- 2020年05月02日 15:22
欧州「アーティスト」がコロナ禍の世界に届ける素敵な「ステイホーム」作品群 - 大野ゆり子
1/2日本ではステイホーム週間が始まっている。新型コロナの感染を広げないためにできる、せめてもの社会貢献は、「家を出ない」というシンプルなことのはずだが、「いつまでか」が見えてこないと、心穏やかに過ごすのはなかなか難しい。
私は夫で指揮者の大野和士とともに、普段は欧州を拠点にしているが、2月中旬に日本に戻った後、感染状況が悪化の一途をたどるスペインにもベルギーにも入国できなくなった。今は日本のホテルで過ごしている。この間、東京、バルセロナ、パリで予定されていた夫の演奏会は、当然ながら全てキャンセルになった。
音楽会や展覧会、演劇、ライブなどを以前のように楽しむことができるのは、社会が日常を取り戻したその先である。その日が再び、いつ訪れるのか、そのために今、何をするべきなのか、アートに関わる人間が、日々抱えている問いだろう。
ただ、災害など、被災が1つの地域に限定される場合と違い、困難と課題を世界で共有し、アイディアをシェアできるのが、コロナ危機の唯一の救いだ。
巣ごもり生活が日本より3週間ほど「先輩」であるヨーロッパで、アーティストがどのように過ごし、発信しているのか――。
欧州に目を向けると不毛に見えるコロナ危機の中で、花を開かせる準備をしている芸術家たちの芽吹きを垣間見ることができる。
ステイホーム週間に、その萌芽を日本の皆さんとぜひシェアしたい。
《絶対に覚えていよう》
感染者数に慄く日々の中で、欧州メディアがホッとするニュースとして伝えたのは、デイヴィッド・ホックニーという82歳になる巨匠の画家の話題だった。
ホックニーは1937年にイギリスで生まれた画家で、明るい陽光を感じさせる、鮮やかな色彩の作品を描く。作品は彼が住むアメリカや祖国イギリスをはじめ全世界で愛され、イギリスのロイヤルオペラハウス、アメリカ・ニューヨークにあるメトロポリタン歌劇場などの舞台作品も手がけている。
フランスのノルマンディー地方に滞在する間に移動ができなくなったホックニーは、周りの自然の風景を静かに観察して、インスピレーションの源にした。
彼は冬から春へと季節が移る中、鉛色の空が次第に生気を取り戻し、林檎の木が白く香り高い花をつけ、うつむき加減だったラッパ水仙が、すっくと顔を上げて咲き誇る様子を描いた。iPadも使いこなしながら制作に没頭したという。彼は作品群に、こんなタイトルをつけた。
《絶対に覚えていよう。春だけはキャンセルされることはないのだ》
戦渦に向かう時代に生まれ、思い通りにならない時代に青春を過ごした巨匠は、
「私は83歳だから、そのうち死ぬことになる。生まれてきたのだから、当然、死ぬわけだ。生きる上で本当に必要なことは、食べ物と、愛情だけ。私の飼い犬と同じようにシンプルだ」
と、英『BBC』のインタビューに答えている。
ホックニーの作品は、休館中のロンドンの美術館ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツが、「スクリーン上の展覧会」と題して、2012年、2016年に行われた彼の回顧展を、解説付きで無料公開しているので、ぜひご覧いただきたい。
明るい「虹」がモチーフ
コロナ危機で展覧会やアートフェアは中止になり、どのアーティストの生活も楽ではないが、
「アーティストなら、危機ですら霊感にできるはず」
と、外出禁止の中で生まれた作品の投稿を呼びかけたのが、「Covid Art Museum(コロナアート美術館)」と言われる、インスタグラムを使ったプラットフォームである。
ここでは、医療関係者をヒロイックに描いた肖像画や、1人で過ごす孤独、家の中から出られない苦悩など、コロナ危機に関わるアート作品が1000以上発表されている。
心が折れた人にアートを役立ててもらいたい、と作品を無料でダウンロードできるようにしたのは、ダミアン・ハースト(54)という、英国の有名な現代美術家である。現在生きている美術家の中で、オークションでつけられる作品の値が、最も高価なランクの作家の1人であるとも言われている。
父親が家を出て行った12歳から、荒れた生活を送ったハーストは、建築現場で働きながらロンドンの大学で美術を専攻、学生の時に仲間と自主企画した展覧会で、大手広告代理店社長である美術コレクターに見出され、一躍、現代美術界の風雲児となる。
死んだ牛や羊をホルマリン漬けにし、巨大なガラスケースで展示するなど、生と死をテーマにしたグロテスクな作品は、今まで数々のスキャンダルも巻き起こしてきた。
しかし、今回ダウンロードできるポスター作品は、明るい「虹」がモチーフだ。
コロナ危機の最中、虹の絵を描いて窓に貼る運動が、イタリアからヨーロッパ中に広がった。「虹」は災難が過ぎ去っていくという、お守りのシンボルである。
旧約聖書の中で神は人間の堕落を嘆き、正しい人間ノアとその家族、つがいの動物たちを除いて、大地を洪水で滅ぼすことにした。40日40夜、洪水が続くが、神の怒りはやがて溶け、二度と人間を滅ぼさないという約束の印として、神は空に「虹」をかける。
ヨーロッパ人にとって虹は「希望」を表す象徴なのだ。ハーストは、
「多くの人々が不安を抱き、心が折れている。アートがそんな時に役に立てば」
と語り、医療関係者への寄付金も呼びかける作品も同時に作っている。
窓に貼るポスターは、私たち日本人にももちろんダウンロード可能である。