- 2020年05月04日 09:15
「金正恩重体」というフェイクニュースを、なぜマスコミは報じるのか
1/2CNNの報道はなぜ注目された?
日本時間で4月21日午前に米CNNが、米政府当局者の話として北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)が手術を受けて重体になっているとの情報があると報道した。これがアメリカだけではなく、日本や中国でも報道された。さらに妹である金与正(キム・ヨジョン)が後継者になったとか、金正恩が死亡したなどいろいろな尾ひれがついたさまざまな怪しいデマ(フェイクニュース)がSNSやYouTube、Webなどを駆け巡った。もはや、もともと何の報道だったのかも分からなくなった感がある。

「金正恩重体説」そのものは、北朝鮮の問題ではない。韓国やアメリカ、そして日本におけるデマ拡散の問題である。簡単に言えば、デマによってトイレットペーパーの買い占めが発生する問題などと同じである。なぜ、このようなデマに人々は飛びついたのかを考えてみよう。
まず、CNNの報道がなぜこれほど注目されたのかを考えてみたい。それは、CNNが報道する前日である4月20日に流れた、韓国の北朝鮮専門インターネット新聞であるDaily NKの記事と比較すれば分かる。
Daily NKが報道した「金正恩、最近心血管手術受けた...まだ特閣で治療中」とは「Daily NKの北朝鮮の内部消息筋によると、金委員長は12日、平安北道妙香山地区内に位置する金氏一家の専用病院である香山診療所で心血管手術を受けて、近くの香山特閣に滞在し、医療スタッフの治療を受けている……これらの医療スタッフは、金委員長の状態が好転したという判断に基づき、ほとんどが19日に平壌に復帰」したという内容であった。
CNNもDaily NKも情報ソースは正体不明
CNNよりも具体的な内容であるが、あまり注目されなかった。むしろCNNが報道してから、さかのぼって注目を浴びたようである。CNNの報道が注目を浴びて、Daily NKがなぜそれほど注目を浴びなかったのか。もちろんCNNが世界的な大手のニュースチャンネルであって発信力があることが最も大きな要因であろうが、内容そのものにも注目される要因がある。
たとえば、陰の存在の違いである。報道内容の情報ソースとされるのが、CNNは米当局者、Daily NKが北朝鮮の内部消息筋であって、CNNの方が大物のように見える。陰謀論では、陰にいるのが大物と思わせた方が人々を錯誤に陥らせやすい。だが、実際にはCNNもDaily NKも情報ソースは正体不明である。
CNNの報道がセンセーショナルな内容を含んでいたことも要因であろう。金正恩が手術したことは同じであるが、Daily NKは金正恩の状態が好転したのに対して、CNNは重体に陥ったことになっている。Daily NKよりもCNNの方が、刺激を求める世の人々を満足させるだけの内容であったといえる。
金正恩の不在は根拠になるのか?
だから、その後にYouTubeやSNSで流れるデマは、注目されるため、さらにセンセーショナルな内容になっていた。そして、とうとう金正恩を死んだことにしたデマまで作り上げられた。振り込め詐欺の犠牲者にもよく見られるが、一度デマを信じてしまった人は、なかなかその考えを翻すことはできない。こうなると本当に金正恩が姿を現しても、あれは影武者だと言い張る人たちも出てきそうである。
Daily NKやCNNの報道では、最初の最高指導者である金日成の誕生日である4月15日に、金日成が眠る錦繍山(クムスサン)太陽宮殿を金正恩が訪問しなかったことを根拠の一つとして挙げているようである。たしかに4月15日に金正恩が錦繍山太陽宮殿を訪問しなかったことは、彼が最高指導者になってから初めてである。しかし、4月15日に金正恩が錦繍山太陽宮殿を訪問しなかったことが、本当に金正恩が手術をしたとか、重体に陥ったとかの根拠になるのだろうか。
誕生日ではないが、金日成の死去日である7月8日に金正恩が錦繍山太陽宮殿に参拝しなかったことがある。2018年のことであった。7月8日に金正恩が錦繍山太陽宮殿に参拝しなかったのは、これが初めてであった。
今でも理由はよく分かっていないが、7月10日に朝鮮労働党中央委機関紙である『労働新聞』は、金正恩が三池淵郡(白頭山[長白山]の近く)の中興農場を訪問したと報道したので、平壌にいなかったと思われる。少なくとも健康に異変は見られなかった。だから、4月15日に金正恩が錦繍山太陽宮殿を訪問しなかったといっても、金正恩が手術したり、重体に陥ったりしたことを示す根拠にはならない。ただ、地方で静養しているだけの可能性もあるのだ。
ちなみに、金正恩が姿を現さなかった最長記録は14年の40日間である。この時にも死亡説が流れていた。40日ぶりに現れた金正恩はつえをついていたので、足に何か問題があったようではあったが、いずれにせよ、死亡説はただのデマであることが分かった。
- PRESIDENT Online
- プレジデント社の新メディアサイト。