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男性から男性へ語ること

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(2)「非モテ」の人からの反論

 しかしながら、矢部さんに対して別の角度から批判が浴びせられている。矢部さんの発言は、男性に対する「恋愛して結婚しなければならない」という圧力として働くという批判である。

「矢部の発言が独身差別・非モテ差別でないなら何だと?」

https://anond.hatelabo.jp/20200501134024

 これだけではわかりにくいと思うので補足すると、10年以上前から「非モテ」に関する議論がネット上では起きている。このなかで、男性は「恋愛や結婚をしなければならない」という価値観を内面化しているため、強迫的に「モテなければならない」と考えるようになるという指摘があった。これらは「非モテ」問題と呼ばれ、たとえ、恋愛や結婚を経験したとしても、モテに対する強迫観念はなくならず苦しむとされる。そこで、恋愛や結婚に対する義務感から解放されることが必要だと言われたのである。

 私はこの非モテ問題は関心を持って、丁寧に議論を追っていたほうだと思うが、最後まで心からの理解には至らなかった。ただ、この問題の当事者が切実であったことは間違いないし、矢部さんの「恋愛や結婚から逃げたからお前は成長できないのだ」という発言は、非モテの人たちに対する呪いにはなり得ることには同意する。矢部さんは岡村さんの個人のライフヒストリーに即して、その発言をしたとしても、恋愛や結婚についての強迫観念を持つ人へ圧力をかけることに加担したという指摘はあてはまるだろう。

 ただし、それを踏まえた上で、「非モテ男性の差別発言」にどうアプローチすればよいのかは見えてこない。岡村さんが恋愛や結婚に対する強迫観念を持つがゆえに、女性に対して敵対心を持ち、実態がわからないまま恐れたり憎んだりしているとして、そこから解放されるにはどうすれば良いのだろうか。もちろん、非モテであっても自ら恋愛や結婚をしないという決断によって解放され、性差別にいたらない人もいるだろう。だが、今回は岡村さんがそうでなかったから問題になっている。ここは非モテ問題の議論を追っていた私がいまだにわからないところだ。

 一つの可能性は「メンズリブ」や「男性学」の取り組みを引き継いでいくことかもしれない。たとえば、西井開さんはこれらの系譜を汲んでいるが、「僕らの非モテ研」を立ち上げた。西井さんはこの立ち上げについて、以下のように語っている。

〈非モテ研〉を始めたのは理由が二つあって、一つは僕も恋愛で苦しんだ経験があったので、非モテに悩む男性や童貞に対する謂れのないバッシングが許せなかったんですね。ひとくくりにしてコミュニケーション障害だとか、女性をモノ的に見ているだとか、それが腹立たしかった。ただ逆に非モテを抱えた男性が、憎しみを増幅させてミソジニーのような暴力的な方向に行くのも歯がゆかった。やはり背景には何か思いがあるだろうし、それを細かく見て行きたい。そして苦しさを共有できる場があったらなと思った、というのがあります。もう一つは〈男の勉強会〉というのは性自認が基本的には男性寄りの人たちが来る場、という形でやってたんですね。ただ「男性」という大きな枠組みだとあんまり深い話にならないような感触があったんです。それよりももっと内面を、こういうことを感じたり思ったりする、苦しんでるっていうのをもっと話してほしかった。生きてる上での違和感みたいなことから自分を語るきっかけは生まれてくるので、そのフックとして「非モテ」というのは使えるんじゃないかな、というの思いがありました。

対談「2010年代メンズリブ対談 -メンズリブのこれまでとこれから-」『うちゅうリブ』

https://uchu-lib.hatenablog.com/entry/2018/07/06/140958

 西井さんの「非モテ研」や、対談相手である環さんがやっている「うちゅうリブ」では、ほそぼそとした集まりの中で、「男性」の問題について語り合う場を作っている。

 かつては薬物依存の問題は「ダメ絶対」として、薬物を使うこと自体を強く否定するキャンペーンが行われた。また「二度とやりません」と依存者は約束しなければならないと考えられていた。しかしながら、依存者はこのようなメッセージを見れば見るほど、薬物を使う自分を否定し、その苦痛から逃れるためにさらに薬物を使う。そのため、今は薬物依存者は自分の苦しみと向き合い、依存から抜け出すためには、当事者団体や自助グループにつなぐことが必要だとされるようになった。

