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戦場で死ぬ日本人ジャーナリストはなぜフリーランスばかりなのか

 シリアで山本美香さんが殺された事件を伝える新聞記事に、ここ10年ほどの間に紛争地で命を落とした日本人ジャーナリストを列記した表が添えられていた。

 2004年5月にイラクで襲撃されて死亡した橋田信介さんと小川功太郎さん。2007年9月にミャンマーで反政府デモを取材中に銃撃されて死亡した長井健司さん。2010年4月にタイのバンコクで反政府デモを取材中に撃たれた村本博之さん。そして今回の山本美香さん。5人に共通するのは、日本の新聞社やテレビ局に所属するジャーナリストではないことだ。

 国境なき記者団によれば、今年は8月23日時点で世界全体で37人のジャーナリストが職務中に「殺害」されており、シリアはそのうち9人を占める。うち5人はシリアの新聞、テレビ局、通信社の所属で、外国人は4人。

 山本さんを除く3人は、黒い眼帯をした独特の風貌で、2月にホムスで砲撃を受け日本でもその死が報じられた英サンデー・タイムズ紙の女性特派員マリー・コルビンと、フランス人カメラマンのレミ・オシュリク、フランスのテレビ局フランス2のジル・ジャキエ。オシュリクは写真エージェンシーのIP3 PRESS所属だが、フリーランスとして活動していたようだ。取材中でなかったため国境なき記者団ではカウントされていないが、ほかに2月にシリアに入ったニューヨーク・タイムズのベテラン記者、アンソニー・シャディードが持病の喘息の発作で死亡している。

 橋田さんと小川さんが命を落とした2004年のイラクはどうだったか。死亡したジャーナリストは計29人で、ほぼ半数が中東・アラブ圏のメディアだが、ドイツの公共放送局ZDF、英インディペンデント紙、ポーランドの公共テレビ局TVP、米ABCテレビ、ロイター通信、イタリアの新聞ディアリオ・デッラ・セッティマーナに所属する記者がリストされている。2007年のミャンマーでは、国境なき記者団の統計で「殺害」されたとされているジャーナリスト自体が長井さん1人しかいない。

 特派員以外のリポーター、ストリンガーの雇用や契約の形態は多種多様であり、欧米メディアの所属となっている記者がいわゆる正社員的なポジションとは限らない。橋田さんと小川さんが「日刊ゲンダイ」所属としてリストされているように、通常はフリーランスとして活動しているジャーナリストが特派されたメディアの所属として扱われているケースが含まれている可能性はある。

 それにしても、シリアやイラクで死亡した外国人ジャーナリストの多くが大手メディアの所属記者であるのに対し、日本人がフリーランスなのはなぜなのか。

 最も直接的で決定的な理由は、ニュースバリューの違いだろう。シリアはトルコ、イラク、ヨルダン、レバノン、イスラエルと国境を接しており、これらを含めた地域に歴史的に深く関与してきたイギリスとアメリカは、安全保障から経済権益まで気が遠くなるほどの利害をシリアという国に有している。1920年から四半世紀に渡ってシリアを委任統治していたフランスも同様だ。

 化学兵器の存在とアサド政権によるその使用も噂されるなか、国連の調停が難航し(結果として実際に失敗した)リビアのようにNATO軍などによる限定的な軍事介入が検討されるようになれば、米英仏はまさにこの紛争の当事者となる。今年の早い段階から米英仏の新聞やテレビ局が記者を派遣したのは当然と言えば当然だ。

 しかし、それだけでは説明がつかない部分もある。多くの日本人のフリーランサーが戦地へ赴くのは、一義的には山本さんのように報道人としての使命感や倫理感(とビジネスとしての必要性)に突き動かされてのことだろう。けれども取材した内容や映像を買ってくれるメディアがいなければ、そもそも仕事として成立しない。それが成立しているということは、イギリスやアメリカに比べれば中東情勢のニュース価値が低いはずの日本でも一定のニーズがあるということだ。

 今回、山本美香さんが日帰りの予定でトルコ南部のキリスからアレッポに入ったのは、反体制派の自由シリア軍が外国プレスに呼びかけた「従軍取材ツアー」であり、日本の大手の新聞やテレビ局にも現地の通信員やカイロなどの支局を通じて参加の打診があったのではないか、という指摘を聞いた。

 実際に打診があったのかどうか、大手紙やキー局が参加を見送ったのかどうか、そもそもツアーの存在を知らなかったのかどうか等は確認できておらず、日本の大手の新聞社や通信社やテレビ局が一様にリスクを恐れてシリアのような戦地に記者を送るのをためらっていると断定するだけの根拠はない。ただ、個人的にそう疑いたくなる記憶はある。

 2005年にNewsweek 日本版で日本と海外のメディアを比較する特集をつくったとき、編集部の担当記者がある全国紙の編集局幹部に「なぜイラクのサマワから記者を引き揚げたのか」と質問した。前年1月の先遣隊に始まる陸上自衛隊、航空自衛隊、海上自衛隊のイラク派遣という歴史的なイベントの最中にもかかわらず、日本の大手メディアが記者を一斉に退去させたことが、Newsweekというメディアの感覚からすると不思議に感じられたからだ。

 全国紙の編集幹部の答えはこうだった。「サマワ周辺では記者が(反米勢力の)人質となるリスクを排除しきれない。それほどのリスクに見合うニュースバリューは(サマワには)存在しない。自衛隊の部隊は基地に閉じこもっているので記者が取材することもろくにできないし」

