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異議は自分にとってどうしても必要なことだし、社会をよくすることでもある

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 つれあいがにわかに近所に売りに出された中古の家を見に行きたいと言い出してびっくりした。今ぼくらは賃貸のマンションに住んでいるのだが、仮に戸建てや分譲マンションを買うにしても、それは定年間際でゆっくりと研究してからくらいに思っていたので。

 数年前にもこういうことがあったのだが、物件の広告を見るのが好きなつれあいは、いったんそこにハマりこむと抜け出せないくらいの熱中を示してしまう。

 居住者がいるお宅にお邪魔し、内覧させてもらう。いい家で「あそこで生活している自分たちがすぐに想像できた」(つれあい)というくらいピッタリの生活感があった。加えて、そこのおばあちゃんが披露してくれた話が*1興味深く、つい聞き入ってしまった。

 しかし、あまりにつれあいの強引な展開に不安と若干の腹立ちを覚えていた。

 ぼくは自分の人生設計で家を所有する可能性——家を買うことは何年も研究したり、実際にいろんな地に住んでみたりして結論を出すことで、こんな1週間やそこらで結論を出すべきではない、という趣旨——について話し、それでも家を買いたいのであれば、君の資産の範囲でやるべきだ、引っ越して住むことは最小限了承するけど、と告げた。

 1円も出さないのか、とつれあいが言うので、出さないと明言した。

 そもそもぼくは全くその気がないのに強引に巻き込まれていて絶対反対してもいいのに、君の資産の範囲なら君の権利だからそれは認めるし、今の賃貸での生活も終了させて引っ越しもしていい、という譲歩までしている。なのに購買決定にまで責任を持たせられてお金まで出させられるのはおかしいではないかと主張したら、納得したようだった。

 その後、ぼくも中古住宅に関する本を急いで読んで進言したし、彼女なりにランニングコストなどを計算してかなり冷静になり、結局この話はご破算とはなった。

異議を唱えよう

 何が言いたいのかというと、自分の意見、特に異議についてきちんと表明すべきだということ。

 家のことだけでなく、ぼくはそれ以外のところでも「どうも納得できないけども、まあ徹底して逆らうほどまでには反対しませんが…」程度に収めてしまうことが少なくない。いや、実際、ぼくは例えば職場において最終決定権限を持つようなポジションにいないので、「とりあえず意見は言っておきましたからね」という程度で構わないといえば構わないのだ。

 しかし、本当に異議を唱え、それを貫いておかないとまずいなと思うことについては、言わなければならない。言うべきだ。言いにくいけど言わないといけない。なんとなくで巻き込まれていくと大変なことになる。

 特にいま、新型コロナウイルス対策で国や自治体が行うことに「異を唱える」ことを抑えるような、まるで戦時中のような雰囲気が(一部に)あるだけに、自分の権利、特に命や健康に関わることには、意見を明確に述べ、そして現実を変えさせるべきなのだ。

 そういうマンガを思い出す。『凪のお暇』とか『ケムリが目にしみる』のような。


凪のお暇 7 (A.L.C. DX)
作者:コナリミサト
発売日: 2020/04/16
メディア: Kindle版


ケムリが目にしみる 2巻 (まんがタイムコミックス)
作者:飯田ヨネ
発売日: 2020/04/07
メディア: Kindle版

感染症と軍隊と異議

 そして、きょう、「しんぶん赤旗」の藤原辰史(京大准教授)インタビューを読んで、大西巨人『神聖喜劇』を思い出してますますその思いを強くした。

 「歴史的事件 スペイン風邪から学ぶ 異議抑えず 医療・弱者守り成熟した厚生・文化・経済を」という藤原のインタビューの次のくだりである。

 …すでにアメリカで流行し始めたインフルエンザは、狭い兵舎で、あるいは、輸送中の換気の悪い船の中で蔓延を始め、次々に若い兵士たちの生命を奪っていきました。このとき重要だったのは、上官の判断でした。優れた上官は兵士に無理をさせないようにして、早めの隔離を上に訴えて、大きな感染爆発を防ぐことができました。しかし、多くの場合は、戦争に勝つという目的が最優先で、兵士のインフルエンザ対策は後ろに回ってしまいました。

