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日本の杜撰なコロナ対策下でメディアに求められる「変化」 - 新田日明 (スポーツライター)

しばらく元通りの生活には戻れない。新型コロナウイルスの感染拡大により、世界全体がその事実を受け入れなければならない時が来ている。

パンデミックが続く中、台湾や中国、韓国などのアジア各国はピークアウトを迎え、徐々に規制を解除。感染者数が右肩下がりとはいえ、まだ「安心」とはとても言い難い欧米でも規制を解除する動きを本格化させようと議論が始まっている。

ただ何もせず自粛だけを持続していけばウイルスは封じ込められるかもしれないが、経済は確実に破綻する。こうしたバランスを考えれば、ある程度のセーフティーゾーンを保てる段階でウイルスの完全駆逐前でも見切り発車を強いられるのはやむを得ないだろう。

今さら言うまでもないだろうが、それでも規制が解除されれば全て終わりではない。ワクチンが開発され、誰もが罹患の恐怖に怯えなくなるような環境が整わない限り、感染を警戒しながらの日々は当面続くことになる。それはつまりコロナ前まで当たり前だった生活スタイルを封印しなければいけないということだ。

そうした中、日本は緊急事態宣言の延長が今月末までに決まった。ピークアウトを迎えたとの見方はあるが、全国を見てもPCR検査の整備体制は明らかに不十分で本当の感染者数がどのぐらいなのか実態は分からない。これに付随する話として経済協力機構(OECD)が先月28日、加盟国36カ国を対象に人口1000人当たりで何人がPCR検査を受けたかを比較したグラフを発表し、多くの政府関係者を慌てさせた実例もある。

この発表によれば日本は1000人当たり、たったの1・8人で何とビリから2番目の35位。ブービー賞という、先進国と呼ばれている立場としては衝撃的な結果である。1位のアイスランドが135人となっている数字と見比べてみると、その差は歴然。日本はことPCR検査数に限って言えば、OECD加盟国の中で最低レベルに瀕していることが明らかになった。

政府の専門家会議も4日にまとめた提言の中でPCR検査数が他国より少ないことを認め、拡張を求めている。日本独特の対策班による「クラスター潰し」は一定の効果につながっているとはいえ、感染者数がハイペースで増えていけば人海戦術に頼るだけでは限界があるだろう。〝分かっている数字〟だけでも毎日ずっと経路不明の感染者は増え続けているのが現状。当初は医療崩壊を防ぐためにPCR検査数を増やし過ぎないようにするとしていながら猫の目のように変わる政府方針が結果的に裏目に出てしまっている。

あれだけ〝抑制〟していたはずのPCR検査を今になって地域の医師会だろうが民間でも何でもいいから数を増やせと尻叩きを始め、医療の現場を混乱させている有様だ。多くの面で対策が後手後手になっているから、信用されず不安も拭えない。

今のところ医療崩壊はギリギリで踏みとどまっているとの指摘も多いが、果たして本当なのだろうか。PCR検査や入院を拒まれ、自宅で亡くなった後に感染が判明するという信じられないような実例も複数報告されている。これは事実上の医療崩壊ではないかと邪推したくもなるが、医療従事者の方々による必死の頑張りによって何とか秩序が保たれているとポジティブに考えたい。

このようにして対策に疑問符ばかりが漂う日本でも「コロナ後」を見据えた提言がなされている。新規感染者数が限定的となった地域における実践例として専門家会議から示された「新しい生活様式」だ。全国で緊急事態宣言がすべて解除されれば東京など特定警戒地域も含め、この新生活スタイルが今後のベースとなっていく。感染拡大防止と経済活動の両立を図るべく、日本社会も全体で大きな転換期と真剣に向き合わなければいけなくなった。

スポーツ界も「新しい生活様式」

そして緊急事態宣言が解除された際には、日本のスポーツ界も「新しい生活様式」に則って始動の道を模索することになる。ただ、試合や大会を行うための解決すべき難題は枚挙にいとまがない。まずプロ・アマ問わず無観客での実施は絶対条件。いわゆる「3密」の感染リスクを極力避け、開催の当事者、参加者たちはかつて経験したことのない厳密なレギュレーションのもとで挙行しなければならなくなる。

(suriya silsaksom/gettyimages)

我々メディアも、それは同じのはずだ。だが、果たして本当に誰もが厳守できるのだろうかという不安も拭えない。スポーツ関連の取材に接する機会の多い筆者としては、これまでメディアであふれかえる現場に幾度となく携わっている。サッカーや野球、大相撲などの試合会場によってはプレスルームが常設されており、そのほとんどは各メディアごとに席も事前に割り振り済み。きちんと提言されている通りにソーシャルディスタンスを保つため再割り振りするとなると、限られたスペースの中で入り切れないメディアが必ず出てくるだろう。

取材スペースはどうなるのだろうか。たとえば3月に無観客で行われた大相撲春場所は取材対象者とメディア側の間に柵などで導線が敷かれていた。だが、囲み取材になれば記者たちはお互いが場所を確保しようとすることもあってどうしても「密」になりやすい。あらかじめソーシャルディスタンスが考慮され、それぞれの席の間にあらかじめ間隔が空けられた会見場などならば問題はないだろうが、半ばゲリラ的に発生することの多いような囲み取材ではなかなか統制も取りにくいと思われる。

取材のために現場で大勢が「密」に

もちろん、これは何もスポーツの現場に限った話ではない。4日に神奈川県・川崎市の多摩川河川敷で約50人の人たちが緊急事態宣言などどこ吹く風でバーベキューを楽しんでいたというニュースが多くのメディアで報じられたのも、その具体例の1つと言える。

テレビ、新聞等の各社は「とんでもない話だ!」というトーンでぶっ叩いていたものの、実はこの模様を報じていたメディア側も撮影や取材のために現場で大勢が「密」になっていたという事実が一部の一般ユーザーのSNSによって明らかにされ「お前たちが言うな!」とネット上で〝ブーメラン状態〟になってしまったのだ。正直に言えば多くのメディアにはこうした傾向があり、スポーツの現場でも同じことが残念ながら起こり得る。

凝り固まった古い考えから抜け出せないメディアの中には、未だに机の前でふんぞり返った上司が平然と現場へ「夜討ち朝駆け」や「何が何でもの単独取材」を指示する社もあるようだ。個人情報保護法などプライバシーがこれだけ厳格化された世の中になっているにもかかわらず、さらにコロナ禍であろうとも他社とは差別化を図りたい一心で取材相手とのトラブルを招く危険性など一切顧みずに無理難題を現場に押し付けてしまう。

「新しい生活様式」がベースとなるであろう取材体制下において、こんな時代錯誤のことを強行したら間違いなくアウトだ。相手とは一層の距離感が必要となる今後、こういったメディアが仮に無秩序な暴走取材を働けば感染リスクも高まり、ひいては報道モラルのさらなる低俗化を招くことにもなりかねない。

繰り返すがコロナとの戦いで長期戦を覚悟しなければいけないのは、我々メディアも一緒である。情報を発信する立場であることを再認識し、襟を正すつもりで大きな変化を受け入れなければならない。前記した数々の問題点も「取材する側ならば別に気付かれないだろう」というなし崩しの考えは捨て去り、知恵を出し合って解決すべきである。少なくとも自らはそれを心がけていこうと思う。 

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