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「和牛券」はなぜ提起されたのか コロナ以前から在庫がダブついていた業界の裏事情 - 山本謙治(農と食のジャーナリスト)

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消費者が買うのは値頃な牛肉だけ

写真AC

一方、消費者は牛肉余りと聞いても「その割に店頭価格は安くなっていない」という感想を持つかもしれない。実際には、牛肉の小売店頭価格は低く値付けされているケースが多いのだが、それでも豚肉や鶏肉に比べると高値であるため気づきにくい。

というのも、スーパーや量販店は仕入れ値がいつもの半額だったとしても、店頭価格も半値で売るということはしない。安易に安値感を与えてしまうと、値段がまた高値に戻ったときに消費者が離れてしまうからだ。

もちろん、安価な牛肉は意外なほどに売れている。ただ、その多くはオーストラリアやアメリカからの輸入牛肉だ。消費期限近くなったホテルや飲食店向けの輸入牛肉が小売店頭に並んだこともあり、一時は驚くような安値で売られていた。財務省の貿易統計によれば、3月の牛肉輸入量は4万7500トンと、前年比21%も増加している。それだけ見れば牛肉消費も旺盛なように映る。

しかし、ミドルグレード以上の牛肉には消費者の手が伸びていないのが現状だ。ミドルグレード以上の牛肉とは、主に「国産牛」や「和牛」と表示される、まさにいま問題となっている牛肉なのである。

消費者は安ければ買ってくれる。しかし、輸入牛肉のレベルまで安くしてしまったら、生産コストを割り込んでしまう。いま日本の牛肉が直面しているのはそういう事態なのだ。

最上級であるはずのA5和牛肉が多くなりすぎた現実

山本謙治

日本は1988年に決定された牛肉輸入の自由化の際、国産の牛肉が輸入牛肉より高く評価されるように、食肉格付を改正した。

食肉の格付において、一頭の牛からどれだけ肉がとれるかを表す歩留まり等級がA~Cで表され、肉質の等級が1~5までで示される。ここでいう肉質は、霜降り度合いの高さが最重要な指標となり、最も歩留まりがよく霜降り度合いが高い肉がA5と称される。

米国や豪州から輸入される牛肉は赤身中心であるため、肉質等級は2あたりにしかならない。日本で生産される和牛肉は少なくとも3以上になるため、差別化を図ることができる。こうして国内で生産される牛肉は、輸入牛肉よりも格上だという扱いをすることで、バランスを保ってきた。

しかし、一般消費者の牛肉需要が落ち込み、コロナ禍によるインバウンド需要と輸出も消失することによって、誰もが買いにくい高級な和牛肉が余ってしまったのが悲劇ともいえる。

この格付を巡る状況で興味深いのは、「最上級」として最も高値で取引されるA5が多くなりすぎたということだ。

和牛の格付を行う日本食肉格付協会のデータを見ると、平成15年にA5と格付されたのは全体の13%に過ぎず、A4が32%と最も多かった。全体の13%であれば「A5の黒毛和牛は稀少な最上級肉」というのは妥当だろう。しかしその後、A5の占める割合はどんどん増加し、他等級の割合を超えてしまった。

平成30年にはA5が41%とA4の37.9%を逆転し、令和元年には46%。ちなみに今年に入ってからも毎月45%超えをしている。つまり、A5の和牛肉こそが日本で一番多い肉だという事態になっている。

ブランド・マーケティングの世界では通常、高級なハイエンド商品は一般商品に比べれば少ない量しか流通させないものだ。それは当然、ハイエンド商品を購入できる消費者自体が少ないからであるし、その方が付加価値も高まるからだ。そうした意味ではハイエンド商品であるはずのA5が溢れかえっているという状況はおかしい。

また青果物や水産物であれば、旬を迎えて多量に出回る商品は、需要と供給の関係上、安くなるのが普通だ。ところがA5の和牛肉は、子牛の導入と日々の餌代で膨大な経費がかかっているため、多量に出回っても安く販売するわけにはいかない。これはいびつな状況である。

先の精肉卸社長は、嘆息しながらこう話してくれた。

「和牛の相場が2000円以下に下落したと言っても、毎日のように3500円、4000円を超える枝肉も出ています。美味しい肉を生産するために生産者が工夫したものについては、きちんと評価がなされています。

一方でA5格付される和牛の中にも、脂質が悪くて美味しくない血統のものが多くなっているのも事実です。そんな牛肉もアジア向けの輸出が順調で、インバウンド需要で消費が旺盛だった時期には売れていました。現在の和牛肉余りは、A5の牛肉が必ずしも美味しいものではなくなったということも示しているかもしれません」(食肉卸A社)

憧れの最上級肉だったA5の和牛肉はいま、政府が補助金をつけて販売促進しなければならない存在となってしまった。さまざまな問題をはらんではいるものの、この状況を解消するには消費をするしかない。

山本謙治

ホテルやレストラン、焼肉店といった外食産業での消費が伸びないいま、家庭での消費拡大が求められる。このコロナ禍が長引くと、悪影響は生産者にまで及び、日本の牛肉生産量が大幅に縮小することになるかもしれない。そうなったら、和牛肉は今度こそ本当に日本の消費者の手が届かない高級品になってしまう。

賞味期限が迫る在庫が多いことや、国の販売奨励金の後押しによって、これから店頭には比較的安価な牛肉商品が並ぶことになるはずだ。筆者もこの状況に対して複雑な思いがあるが、消費者の皆さんにはぜひ、牛肉を、それも国産の、できれば和牛肉をたくさん買って食べてあげて欲しい。

そして、コロナ禍が一段落した暁には、日本という国の間尺にあった牛肉生産のあり方をきちんと見直すべきだ。

1.農林水産統計 平成30年度肉用牛生産費より https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/seisanhi_tikusan/attach/pdf/index-15.pdf
2.家畜改良増殖目標令和2年3月版 https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/attach/pdf/rakuniku_kihon_houshin-7.pdf

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