 また、兵士は通常の法ではなく、軍規に従わなければならないので、異議申し立てが極めてやりにくく、それがまた感染拡大の原因となりました。(「しんぶん赤旗」2020年5月6日付)

 そして思い出したのは、対馬での冬の軍隊生活を描いた大西巨人『神聖喜劇』において、兵士たちに、各々の実家から送られてきた防寒用の衣服を着用させるように、主人公・東堂太郎が上官上級者に要求するシーンである。


神聖喜劇〈第2巻〉 (光文社文庫)
作者:大西 巨人
発売日: 2002/08/01
メディア: 文庫

 実家から送られてきた肌着・胴着・腹巻きなどの防寒用衣服は、受け取るや否や、「無条件に」班長に提出させられていた。被服庫にしまわれてしまうのである。「軍隊内務書」つまり生活規定というかマニュアルの、第20章第190但し書きなどに、

下士官以下ノ私物被服着用ヲ禁ズ

とあるのだが、この規定そのものよりも、「官給品以外身につけてはいけない」という常識がすでにルールとなっており、「『帝国軍人が、寒いから私物のシャツを着らせてくれとは、何事か。まして教育中の新兵の身分で、誤差が太い。』などと怒鳴りつけられる」*2可能性が高いからであった。

 このシーンの鮮やかさ、痛快さは、何と言っても東堂が「内務書」を読みこなし、上記の規定の後に

但シ慰問品、家庭追送品、酒保販売品等ニシテ主ニ冬季衛生保健ノ必要上之ヲ着用セントスルトキハ所属隊長ノ許可ヲ受クベシ。

という一文があり、この活用を思い立ったことである。

 まさに、感冒(かぜなど)を防ぐために家から送られてきた防寒具をつけることを「内務書」は認めているのだ。

 しかし同僚新兵(室町・曾根田ら)たちはためらう。

「そげな規則があるとか。ばってん、また怨めしいことになるだけじゃなかろうか。だいたい日ごろからおれは、あんまりようは思われとらんじゃから。」*3 
「いちおう規定はそうなっとっても、上からは何も指示されとらんとに、こっちから先にそれを言い出したりした日にゃ、たいがいろくなことはなかろうばい。」*4

 そして次のくだりである。

 私は、もしも新兵(室町)がおずおずと卑屈にではなく堂堂といさぎよく申し出たならば、この件はいざこざもほとんどなしにおおよそ必ず受け入れられるであろう、ということを強調し、さらにもしも室町が成功したならば、それが突破口となって新兵たちはめいめい必要なときに私物の肌着、胴着、腹巻の類を心安く着用し得るようになるであろう、ということを力説した。これはわれわれ兵隊の権利である、と私は言った。そこで私は「権利」の語を使用したが、私の考えにおいては、それは兵隊の(滑稽なほどに貧しいにしても)権利なのであって、その着用申し出とその着用実行とはその権利の主張ないし行使なのであった。そういう私の頭に、イェーリンクの「もし私人がその権利の不知よりすると、もしくは安逸ないし怯懦よりするとを問わず、なんらかの関係で継続的かつ一般的にこれを等閑に附するとすれば、法規は事実上無力になってしまう。そこでわれわれは、次ぎのように言ってよい。私法の諸原則の現実性、その実際的な力は、具体的権利の主張のうちに、かつその主張にあたって、確認せられるのであって、権利は、一面においてその生命を法規から受け取ると同様に、他面において法規にその受け取ったものを返し与える。」あるいは「権利侵害の苦痛を感じる能力と行為力と、換言すれば、攻撃を撃退する勇気と果断とは、健全なる法感情の二つの規矩である。」というような言葉も蘇生していたことを、私は否定しない。*5

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