 自衛隊の派遣開始直後の2004年4月にイラクで民間人が相次いで武装勢力に拉致された事件をきっかけに、政府当局からメディアに対して取材活動の制限を求める動きがあったとされる。そもそも1990年にサダム・フセインがクウェートに侵攻して湾岸危機が起きた際、200人以上の日本人が人質となって「人間の盾」として利用されたのを機に、記者が人質となる事態を新聞社やテレビ局自身が恐れるようになった、という指摘は今回の山本美香さんの事件の後にもマスコミ関係者から聞いた。

 だからアメリカのメディアのほうがリスクを恐れない、勇敢だ、というわけではまったくない。米軍だけで4000人以上もの戦死者を出したイラク戦争においてアメリカの大手メディアが殉職者をほどんと出さなかったのは、バグダッド市内のコンクリート壁に囲まれた要塞のようなグリーン・ゾーン(米政府、米軍などの施設が集中する地区)の内部に拠点を置き、イラク各地に取材へ出るときは部隊に従軍して装甲車両に保護されるか、もしくは大金をはたいて自分たちで雇った民間警備会社(という名の、一部は実質的には私営軍隊)に守られていたからだ。

 新聞やテレビの所属であれフリーランスであれ、日本人のジャーナリストが「チキン」であったことはないし、今もない。ベトナム戦争では沢田教一や一ノ瀬泰造のように海外でも名を馳せたカメラマンだけでなく、産經新聞のサイゴン支局長・近藤紘一や日本経済新聞の特派員・牧久のように独自の視点で詳報を送った記者もいれば、毎日新聞の外信部長としていち早く特派員団を派遣した大森実のような人物もいた。

 一連のアラブの春でも、タハリール広場の騒乱などエジプトのリアルな状況を心象風景もからめてリポートし続けた毎日新聞の和田浩明記者をはじめ、現場には日本人ジャーナリストがいた。取材対象地域が「戦争」もしくは「戦争に近い状態」となると、現場に入ることを強く望む記者と、それを認めない東京本社の幹部との間で衝突が起きるという話もイラク戦争以降に何度か聞いた(戦争が終結すると逆に現場に入ることを本社が求めることがあるが、イラクやアフガニスタン、リビアのように実際には政権が倒れるなどして戦争が終わった後の混乱した状態のほうが治安が悪化することが多く、それがまた記者との軋轢を生むケースもあるという)。

 今年4月には熊本日日新聞の記者がスーダンと、昨年スーダンから独立し、自衛隊も派遣されている南スーダンを訪れた。南北の軍事衝突が激化していた地域に足を踏み入れて紛争取材を行うわけではなく、この記者の知人と会った際に「安全なのですかね」と聞かれて「大丈夫と思いますよ」と答えたが、リスクがゼロというわけでもない。東京のメディアではない地方紙の記者がアフリカまでやって来たことの驚きは、現地で活動するNPOの日本人医師、川原尚行さんがブログに書いている。

 国境なき記者団の犠牲者リストをあらためて見て気づくのは、紛争地域の当事国や利害の大きい欧米の主要国を除くと、日本のようにたびたび死亡者が出ている国は比較的珍しいということだ。

 戦地で取材中に爆撃、砲撃、銃撃を受けて死に到るかどうかは偶発的な要素も大きく、犠牲者が相対的に多いというだけで大手メディアとフリーランス、ある国と別の国に決定的な差があるとは言い切れない。先述した米国メディアのように、犠牲の数や程度は記者の安全を確保するための資本力の有無に左右される面も大きい。外国から乗り込んできた場合、優秀なドライバーや通訳、アシスタントを地元で調達できない貧しい国の貧しいメディア、貧しいジャーナリストほど危険にさらされる。

 山本美香さんも、攻撃を受けた状況だけで考えれば、今回のアレッポより9年前のバグダッドのほうがはるかに命を落として不思議でない状況だった。ご本人が自著に詳しく書いていたように、ブッシュ政権の「イラクの自由作戦」で米軍がイラクに侵攻してから2週間後、バグダッドのパレスチナホテルがよりによって米軍の戦車に砲撃されてロイター通信の記者とスペインのテレビ局のスタッフが死亡した際、山本さんはその隣の部屋にいた。

 そうしたリスクはお金に換算され、テレビ局は迫真の映像を買い上げることで自社の社員を危険にさらさなくて済み、フリーランスのジャーナリストは次の取材を行う資金を得ることができる。現地の通信員からの報告や周辺地域の取材、外国メディアの報道などをまとめただけの新聞社の記事に物足りなさを感じる人には、雑誌や書籍を通じてフリーランスのルポルタージュに触れる機会が提供されることもある。

 山本さんは高い使命感とモラルで仕事に向き合っていたと、彼女を知る人からは聞いた。「お金にえげつないフリーの人もいる中でまったく違った存在だった」という表現をする人もいた。

 大手メディアとフリーランスのこうした関係を両者にメリットをもたらす「ウィン・ウィン」と見るか、あるいはメディアがリスクに怯えて公益に資するための職務を放棄し、フリーランスは稼ぎと売名の強迫観念からセンセーショナルさを追う立場に追い込まれる「歪んだ関係」と見るべきなのか。

 どういう理屈をつけても、山本さんの死を大きく伝える新聞やテレビの報道になんとなく自分が抱く違和感はまだ完全には取り除けていない。

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