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- 2020年05月03日 15:41
コロナ下の「新・日常」を生きる
左翼だけど、今日の産経新聞の社説、びっくりするくらい私のモヤモヤを代弁してくれている。東大秋入学論争とか、振り返って議論してほしい。コロナ紛れは、まさに。何のためなのか。
— 常見陽平 (@yoheitsunemi) April 30, 2020
【主張】9月入学 「コロナ紛れ」には反対だ https://t.co/uQFJWCrBTf @Sankei_newsより
Twitterに、新型コロナウイルスショックに合わせて広がった「9月入学」論について、思うことを連投したら、バズった。
なんだろう、最近、意識高くなっている。保育士モードの毎日にも慣れ、仕事との両立、心身の健康維持にも慣れてきた。そして、何か発信しなくてはという欲が湧いてきている。SNS投稿もいつの間にか、意識高い系かのように、世の中を変える話、役立つ(?)ノウハウを発信していたり。さて、本日5月3日の深夜はTBSラジオ「文化系トークラジオLife」だ。出演したのはちょうど1年くらい前かな。最近は1年に1度出演、1度BBQ幹事ということが多くなっている。テーマが秀逸で。『コロナ下の「新・日常」を生きる』だ。
いても立ってもいられず、メールを書こうかと思っているのだけど、その下書き的な内容。いかに雇用を守るのか、学生の学習機会を守るのか。さらには、WFHによる意図せざる(?)労働強化をいかに防ぐかというのが関心事であり。
個人としては、お出かけもお買い物もいけないな、あぁこの春、あえてバーゲンではなく買いためた服(Tシャツだけで10枚くらい)たちを、まだ全然着ていないなあとか。なんせ、保育園が少なくとも5月中は休園になり。日々、育児に取り組まなくてはならず。色々思うことがあるのだが。
ただ、新型コロナウイルスによって、ポジティブな変化も生まれるのではないかとも思っている。今回は、私の目の前の、大学関連で。もちろん、学生の不安の声には日々向き合っているし、教職員ともに、オンライン講義の準備などで奮闘する日々であり。諸問題を解決しきれていない部分もあり。そこは認識していることをご理解頂きたい。
私が、新型コロナウイルスショックにより生まれる、ポジティブな変化だと思う点は、こちら。箇条書きですまぬ。勤務先を含め特定の大学や個人を批判するものではないことをご理解頂きたい。問題提起として捉えてほしい。
・「アクティブラーニング」や、アウトプット重視に寄った講義の見直し→インプットの重視。いわゆる「コミュニケーション能力」の開発を過度に重視した指導の見直しが起こる?
・「優秀な学生像」の変化→本来印象だけで学生の評価を決めてはいけない前提で。アウトプットだけではなく、インプット重視へのシフト。ストリートスマートではなく、アカデミックスマートな学生が評価されるきっかけに?
・学生および一部教職員の通学・通勤時間の緩和→自宅からの通学者の長距離通学は、ここ数十年の問題。結果、それぞれ自分の時間を確保できる(もちろん、教員はオンライン講義の準備に、学生は課題に追われるが)
・オンライン講義への幻想の崩壊と、リアルな場での講義のやり方の見直し→フルコース、松プランのオンライン講義はIT環境による制約が。できること、できないことが明確に。一方、教員のキャラクター、熱量が過剰に支持されてしまう講義のあり方の見直しが。
・「なんとなく、言われるままにシフトに入ってしまう」タイプの学生の、アルバイト漬けの日々が解消される→もちろん、バイト入れない問題による経済的困窮リスクや、業務の特性上の過剰シフトの問題(飲食のテイクアウト、デリバリーなどと、ドラッグストア)は起こっているのだが。
バイト問題はこちらを参照
https://twitter.com/yoheitsunemi/status/1256580741153976332
・学生のグループ、トライブの固定化解消、空気の支配、同調圧力からの解放→これによりブレークする学生も。もちろん、大学の居場所問題も大きいのだが。
