記事

今問われているのは、「個人情報保護」を言い訳にしない誠実さ。

1/2

一連の”コロナ騒動”が始まってから、「社員/従業員の感染が判明した場合のスタンス」が会社によってあまりに違い過ぎることがずっと気になっていた。

特に3月の終盤から4月にかけて感染者数が激増し、ある程度の規模の首都圏の会社なら、確率的に1人や2人は必ず罹患しているだろう、という状況になった時に、こまめに自社のウェブサイトで情報を発信する会社と、そうでない会社がはっきり分かれるようになってしまったことへの違和感はどうしても拭えなかった。

ようやく状況が落ち着いてきたこともあってか、GW中の日経紙には「従業員感染 公表悩む企業」という見出しでこの問題を取り上げる記事が掲載され、

「従業員が新型コロナウイルスに感染した際の外部公表について、企業が悩んでいる。法的な義務はないが、ネット上で「隠蔽」と批判される例が相次ぐ。一方で従業員のプライバシー侵害の恐れもあり、板挟みだ。行政側の足並みも乱れ、厚生労働省や個人情報保護委員会、全国の自治体で見解がバラバラ。混乱に拍車がかかっている。」(日本経済新聞2020年5月6日付朝刊・第5面)

といったリードの下、各社の”悩み”が描かれている。

記事にも書かれているとおり、当然ながら個々の従業員のコロナウイルスへの感染状況を公表することについて、会社が何らかの法的な義務を負うわけではなく、こういった「公表」は、あくまで顧客の過度な不安を解消するための材料提供、あるいは、更なる感染拡大を抑制するための注意喚起として任意に行われるもの、と考えるべきだろう。

一方で、単に「感染した社員がいる」という情報を社外に公表するだけで、プライバシー権の侵害になることを恐れるのも過剰な反応に過ぎる気がする。

そもそも、勤務している部署と陽性が判明した事実を公表しただけで特定個人を識別することは不可能なので実質的な違法性はない、と考えることはできるし、取得した会社の中で氏名その他の情報と結びつけられて「個人データ」化している、という前提に立ったとしても、「番人」である個人情報保護委員会が公表している「新型コロナウイルス感染症の拡大防止を目的とした個人データの取扱いについて」*1の内容、特に別紙のQ&A*2では、「当初特定した利用目的の範囲を超えていたとしても、取引先での2次感染防止や事業活動の継続のため、また公衆衛生の向上のため必要がある場合」には本人同意不要、という見解まで示されているから(Q2:取引先に第三者提供する場合を想定)、よほどのことがない限り、個人情報保護法23条1項の例外要件に該当すると考えても罰は当たらなだろう。

だから、公表するのも自由、しないのも自由、あとは会社のスタンスで決めればよいのだから悩む必要ないじゃない、という話になっても不思議ではないのだが・・・

これは今に始まったことではないが、「法令等で明確な線引きがなされておらず、各社の裁量で決めればよい」というシチュエーションを苦手とする日本企業は多い

世論の関心が極めて高く、何か出せば同業他社等とも比較されてあれこれ言われる可能性が高い、というテーマ&状況であればなおさらで、だから必要以上に悩んでしまい、いざ「発生」という情報を把握した時に、タイムラグなく事実を公表する、というナチュラルな対応をし損ねた会社は結構多かったような気がする。

また、これは日頃の会社としての広報姿勢とも密接にかかわってくる話で、広報部門にしっかりとリソースを割き、どんな小さい話でも丁寧に対応しているような会社であれば、社内での検査状況や感染拡大状況を連日更新していくような荒業にも耐えられるのだが、そうでない会社だとそもそもその煩雑さに耐えきれない、だったら最初から出さない方がいい、という発想になっても全く不思議ではない。さらに言うと、仮に立派な広報部門を擁している会社でも、社内の情報が的確に入ってきておらず、事業、コーポレートサイドに都合の良い情報を垂れ流すだけの存在になっていたとしたら、今回のようなケースで機動的な動きができなくても全く不思議ではない*3

そういった背景を踏まえると、やはり自分は、

「義務がなくても、社内で感染事例が発生したら、もれなく速やかに公表すべき」

というのが、各企業がとるべきもっとも賢明な選択肢ではないかと思っている。

もし、その社員が、接客や外勤営業に従事していない人であったとしても、逐一、誠実に公表し続けていれば、「この会社は、社内の情報をきちんと把握しているな」「顧客と接点のある部署での状況も含めて、隠し立てせずオープンに対応しているな」という安心感を与えることになるし、ひいては「業績への影響」等、それ以外の開示スタンスにも信頼感を与えることになる。

逆にそれをしなければ、顧客も投資家も、それと真逆の受け止め方をする。

公表することで、重大な法的リスクを負う可能性がある、というならともかく、開示する内容にさえ注意を払えばそのリスクだって極めて低いわけだから、企業がとるべき合理的な判断として「公表しない」という選択肢はちょっと考えにくいような気がしてならないのである。

もちろん、様々な公表事例を見ていると、これはちょっといかがなものかな、と思うものも時々見かけるわけで、特に、「40代、男性」といった年齢、性別や、「○○県在住」、「●月×日に○○県が公表した事例の一人」といった情報まで含めてしまうと、悪意ある人々が自治体から公表されている情報と照合することで個人を特定されてしまう可能性が極めて高くなってしまう*4

