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いくら痴漢を捕まえても痴漢がなくならない根本原因

痴漢などの性的な問題行動をやめられず、「痴漢外来」に通う男性たちがいる。なぜ問題行動をやめられないのか。筑波大学の原田隆之教授は「性的行動の依存症は『意志の力』では太刀打ちできない。患者たちは心の底から『やめたい』というが、やめられない。それは脳の病気だからだ」という――。

※本稿は原田隆之『痴漢外来 性犯罪と闘う科学』(ちくま新書)の一部を抜粋、見出しなど再編集したものです。

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bennymarty

高校で痴漢を、大学で盗撮を始めた

痴漢外来を訪れる患者さんの具体的な事例を紹介したい。本人のプライバシーを保護するため、事例は仮名であり、本人の特定ができないように、細かな点を修正したり、複数の事例をまとめて一つの事例であるように脚色したりしていることをあらかじめお断りしておく。また、すべて事前に本人の許可を得ている。

シンジさんは、30代の快活な独身男性である。幼い頃に父を亡くし、母と二人暮らしをしている。

彼は、痴漢と盗撮と窃盗での逮捕歴がある。窃盗は、女性の下着を盗んだというものである。さらに、アルコール依存症の診断も受けている。このように、複数の性的依存症や他の依存症が併存することはめずらしくはない。むしろ、そのほうが普通であると言っていいくらいだ。

痴漢を開始したのは、高校生のときである。大学生になった頃は、ビデオで見た盗撮にも興味を持った。駅のエスカレーターで、短いスカートをはいた女性の下着を盗撮するために、ホームをうろつくようになった。最初は日に1~2時間だったのが、一番ひどいときには、憑かれたように連日終電まで女性を「物色」して歩くようになった。

「1回ぐらい大丈夫だろう」

シンジさんが逮捕されたのは、20代のとき、痴漢行為によってであった。この事件では示談が成立し、会社に知れることもなく、大事にはならなかった。事件後しばらくは、たしかに強く強く反省していたが、半年、1年と時間が過ぎると、その気持ちも薄らいでいった。

そして、最初の逮捕から一年二カ月後、「これまで何度も見つからなかったから、一回くらい大丈夫だろう」という気持ちから、再度痴漢行為に手を出してしまった。しかし、多くの人がそうであるように、一回ではすまなかった。久しぶりの痴漢行為は、ひときわ興奮やスリルが大きかった。また脳がドクドクと鼓動するような感覚を味わった。

示談を拒否され会社も解雇に

その反面、罪悪感も日増しに膨らんでいった。「やめるべきだ」「やめたい」と思う。「こんな自分ではいけない」「変わりたい」とも思う。しかし、どうすればやめられるのか、どうすればそんな自分を変えられるのかわからなかった。我慢すること以外に方法を知らなかった。我慢できるときもあった。でも、どうしても我慢できないときもあった。

そして、以前のように痴漢や盗撮を繰り返すようになっていった。次第に快感は薄れ、むしろ罪悪感のほうが大きくなっていた。でもやめられなかった。何のために生きているのだろうと思った。

母はそんな自分を察したのか、「またやってないだろうね」と問い詰めることが増えていった。それに対し、嘘をつき続けるしかなかった。ほかにも嘘が増えていった。駅のホームをうろうろする時間が増えるたびに、「飲み会があった」「友達にばったり会った」などと嘘をついた。うしろめたさから母と顔を合わせるのが嫌で、家に帰る時間が遅くなり、休日は家を空けることが多くなった。そして、外では痴漢や盗撮を繰り返していた。

再逮捕されたのは、最初の再犯から半年後だった。今度は示談をもらえず、裁判になった。会社も解雇された。拘置所の生活はみじめで、もう自分の人生は終わったと思った。裁判の結果は、執行猶予だった。

弁護士の勧めで治療を受けることを決意し、今に至っている。釈放されて、もう5年が経つ。その間、再犯はない。

「ソープランド中毒」で妻子を失った50代男性

マコトさんは、50代。結婚して子どももいたが、自身の性的問題行動が原因で離婚に至り、現在は一人暮らしである。彼の問題行動は、犯罪ではなく、極度に強迫的な性行動である。具体的には、頻繁な性風俗店通いが元で、人生が破綻してしまったケースである。

夫婦生活に問題があったわけではない。妻も子どもも大切にしていたつもりだった。しかし、人づき合いが極度に苦手なうえ、仕事でも頻繁にミスをしていた。

仕事がうまくいかず、度重なる失敗で上司に叱責されたあと、マコトさんは、気晴らしのつもりでソープランドに行った。すると、そこで性的サービスを受けている間、嫌なことを忘れられ、ストレスが溶けて流れていくように感じた。さらにそれだけでなく、自分を優しく大切に扱ってもらえたことで、自尊心を取り戻すことができるようにも感じた。

妻に内緒で会社を辞め、退職金でソープランドに

こんなことがあって、彼はすっかりソープランドにはまり込み、ひどいときは一晩に数軒もソープランドの「はしご」をするようになった。月に何十万もの金を風俗店につぎ込んで、貯金も使い果たしてしまったが、それでもその誘惑に抗うことができず、風俗店通いがやめられなかった。毎晩のように帰りが遅い夫に妻は不信感を抱き、夫婦間のいさかいも増えたが、それがますます風俗店通いに拍車をかけることとなった。

