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感染症対策のための規制、ナッジ、データそして民主主義 - 成原慧 / 情報法

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強制と自主性のあいだで

これまで見てきたとおり、法律にもとづき罰則を伴う規制が行われていたとしても、必ずしも人々の行動を狙い通り制限できるわけではないし、他方で、政府が自粛を要請するだけでも、自粛を求める社会規範が強力であれば、人々は行動変容を迫られるかもしれない。また、強制力を伴う規制も、十分に機能するためには、人々の自主的な遵守に支えられる必要がある。

通常は多くの人が、罰則を科せられるのを待たずに、法を自ら適用し自身の行動を律しようとすることが期待されており、そうでなければ法の執行は困難になるだろう(注7)。罰則を伴う法律であったとしても、罰則の抑止効果よりも、むしろ、その法律が人々に与えるメッセージ(たとえば、「感染症予防に協力することをみなが望んでいる」など)の方が、人々の行動に働きかける上で、大きな役割を果たしていることも少なくない(注8)。

ナッジにも強制と自主性のあいだの危うい綱渡りを認めることができる。たとえば、市役所や銀行の待合室で、距離を十分にとって椅子を配置することは、ナッジを感染症対策のため活用した好例といえよう。

しかし、たとえば、このようなアイディアを応用して、仮に感染者の多い地域(貧困層やマイノリティの居住地域と重なることもあるだろう)から人々が他の地域に移動しにくいように都市空間の配置を調整して、一定の地域の人々の移動の自由を困難にしたとすれば、それはもはやアーキテクチャによる規制に近づいているといえる。また、見えないナッジを用いて、個人の意思決定プロセスが操作されるおそれも懸念される。

このように、強制と自主性は、はっきりと線引きできるものではなく、両者は連続している面がある。ナッジから強制への道のりは意外にも近いのかもしれない。そうだとすれば、政策決定者は、強制と自主性のあいだで慎重に舵取りをしながら、適切な介入手段を模索していく必要がある。また、個人の自由という視点から見れば、ナッジのような一見して柔らかな自主性を重んじるように見える介入であったとしても、事実上強制として機能するおそれもあることを認識し、さまざまな介入に対し警戒を怠らないようにすべきだろう(注9)。

舵取りの指針となるデータの収集・分析

強制力を伴う規制を行うか、ナッジを用いるかにかかわらず、政策決定者が、感染症拡大防止のためにいかなる手段をとることが必要かつ合理的なのか判断するための前提として、感染症や人々の行動についてのデータの収集・分析が必要となる。たとえば、利用者の位置情報や検索履歴を分析して、地域ごとの感染状況や人流を推定することは、政策決定者が効果的な感染症対策を進める上で助けとなるだろう。

罰則を伴う外出禁止を行っている国と、外出自粛要請に留めている国のデータを比較して、感染症の拡大や人出にどれだけの相違があるのか分析できれば、各国の政策決定者や専門家が、感染症対策のために効果的な政策を議論し決定する上でも大いに参考になるだろう。また、購買履歴など各種のパーソナルデータを活用すれば、それぞれの個人の嗜好や傾向に合わせて、パーソナライズされたナッジを提供することも可能になる(注10)。だが、政策決定者は、多くの場合、そうしたデータを自ら保有しておらず、直接アクセスすることもできない。

そこで、各種のデータを豊富にもっている民間企業への期待が高まることになる。欧米を中心に各国で、プラットフォーム事業者による感染者の接触追跡アプリの開発や政府への情報提供などが行われている一方、その際のプライバシー等の保護のあり方についても検討が進められている(注11)。日本でも政府が通信キャリアやプラットフォーム事業者に対し感染拡大防止に資する統計データ等の提供を要請し、これに応じてヤフーNTTドコモなどが利用者のプライバシー等に配慮しつつ、統計データ等を提供することにしている。

政府が関連するデータを分析し、効果的な感染症対策を行うために活用することは望ましいことであるが、他方で、政府がセンシティブな情報も含まれるデータを利用できるようになると、プライバシーが侵害されたり、不当な差別に用いられる懸念もある。

今のところ日本政府の要請により提供が想定されているのは、個人情報には該当しない統計情報等のデータではあるが、それでもなお、データの性質や利用法によっては、プライバシーが脅かされたり差別が生じるおそれは完全には否定しきれないだろう。そこで、プライバシー等に配慮したデータの加工のあり方や、データの利用目的の限定、データの保存期間の制限、データの利用方法についての透明性・説明責任の確保などが課題となる。