また、「休暇を取って海外旅行に行っていたところ、帰国の翌日に発熱」とか、「同居する親族の陽性が判明したため、検査したところ陽性が判明」といった情報を付記している企業リリースも多いが、こういった「感染経路」は、保健所やクラスタ対策班が把握しておくべき状況ではあっても、企業のプレスとして公表すべき内容とはいえない、と自分は思っている*5

会社によっては、「社内では手洗いやマスク着用、検温等の対策を徹底していた」とか、「3月から原則在宅勤務体制をとっていた」等々の事実とこれらの情報を併記して、あたかも、”会社としてやるべきことはちゃんとやっていたんだから、コロナに罹患した社員が出たのは会社のせいじゃないもんね”というふうにすら読めてしまうリリースになってしまっている例もあるのだが、第三者の目で見ればそういうふうに受け止められること自体、みっともないような気がする。

あと、業界によっては、当該感染スタッフの属性に関して、「派遣社員」「契約社員」「アルバイト」とか、「取引先の従業員」といったように事細かく書かれているケースもあって、今の小売とか生産現場の雇用ポートフォリオの状況を伺い知ることができる、という点で個人的には興味深く見ているところだが、こと「コロナウイルス感染症に関するプレス」という見地から言えば、これらも何ら意味のない情報だというべきだろう*6

ということで、会社の立場で世の中のステークホルダーに対して公表すべき情報は以下の事項に尽きる、というのが自分の考えである。

・当該社員がどこで勤務していたか
・当該社員がどのような仕事をしていたか(顧客や取引先と頻繁に接点がある仕事だったか)
・陽性が判明するまでの勤務状況、及びその過程での症状等の有無
濃厚接触者と認定された範囲、人数
・当該社員が勤務していた職場でのその後の対応(店舗であれば休業するのかどうか、オフィスであれば閉鎖ないし他の社員への自宅待機指示をしたのかどうか等)

もちろん、当該担当者と接点のあった取引先には個別に連絡するのが通常だし、仮に部署全員自宅待機、というようなことになれば、取引先も「何事かが起きた」ということは当然知ることになるのだが、それをモヤモヤした形で聞かされるのと、公式リリースの形で会社からはっきり示されるのとでは、受け止め方もかなり変わってくる。

一部で議論になっていた、「コンビニ店員の勤務シフトまで開示すべきかどうか」という点に関しては、感染者がその人に限られているかどうかも分からない状況で、感染リスクが生じている状況を「特定」する必要性は乏しいし、ましてや、マスクをしての接客が定着し、日常、店頭でのやり取り程度ではそう簡単には感染しない、ということも明らかになりつつある今となっては「そこまでしなくても良い」という整理でよいと思うのだが、症状が出た状況で勤務していたのか、それとも、何らかの事情でシフトから外れていたタイミングで発症したのか、といったことくらいは、きちんと書いてほしいな、と思うところ。

濃厚接触者の人数などは、疫学的な話で一見すると企業活動とは関係なさそうにも思えるのだが、顧客、取引先にしても、投資家の視点から見ても、「次に何が起きるか」を予測できるリリースになっているかどうかは非常に重要だから、保健所から示された認定が会社にとって芳しいものではなかったとしても、誠実に公表するにこしたことはない*7

「職場での対応」も含め、各社で危機管理を担当している人々にとって、他社が開示してくれるこれらの情報は本当にありがたい”教材”だったりもするわけで、○○さんのリリースが参考になった、という話は時折耳にするところだし、筆者自身もいろいろとサンプルを集めて大いに活用していたりもする*8

これらは決して前向きな話ではないし、直面すると夜も眠れなくなるくらい逃げ場のないつらい話なのだが、一方で全ての会社と共有できる話でもある。だからこそ、姿の見えない読み手に向けて、自社の精一杯の努力を示すことは、決して後ろ向きなことではなく、むしろポジティブな作業として取り組んでほしいな、というのが自分の思いである。

あわせて読みたい

「新型コロナウイルス」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    なぜ不祥事を起こした議員の「除名」に極めて慎重なのか

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    09月19日 08:21

  2. 2

    「FIREブーム」は昭和バブル期のフリーターブームに似ている

    内藤忍

    09月18日 14:15

  3. 3

    堀江貴文「コロナ禍に資格の勉強を始める人が見落としている根本的な間違い」

    PRESIDENT Online

    09月18日 14:24

  4. 4

    先進国唯一の異常事態 「安値思考」から抜け出せない日本 - 渡辺 努 (東京大学大学院経済学研究科教授)

    WEDGE Infinity

    09月18日 10:45

  5. 5

    東京都医師会の尾崎会長 自身の医院でなぜ陽性者を受け入れていないのか

    NEWSポストセブン

    09月18日 17:04

  6. 6

    9月にバラエティが続々終了 最終回を民放各局が注視する理由

    NEWSポストセブン

    09月18日 10:08

  7. 7

    男性パートナーの得意な家事「皿洗い」に女性は不満?意識のギャップを防ぐカギは【9月19日は育休を考える日】

    ふかぼりメメント

    09月18日 08:50

  8. 8

    自民党政権の危機管理の失敗【2】後悔のない対策

    山内康一

    09月18日 08:43

  9. 9

    仏、給食費未納問題、正しいアプローチは

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

    09月18日 12:36

  10. 10

    自民党総裁選 所見演説や記者会見等 候補者4名の中で「高市ピカイチ」

    赤池 まさあき

    09月18日 14:39

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。