さて当方は編集者という職業柄、他人の書いた原稿を編集したり校正したりする。多種の原稿を扱う上でここ最近、どうにもひっかかる表現がある。今日はその話を。
まず以下の記事抜粋を読んでもらおう。
現在、多くの映画関係者の皆様が新型コロナウイルスによる影響を受けていることと思います。延期を決めたものの今も公開の目処が立っていない作品、撮影がストップしている実写の撮影現場も少なからずあるそうです。劇場での公開が難しいと知らされたとき、この映画を必要としてくださる方々へ何としても届けたい、と思いを強くしました。
Netflix様で配信させていただけることに感謝をしております。世界中の方々と同時に公開の瞬間を迎えられることが今は楽しみです。そして『泣き猫』がみなさんの日々の暮らしの一助になれたなら光栄です。一人でも多くの方にこの映画が届くことを願うばかりです。(AVウオッチ4/30記事より)
コロナ禍でとあるアニメ映画の劇場公開が延期となり、急遽ネットフリックスで配信が決まったというニュースで、監督が語った心境部分だ。蔓延で社会生活には大きな影響が出ているから、公開延期も言ってみればよくある話だろう。なんたって私にしてからが絶賛テレワーク中だし。
なので配信決定それ自体は良かったねという話だが、表現がなあ……。
まず例の「させていただく」という過剰謙譲語が嫌だが、なにより「Netflix様」と尊称を付けているのが気味悪い。
公開中止の危機を救ってくれたという感謝の念から発せられた表現とは思うが、「様」はないだろ。
考えてもみてほしい。映画監督が「新作は東映様に配給していただきます」、小説家が「新作は角川文庫様から発売させていただきます」、ミュージシャンが「新作はCBSソニー様からの発売で、ライブは横浜アリーナ様です」とか言い始めたら違和感凄いだろと。
クリエイターとディストリビューター、どちらかが上とは私は思わない。大昔の映画監督や舞台監督のようにパワハラ気味にいばり散らす人間は嫌いだが、かといって配信元が上位ってわけじゃない。ビジネスとして契約して握ったわけで、対等なはずだ。
クリエイターが自らここまでへりくだってしまっては、他のクリエイターへの悪影響だって考えられる。
この方が問題と言いたいわけではない。典型的なので一例としてご登場願っただけで、最近、この手の表現をよく見かけるのだ。実際に作家の方が「次作は○○文庫様から発売していただけることになりました」といった表現でツイートしてたりするし。日本語表現に対して誰よりも真摯であるべき小説家にしてからが、この過剰表現だからなー。
たしかにひとつには、不況によりコンテンツが買い手市場に移行しつつあることに要因があるのだろう。だからクリエイターの立場が相対的に低くなっているという。だがそれよりも私が強く感じるのは、敬語表現の乱れの影響だ。
原稿を編集していても、尊敬語と謙譲語の誤用は多い。さらに特に問題なのは、丁寧語も含めての敬語表現過剰だ。「お客様のお買い物のお手伝いをさせていただく」といった気味悪い表現が多用されている。いやそれ丁寧語を使うなら、「日々の買い物のお手伝いをする」くらいが適切だろと。一文で「お」を3つも使ってどうすると。
これが変だと思えないようなら、下記のような書籍を一度読んでみることをお薦めする。自分のビジネススキルアップになるし、なんたって面白い。
原因はいくつか考えられる。
ひとつは、読書経験の激減も含め、日本語教育の失敗だろう。正しい、ないし適切な表現を大量摂取していなければ、勘所がわからない。
もうひとつは、SNS時代独特の、炎上恐怖だろう。いやつまり、揚げ足取りを極端に恐れるあまり、過剰に丁寧にしようとする。しかも敬語に無知なので、とりあえず丁寧語を大量に使用する。前述の「お」連打+「させていただく」的な奴よ。
企業や著名人の謝罪文がまず、この過剰表現に侵食されている。謝罪文なので過剰になる心理はわからなくはないが、慇懃無礼で馬鹿にしてるのかと思うことすらあるから、むしろ逆効果だ。
また面白いのは、喧嘩とか論争で極端に丁寧になる例が見られること。あれ、相手を尊敬しているというより、自分の粗をあげつらわれたくないから、自己防衛の意味で「とりあえず丁寧にしておこう」心理と思われる。
双方がそれで言い争っているので、なかなかに気持ち悪い。
そんなわけで、この手の表現を見ると私は、片っ端から手を入れているわけです。編集者あるある。
記事
- 2020年05月03日 11:10
「Netflix様で配信させていただく」はカンベン
- tokyo editor
- 出版社の編集者。出版業界の実態について執筆している。
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