 私は差別発言についても似たところがあると思う。発言に対する厳しい批判は必要だと思うが、そこから「二度とやりません」と約束させたり、社会的地位を奪ったりすることでは、差別はやめられないのではないか。表面的には差別をやめたように見えても、それは差別を隠すことがうまくなるだけではないか。その意味で、差別発言をしたあとについても、一人で差別をやめるように努力したり、恋愛や結婚をしたりするのではなく、同じように変わっていこうとする人たちが繋がる場が必要だと思う。

 私自身が、自分が変わりたいと思っていた時に、ともに活動に取り組んだ仲間の存在に支えられたので、余計にそう思う*4

(3)「かわいそうさん」について

 さて、私自身が岡村さんと矢部さんのやりとりを聞いて、一番印象に残ったのは「かわいそうさん」についての話である。矢部さんは、岡村さんは仕事のスタッフや周囲の人々から「かわいそうさん」として扱われていると指摘する。岡村さんは2010年に体調を崩し、休養ののちに復帰した。それ以降、みんな岡村さんに対しては優しくなった。また、女性に対する劣等感をネタにしていることもあり、他のタレントが言えば炎上することも、岡村さんの場合はそうならなかったという。結果として、岡村さんは自分を変えるきっかけを失い、ぬるま湯に安全してしまったのだと矢部さんは批判する。

 この矢部さんの言葉は、苦しい渦中にある人に向けられているのではない。実際に、矢部さんは、岡村さんが体調を崩した時には、本人が仕事を続けることを希望しても、率先して休養することを勧めた。しかし、今の岡村さんに対しては「かわいそうじゃない」と突きつける。もっとかわいそうな人はいっぱいいるのに、お前は「かわいそうさん」のポジションをとり、そこに甘えているのだ、と批判するのである。これは、休養中や復帰後も親身になって岡村さんを支えてきた矢部さんだからこそ言えることだろう。

 これは非常に身につまされる話だった。私自身、若い時にたびたび「かわいそう」としか言えないような目に遭ってきた。それを、自分で認め「かわいそうさん」であると開き直ることでしか、乗り越えられない局面もあった。不思議だが、その状況が過ぎ去っても、当時の「気分」のようなものはいつも自分の中に残っている。いまは、あのときほど大変ではない、と思いつつも、いつでも「かわいそうさん」であった自分に引き戻される。人間の心の動きであるのだから、それ自体を否定する必要はないのだろうが、そこに慢心すると他人を傷つけることになるというのは、薄々わかっていた。抽象的な書き方をしているが、私のいわんとすることに思い当たることのある人もそれなりにいると思う。

 「かわいそうさん」の言葉は、間違っても第三者が他人を断罪するために使うものではない。自分や身近な人たちが生きていく中で、はっと気付くようなものだろう。この矢部さんの発言は上の二点のジェンダーの問題とは別に、大事なものを言い当てているように感じた。

*1:この点について、ブックマークコメントでご指摘いただきました。岡村さんは風俗を利用する男性たち一般に向かって呼びかけているため、経済的に恵まれてはいない人たちの立場にも寄り添って発言しているということでした。確かに、ここはリスナーへの呼びかけですから、私の取り方には語弊があったので撤回します。

*2:もっと言えば関西弁での個人的な話をするときの掛け合いである。いつもよりやや声のトーンを落として、断言調で相手に迫る。私自身は関西人なので馴染みのあるコミュニケーションだが、他地域の人にそれが伝わるのかはよくわからない。

*3:ちなみに私は「フェミというよりはウーマンリブ」と言われることが多い。実際に私がもっとも影響を受けたのはウーマンリブの活動家・田中美津なので、間違ってはいない。1970年代風で古くさいとも思われがちだが、私は人間が差別に抵抗するエネルギーを炸裂させる源は理性ではなく情念だと考えているので、自分の「痛み」から出発することを大事にしている。

*4:そして今も私は、活動の場作りに熱心であるし、それは大学で授業を進めていく上でも意識していると思う。優劣を競うことではなく、ともに変わっていく仲間を得ることが、一番その人の学びを進め、次の一歩に踏み出す力になると考えている。

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