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今問われているのは、「個人情報保護」を言い訳にしない誠実さ。

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そして最後に。

ここまで「社外」のステークホルダーを「読み手」と想定していろいろ書いてきたが、自社のリリースを一番熱心に読んでいるのは、自社の社員だったりもする

特に、もしかしたら自分にも影響があるかもしれない・・・という話題になればなおさらだ。

社外にきちんと情報を開示している会社は、当然その前段であるいは平行して社内にもきちんと情報を明らかにしていることが多いだろうが、仮に社内的にはそこまでオープンになっていなかったとしても、オフィシャルなリリースが出ていれば、社員もどこまでが取引先等に説明できる情報なのか、ということが分かるわけで、気持ち的にはかなり楽になる。

逆に、会社からオフィシャルなリリースが全く出ていなかったらどうなるか。

「外に出したくない」という社風が強い会社だと、SNS等での流出を恐れて、社内でもごく限られた範囲にしか情報を知らせていない、ということが多いだろうし、「そもそも把握できていない」という会社だと、当然社内全体になど知らせる術もない。

だけど、広いようで狭い社内のコミュニティ、噂のレベルでは「感染者が出たらしい」という話があっという間に広がるし、噂の精緻度が低ければ低いほど、「○○階の誰それじゃないか」とか「いや、××部の課長らしい」といったように本当か嘘かも分からない話が飛び交い始める*9

そのうちに「高熱を出しているのに無理やり出勤させていたらしい」とか、「××部長の送別会でクラスタが発生して、他にも○○人自宅待機になっているらしい」といったように、鰭がどんどん付いていき、クライマックスになったところで「当社は隠蔽している!」と、SNSにドンと出る。

別に顔の見えないSNS上のユーザーが「隠蔽だ!」と騒いだところで、会社の業績に与える影響などコロナウイルスの数万分の1ほどもないし、大メディアが騒ぎ始めるようなことにならない限り、知らぬ存ぜぬで通せばよい。

ただ、「外」に対してはそれで耐えられても、「中」に対してはそうはいかなかったりもする。

自分の知らないところで、自分のフロアの近くの人が実は感染していた、とか、自分の親しかった人が感染していた、といった話を後になってから聞かされて気分の良い者はいないし、逆に、同じ職場に感染して苦しんでいる人がいるのを見聞きしているのに、会社からは何らオフィシャルなリリースが出ていない、ということになれば、「この会社大丈夫か?」と思う社員は必ず一定数出てくる*10

だからこそ、今からでも遅くないから、「迷うな。そしてできる限り公表せよ。」ということを、自分は強く言い続けたい。

なお、冒頭で取り上げた日経紙の記事の隣には、「海外ではどうか?」ということを伝える記事も併記されており、

「欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)や欧州各国のデータ保護法で、企業による従業員の個人情報の取得を制限する。フランスやイタリアの個人情報保護機関は「感染情報を把握すること自体、推奨しない」との指針を示す。」(同上)

という記述もある。

確かにそれは欧州の厳格な個人情報保護規制の一面ではあるのだが、裏返せばそこには「社員の健康管理」というものに対する意識の違いも反映されているわけで、会社が社員の健康までしっかり管理する義務を負わされ、健保組合が医療費の一部を負担するところまでやっているこの日本で、そこまで社員を「個人」として突き放す(よく言えば「尊重する」)発想は本来存在しないはずだし、こういう時だけ「プライバシー保護」などという発想を持ち込むのは、単なる言い訳とのそしりを受けても仕方ないだろう。

繰り返しになるが、公表は決して「義務」ではない。

だが、前記のような視点で、開示する内容にさえ注意すれば、公表はプライバシーとの緊張関係を生じさせるものでもない。

だから、公表するしないは自由だけど、公表しない理由を「プライバシー」に求めるな、そして、公表しないのであれば、「なぜ公表しないのか」を問われた時に「プライバシー」以外の理由できちんと説明できるようにしておけ、ということも、合わせて申し上げておくことにしたい。

*1:https://www.ppc.go.jp/news/careful_information/covid-19/

*2:https://www.ppc.go.jp/files/pdf/200402_2.pdf

*3:きちんとした会社なら、本社内に「対策本部」のようなものが立てられていて、広報も含めて一元的に情報を共有できる体制になっているはずだが、会社によってはそもそもそこに末端の現場や支店からの情報がタイムリーに入ってきていなかったりすることも考えられる。

*4:これと関連して、自治体が陽性判明者の勤務先を公表する、とか、そのタイミングに合わせて会社が自社の感染判明事実を公表する、といったやり方も、(その勤務先自体が第三者も巻き込んでクラスタ化している、といった特殊な場合を除けば)本来であれば極力避けられるべきだろうと思う。前記記事の中では、自社で公表するかどうかを自治体の判断に委ねていた会社の例も取り上げられているが、そういう発想は思考停止の極みであり、自立した企業の取るべき対応たりえない。

*5:あまりに大きな話題になり過ぎてしまったがゆえに、新入社員の出身大学まで公表せざるを得なくなった某社には同情の余地はあるのかもしれないが・・・。

*6:派遣社員だろうが、アルバイトだろうが、取引先から派遣されている従業員だろうが、自社の業務に従事していることに変わりはないわけだし、職場で入り混じって仕事をしていれば、結局は自社の「正社員」にも影響が出てくることになるわけだから。単に美しくない、というだけでなく、時に社内での暗黙の”差別”意識が影響しているのではないか?という疑義を持ちたくなるような事例に接することもあるので、社内の雇用管理の概念を対外的にもそのまま使うのは極力避けた方が良いと思われる。

*7:唯一注意すべき点として、感染判明者が工場内勤務者だった場合に、業務内容を詳細に書いた上で濃厚接触者の数や範囲まで公表してしまうと、本来公開していない工場内の人員配置が外部からうかがい知れてしまう、という問題があるので、そういう場合は少々ぼかしても良いのではないか、と思うところはあるのだが・・・。

*8:それぞれの会社から悩んだ末のご依頼を受けて、案までは作成する機会もあったが、それを公表しなければならなくなったケースはこれまで一度もない、ということにちょっと安堵しているところはある。

*9:特にスタッフの大半がリモート勤務に突入している4月以降は、実際にその場に行って噂の真偽を確かめる、ということもしづらくなっているから、なおさら噂が暴走する懸念は高まる。

*10:誠実に公表を続けている会社が相当数存在する現状ではなおさらで、その中から一人二人、義憤に駆られてSNSに投げ込みプレスをかける者が現れても不思議ではない。

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