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前向きな話に水を差すつもりはないのだけれど ~改正著作権法35条の施行を受けて。

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平成30年著作権法改正で導入され、「授業目的公衆送信補償金制度」と題された改正著作権法35条の規定が、当初の予定より早く、昨日、2020年4月28日に施行された
www.bunka.go.jp

このニュース自体は、コロナウイルス感染拡大の影響が深刻になり始めた先月から今月の初めにかけて大きな話題となり、補償金の唯一の指定管理団体である一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会(SARTRAS)が、2020年度に限り補償金を「無償」として認可申請を行ったことで一気に実現に動いた、という異例の展開を辿ったこともあって*1、より注目を浴びることになったこの話。
sartras.or.jp

その後しばらく、世の中が「それどころではない」状況になってしまったこともあって、しばらく大きな話題になる機会は少なかったのだが、既に大学などでは着々と遠隔授業の試みが進められているし、今朝の朝刊にも、ちゃんと施行を知らせる記事は載った。

「教科書などの著作物を遠隔授業で使いやすくする改正著作権法が28日、施行された。新型コロナウイルス感染拡大にともなう休校をうけ、学習環境を整えるために前倒しで施行。同法に基づいて管理団体に納める補償金も今年度は無償とする特例措置を決めた。」(日本経済新聞2020年4月29日付朝刊・第34面)

まさに異常事態ともいえる状況の下で、教育の機会を保障するための取り組みに支障を来たしかねないルールの欠缺を迅速に埋めた、しかも、これまで変革を妨げる守旧派のように思われてきた権利者サイドが”融通を利かせる”ことによってそれを実現した、というのは、非常時の産物とはいえ実に素晴らしいことだと思う*2

ただ、注意しなければいけないのは、補償金が「無償」というのはあくまで今年度限りの「特例」に過ぎない、ということ。

そして、今回施行された新35条2項ができるまでの経緯を忘れて、ただこの一年限りの「特例」に甘えてルーズな運用に走ってしまうと、2021年度以降、教育関係者と補償金管理団体や各出版物等の著作権者との間でかつての「録音録画」に勝るとも劣らないような深刻な対立が生まれかねない、ということである。

自分とて今の前向きな風潮に水を差すつもりは全くないのけれど、随所で目にする「新35条が施行されるおかげで」的なコメントにちょっとした違和感を抱いたこともあるので、以下、平成30年改正に至るまでの経緯とも合わせて軽くコメントしておくことにしたい。

開きかかったパンドラの箱

冒頭でもご紹介したように、「授業目的公衆送信補償金制度」が創設されたのは平成30年の著作権法改正である。そして、この平成30年改正といえば、「柔軟な権利制限規定の導入」を目玉とする日本の著作権法の歴史の中でも画期的な改正であり*3、今回創設された「補償金制度」も、平成30年改正を貫く「著作物利用の円滑化」という大きなテーマの下で取り入れられたものである、ということをまず確認しておく必要がある。

平成30年改正のベースとなった平成29年4月の「文化審議会著作権分科会報告書」*4の中でも、このテーマは「第1章 新たな時代のニーズに的確に対応した権利制限規定の在り方等」と並べて、「第2章 教育の情報化の推進等」「第1節 教育機関における著作物利用の円滑化」(69頁以下)という文脈において議論された成果として取り上げられているのである。

ユーザー側からみれば、それ以前の「教室での複製」や「遠隔地の学生・生徒らに向けて教室と同時に授業を行うための公衆送信」なら権利制限による著作物の無償利用を認めるが、オンデマンド授業やリアルタイム配信授業のための公衆送信には認めない、というルールは時代に適合していないのではないか、という感覚が強かったし、だからこそ、それまでの政策要望等では「権利制限規定の柔軟化」の文脈の中でこの話もセットにされて出てくることが多かった。

審議会の議論の過程で、いわゆる「産業界のニーズ」に特化したテーマだけが「新たな時代のニーズに的確に対応した制度等の整備に関するワーキングチーム」に切り出される形で議論されるようになったこともあって(「教育の情報化」の話は、それと並行して法制・基本問題小委員会で審議されていた)、「教育」にかかわる問題自体は、産業政策とはちょっと距離を置く形で議論されていたと記憶しているが、それでも「個別の権利処理のハードルを下げて、使う必要のある著作物をちょっとでも使いやすくすることで、進化した技術の恩恵を享受できるようにする」という思想が問題提起の背景にあったことは間違いない。

ところが、蓋を開けてみると、「権利制限の範囲を拡大する」方向での議論と同時に、「これまで無償で使えていた教室内での複製等も補償金の対象にすべき」という議論まで出てきたことで状況は複雑になった。

当時の35条1項*5ができた1970年頃、まだ複製機器がほとんど世の中に普及していなかった時代*6と今とでは「複製」といっても全く質が異なるではないか、という指摘は分からないでもない。

ただ、それを言い出すと、私的複製の権利制限規定も含めた今の著作権法のすべてのバランスが狂いかねず、「パンドラの箱」を開けることになりかねないわけで、権利者側の顔を立てつつも、穏当なところでどう収めるか、ということが至上命題になってしまったのが、この「教育の情報化」をめぐる法改正議論の実態だったように思う。

前記の著作権分科会報告書が美しくまとめているとおり、結論としては、

(ICT活用教育の意義に照らし)「異時授業公衆送信等についても、権利者の利益を不当に害しない一定の条件の下で法第35条の権利制限の対象とすることが適当である。」(82頁)

としつつ、

異時授業公衆送信等は、時間的・場所的・物理的な制約を取り払ってしまうため、著作物が送信される頻度や総量が大きくなると評価できる。
「相対的には、異時授業公衆送信等の方が、複製や同時授業公衆送信よりも権利者に及ぶ不利益の度合いが大きいと評価できる。」(85頁)

として、異時授業公衆送信等にのみ権利者に補償金請求権が付与されることになり、

第35条 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、公表された著作物を複製し、若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い、又は公表された著作物であつて公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製、公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
2 前項の規定により公衆送信を行う場合には、同項の教育機関を設置する者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。
3 前項の規定は、公表された著作物について、第一項の教育機関における授業の過程において、当該授業を直接受ける者に対して当該著作物をその原作品若しくは複製物を提供し、若しくは提示して利用する場合又は当該著作物を第三十八条第一項の規定により上演し、演奏し、上映し、若しくは口述して利用する場合において、当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して公衆送信を行うときには、適用しない

という改正法の規定ができ上がることになった。

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