信頼される舵取りの条件――自分たちで舵取りをしていると信じられるために

とりわけ重要なのが、データを利用する政府に対する国民の信頼と、それを裏付ける政府の透明性や説明責任であろう。そのためにも、日頃から政府が、情報公開を積極的に行い、公文書管理を適正に行うなど、政策決定プロセスの透明性を確保し、説明責任を果たすことにより、国民から信頼を得られるようにすることが肝要であろう。

また、データを提供する企業も、利用者から信頼を得られるよう、データの利用や提供のあり方について、プライバシーポリシーや透明性報告書などを通じて丁寧にわかりやすく説明したり、専門家らの参加する第三者機関によるチェックを受けるといった取組を進めることが期待されるだろう(注12)。

また、こうした取組が適正に進められる上では、市民からの批判や監視の目も欠かすことはできない。民主政治のプロセスに参加するために不可欠の人権として、憲法により手厚く保障された表現の自由の真価が試される場面と言えよう。感染症が拡大し個人の行動を制限せざるを得ない緊急時だからこそ、批判を控えるのではなく、的確な批判を行うことが必要なのだ。現実空間の集会やデモが困難な現状では、とりわけ、ソーシャルメディアなどインターネット上の言論が重要な役割を果たすことになるだろう。

緊急時には、みなの利益を守るために個人の自由を平時よりも制限せざるを得ない場面もありうる。だからこそ、個人の自由を制限しうるさまざまな政策について、エビデンスと専門知を尊重しつつ、透明性のある開かれたプロセスにより民主的に決定が行われているか一層真剣に問われなければならない。

(注1)新型インフルエンザ等対策研究会(編)『逐条解説 新型インフルエンザ等対策特別措置法』161頁(中央法規出版、2013年)、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室長「第45条の規定にもとづく要請、指示及び公表について」(令和2年4月23日)参照。

(注2)日本経済新聞電子版「欧米は私権制限 外出禁止に罰則、日本と強制力で違い」(2020年4月7日)参照。See also, Tom Ginsburg and Mila Versteeg, States of Emergencies: Part I, Harvard Law Revie Blog(Apr. 17, 2020).

(注3)政府は、法のみならず、アーキテクチャ、社会規範、経済的インセンティブなどを用いて個人の行動を規制することができると指摘し、その問題点について論じたものとして、Lawrence Lessig, The New Chicago School, 27 J. L. S. 661 (1998).

(注4)リチャード・セイラー=キャス・サンスティーン(遠藤真美訳)『実践行動経済学—健康、富、幸福への聡明な選択』(日経BP社、2009年)参照。

(注5)Cass Sunstein, The Meaning of Masks (April 10, 2020), Journal of Behavioral Economics for Policy (Forthcoming).

(注6)依田高典教授のツイート参照。

(注7)法の自己適用につき、Jeremy Waldron, Dignity, Rank and Rights 52-53 (Oxford University Press, 2012).

(注8)Cass Sunstein, On the Expressive Function of Law, 144 U. Pa. L. Rev. 2021 (1996).

(注9)ナッジにおける強制と自由の連続性について論じたものとして、成原慧「それでもアーキテクチャは自由への脅威なのか?」那須耕介=橋本努(編)『ナッジ!?―自由でおせっかいなリバタリアン・パターナリズム』(勁草書房、2020年刊行予定)参照。

(注10)キャス・サンスティーン(伊達尚美訳)『選択しないという選択―ビッグデータで変わる「自由」のかたち』6章(勁草書房、2017年)参照。

(注11See, e.g., OECD, Tracking and tracing COVID: Protecting privacy and data while using apps and biometrics (Apr. 16, 2020).  寺田麻佑=板倉陽一郎「COVID-19(新型コロナウィルス感染症)に対応するためのビッグデータの利活用と個人情報保護―諸外国の状況を中心にー」情報処理学会EIP研究会報告予稿(2020年公表予定)も参照。

(注12)参考になる取組として、ヤフー株式会社「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定を厚生労働省と締結」(2020年4月13日)参照。

成原慧(なりはら・さとし)
情報法

1982年生まれ。九州大学法学研究員准教授。専門は情報法。表現の自由、プライバシー・個人情報保護、人工知能・ロボットに関する法的問題について研究している。主著に、『表現の自由とアーキテクチャ』(勁草書房、2016年)、『アーキテクチャと法』(共著、弘文堂、2017年)、『ナッジ!?自由でおせっかいなリバタリアン・パターナリズム』(共著、勁草書房、2020年刊行予定)など。

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