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岡本行夫氏の沖縄への貢献

 コロナでお亡くなりになった皆様、親族の皆様には心からお悔やみを申し上げ、治療中の皆様には一日でも早いご回復を心からお祈り申し上げます。

 岡本行夫氏のご逝去は衝撃を受けました。

 学生時代から著名な外交評論家として、当然知っていましたが、私の後援会長をしていた米村幸政会長や、県会議員になる前からご指南戴いている嘉手納の宮城篤実町長から、「沖縄の為に、本当に尽くしてくれている素晴らしい人物だから、国政に行ったらぜひ紹介したい」と、聞かされていました。

 衆議院の浪人時代、そして、私が沖縄に関する勉強会を有志で開催した際にも、快く講師として来て戴き、深い経験と高い見識、そして沖縄への深い愛情に裏付けられた外交や国家や我が国の方向性を学ぶ機会を度々頂いたことは感謝に堪えません。

 岡本行夫氏の沖縄への貢献は4つあると思います。

 まず、本土にも、沖縄の首長、政策決定者に、沖縄の事を本気で考えている人物がいると、知らしめた90年代を代表する人物のひとりであること。

 そして、普天間移設に関しては橋本内閣の首相補佐官として、地元の凄まじい動乱、渦中で、名護市の比嘉市長、沖縄県の大田知事の双方の葛藤を理解しつつ、役割を担ったこと。

 96年から3年間で、55回沖縄に足を運び、強固な網の目のような、肝胆相照らす人間関係を形成しながら、島田懇談会という基地所在の市町村の振興を担当しつつ、普天間移設をはじめ、基地負担の軽減にも関わったこと。

 1996年という、最も早い段階で、2000年の沖縄サミットの開催を提案したオピニオンリーダーであったこと。

 棺を蓋いて事定まるという、晋書の言葉があります。

 日本外交にとって、外務省職員、首相補佐官、シンクタンク主宰者として、多彩な実績がありますが、沖縄にとっても大恩人です。

 沖縄の人間は人情はあるが義理が無いと、指摘されないためにも、岡本行夫氏の沖縄に注いだ心血を大切に胸に刻んで、次世代の県民が腹に落とし込める語り部のひとりとしても役割を果たしたい。

 合掌。

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