済学・財政運営

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中学生の頃、期末テストの前になるとなぜか小説が読みたくなるということがあった。その理由は今も不明だが、目の前の困難に直面して現実逃避をしていたのかもしれない。いま盛り上がっている「9月入学」の話も、どことなくそれに似ているような気がする。

臨時休校が続いている小中学校や高校の授業時間をどのように確保するか、児童・生徒の失われた学生生活をどのように取り戻すかという現実の切実な課題が、「高等教育のグローバル化のために9月入学を」という話に転化していく様子をながめていると、これはさしずめ試験勉強を投げ出してポエムをつくっている中学生のようだ。

中には長年の悲願達成ということで「ピンチをチャンスに」「災い転じて福となす」「この難局を乗り切るために9月入学を」とやっている有識者もいるようだが、これは対応を間違えると火事場泥棒と非難されることになるだろう。

もちろん、海外留学の促進や留学生の受け入れ拡大などを通じて高等教育のグローバル化を進めていくことは重要な課題であるが、これは大学の「秋入学」を促進していくことで対応が可能である。小中高の「9月入学」の問題と大学の「秋入学」の話は、ひとまず分けて議論するのが常識的な対応ということになるだろう(なお、「秋入学」は多くの大学の学部・学科においてすでに実施されている)。

初等中等教育(小中学校、高校、特別支援学校など)における「9月入学」の問題について議論する場合には、このようなノイズを排除し、授業時間の不足と学校行事の中断という現実の問題にどのような形で対応していくかということに、さまざまなリソースを振り向けていくことが必要になる。

その際には、現在直面している課題を解決するうえで「9月入学」が有効な手段となり得るのか、他に代替的な手段がないのかを常に意識して検討を進めていくことが重要ということになるだろう。

結論を先に言えば、この問題は「2020年度」を2021年8月まで延長することで、休校によって失われた授業時間と学校生活を取り戻すことができるという「学びの保障」のメリットと、まだ生まれていない子どもも含めた未就学児の就学時期が「9月入学」への移行によって恒久的に後ずれするようになることのデメリットを比較衡量して決せられるべき問題ということになる。

「9月入学」については国や自治体の会計年度との兼ね合いや制度移行時の小学校1年生の人数が1.4~1.5倍になるといったことが指摘されることもあるが、これらは技術的に対応できる話だ(詳細については後述)。

一部の自治体関係者からは「9月入学がグローバルスタンダード」との主張もみられるが、これは欧米の主要国と学年歴をそろえて日本の教育体系を9月始まりとすることと引き換えに、義務教育への就学時期が欧米の主要国よりも半年ないし1年程度遅くなることを是とする提案になっているということにも留意が必要となる(この点についての認識が十分にあるのかはともかく話の筋としてはそのようになる)。

今回の「9月入学」は学年歴を5か月間後ずれさせる形で導入されるものであり、この結果、小学校に入学する時点の年齢が7歳5か月となるケースが生じてしまうことになるが(詳細については後述)、これは留学生の増加などグローバル化を進展させていくために受忍すべき当然のコストであるということであれば、学齢期を迎える子どもたちの保護者にそのことを丁寧に説明することが求められる。

これらのことを踏まえ、以下では5月7日付の拙稿(「9月入学について考える」https://synodos.jp/education/23524)でとりあげることのできなかった論点を中心に、「9月入学」をめぐる議論について改めて論点整理を行い、今後の検討の方向性について考えてみることとしたい。

なお、「9月入学」は9月を入学時期とする文字通りの「9月入学」と、9月を始業の月(各学年の授業期間の開始月)とする「9月始業」の両方の意味で用いられているが、「9月入学・始業」とすると煩雑でかえっていずれの意味で用いられているかがわかりにくくなるため、以下では「9月入学」と表記することを基本とし、「9月始業」を意味する場合にはその都度適宜補足をする形で記述を行うこととする。


1.「9月入学」では実現できないこと


「9月入学」については、さまざまな問題が一挙に解決できる「魔法の杖」のようにとらえる向きもあるが、「9月入学」によって「できること」と「できないこと」をあらかじめ分けておくことが、議論を効率的に進めていくうえで有益であろう。ここではまず「実現できないこと」について確認する。

休校措置に伴う学力差の拡大は解消できるか?

「9月入学」「9月始業」については、全国一律に9月に一斉に学校を再開させることで、休校に伴う学校間、地域間の教育格差の発生が回避できるということがメリットとして強調されることがある。だが、現実には一部の地域ですでに学校が再開されており、分散登校による実施を含めると学校再開の動きはさらに進展している。

緊急事態宣言の解除が進展していけば学校再開の動きはさらに加速していくことになるだろう。そうなると、9月まで臨時休校を続けたうえで、学校を全国一律で再開させるという「9月入学」の前提自体が満たされなくなる(なお、文部科学省の調査によれば、全国の公立学校の96%において今月内に臨時休校がとりやめになると報じられている)。

留意が必要なのは、多くの学校で臨時休校が続いている中にあっても、児童・生徒の個人間の学力の格差は拡大しているおそれがあるということだ。というのは休校で自宅にいる間も子どもたちの学びは続いており、地域の事情や家庭環境、個人の意思などの差によって学習が進展している児童・生徒とそうでない児童・生徒の間に学習時間などの差が生じてしまうためである。

このような差は休校期間中を長い春・夏休みのような扱いにして学校による関与を減らせば減らすほど拡大する可能性がある。

すなわち、外形上も実質的にも「9月入学」「9月始業」の措置をとることで格差の拡大が解消できると期待することはできないということになる。

「9月入学」は海外留学にメリットをもたらすか?

「9月入学」については海外との行き来(日本から海外への留学と海外からの留学生の受け入れ)がしやすくなるというメリットが強調されることもある。

この点については小中高の「9月入学」の話と大学の「秋入学」の話を混濁した形で論じられることが少なくないが、たとえば日本の高校生が卒業後に海外の大学に入学するというケースを考えてみた場合にも、「9月入学」への移行はほとんどメリットをもたらさない。というのは入学時期の移行が全体のスケジュールを7か月間前にずらすのではなく、5か月間後ずれさせる形で実施されるためだ。

高校の学年歴が、ある年の4月から翌年の3月までとなっている場合、9月始業の海外の大学に進学する高校生は3月に日本の高校を卒業した後、渡航に向けた準備と現地での生活への順応に5か月の時間を利用して9月(あるいは8月下旬)から海外の大学の新学期を迎えることになる。

「9月入学」が実施され、学年歴が9月から翌年8月までとなると、8月(あるいは夏休み前の6月頃)に日本の高校を卒業して9月に海外の大学の新学期を迎えることになるが、この場合、「9月入学」への移行のメリットは高校卒業から大学入学までの間の期間が間延びしなくて済むようになるということに過ぎない(逆に渡航準備はあわただしくなるかもしれない)。

もちろん、駅で電車を乗り換える際に待ち時間が少なくて済むと気分がよいように、卒業と入学の時期が近接しているほうが便利ということはあるかもしれないが、「9月入学」に移行することで1学年上のクラスに入ることができるようになるわけではないから、「9月入学にすれば留学がしやすくなる」という主張についてはその効果について過大な見積もりが生じている(あるいは、家を出る時間を後にずらすと、1本前の電車に乗ることができるようになるというのと同じような錯誤が生じている)ということになるだろう。

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