驚いたことに、マコトさんは、風俗店通いを続けるために、会社を退職するという最終手段を取った。退職金をつぎ込もうと考えたのだ。妻に内緒で会社を辞め、会社に行くと嘘をついて家を出て、昼間からやっている店を見つけては、足繁く通うようになった。

しかし、そのような生活が長続きするわけがない。ほどなく金が底をつき、追い詰められた彼は、家を出た。誰にも相談できず、ホームレス同然の生活のなかで、自殺まで考えた。

幸いなことに、その後彼は福祉につながり、福祉事務所から病院を紹介された。そして、生活保護を受けながら治療を続けるに至っている。貯金は底をついていたが、借金がなかったことは不幸中の幸いだった。

今年に入って、彼は自宅でできる仕事を始めた。新たな人生の目標も少しずつ描くことができるようになっている。今の仕事は、人づき合いなく続けられるので、心理的な負担も少なく、自分に合っている。生活保護費は病院が管理しており、手元には自由に使えるお金がないため、風俗店通いはやりたくてもできない。

今の一番の課題は、性的な行動ではなく、もっと自分の人生や将来にプラスになる行動によって、自信や自尊心を回復することだと思っている。あの頃を思い返すと、何だか悪い「熱病」にでもかかっていたかのようだと感じる。「脳があたかも、セックスに乗っ取られてでもいたかのようだ」。マコトさんは、そう表現し、今はまるで憑き物が落ちたかのような安堵感を抱いている。

2つの典型例から見えてくること

二つの典型的な例を紹介したが、性犯罪であるかないかの違いはあっても、両者に共通することがいくつかある。一つは、どちらも性行動が「やめたいのに、やめられない」という状態になっていたことである。逮捕されても、貯金を使い果たして無一文になっても、やめられない。まさに、依存症と呼ぶにふさわしい状態である。

マコトさんがいみじくも「脳が乗っ取られていた」と語っていたように、依存症は「脳の病気」である。理性的な脳は、「やめるべきだ」と考えるが、もっと奥にある本能的な脳は、考えるというよりは、圧倒的な衝動で本人の理性をなぎ倒して、性的行動を行うように突き動かす。

もう一つの共通点は、性的行動の目的である。二人とも、当初は性的な興味・関心から性的行動を行っており、性的快感を得ることが目的であった。しかし、次第にその快感も薄れ、むしろストレスや孤独感を紛らわせたり、スリルを味わったり、自尊心を回復したりするための手段として、性的行動を繰り返すようになっていた。

これも、アルコール依存症や薬物依存症患者の姿と重なるところがある。ある薬物依存症の患者さんが、「一番みじめだったときは、家で一人泣きながら覚醒剤を打っていた」と話してくれたことがある。もはや薬物を使用しても、快感や興奮は何もなく、ただみじめになるだけなのだが、それでも離脱症状(いわゆる禁断症状)から逃れるため、そして、そのみじめさや寂しさを紛らわせるために、なおさら薬物にはまっていく。まさに地獄のような悪循環である。

治療後の再犯率は受けない場合の10分の1に

第三は、やめようとしたときの対処である。二人とも、「意志の力」で、我慢を重ねることで、性的行動をやめようとしていた。これも、治療につながる前のアルコール依存症や薬物依存症患者の対処法とまったく同じである。

原田隆之『痴漢外来 性犯罪と闘う科学』(筑摩書房)

強い意志を持つこと、我慢することは、たしかに重要である。反省ももちろん重要である。しかし、それで収まるならば苦労はない。むしろ、それで収まるくらいならば、そもそも依存症ではない。先に述べたように、圧倒的な衝動に突き動かされて、理性や意志の力がなぎ倒されてしまうのが、依存症の本質であるからだ。

マコトさんが述べていたように、脳が乗っ取られたような状態になり、意志の力では太刀打ちできなくなる。意志の力に訴えかけ、反省を促す「処罰」だけでは、この問題を解決できないのはこのためである。

第四に、治療につながることで、彼らは問題行動をやめ続けることができているということである。そして、本来の自分を取り戻し、新しい生き方を手に入れつつある。このように、治療には明らかな効果がある。『痴漢外来 性犯罪と闘う科学』の第四章で詳しくデータを紹介しているが、痴漢の再犯率は30%程度とされているところ、痴漢外来で治療を受けた人々の再犯率は、3%弱である。

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原田 隆之(はらだ・たかゆき)
筑波大学教授
1964年生まれ。一橋大学大学院博士後期課程中退、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校大学院修士課程修了。法務省矯正局法務専門官、国連薬物犯罪事務所Associate Expertなどを務め、現在、筑波大学人間系教授。保健学博士(東京大学)。専門は臨床心理学、犯罪心理学、精神保健学。性的依存症をはじめ、さまざまな依存症の治療や研究に取り組んでいる
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(筑波大学教授 原田 隆之)

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