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「日本の家電」に未来がない理由―佐々木俊尚(ITジャーナリスト)

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利用者のライフログを集める


このようなネットワーク構造化は、今後はテレビなどの動画の世界へと進み、さらにはECにも広がっていくと考えられている。

冒頭でも述べたように、アマゾンは電書リーダーのキンドルに続いて汎用のタブレットである「キンドル・ファイア」を昨年販売し、さらに最近は独自のスマートフォンを開発中だと伝えられている。

この戦略は明確で、書籍と動画、音楽、さらにはECをすべてネットワーク構造化していこうということだ。つまり利用者がどんな場所、どんな時間、どんな場面にいるときでも、ストレスなしに電子本を読めたり動画を観たり、Amazon.comで商品を購入できるようにしてしまおうということなのである。そのためには電書リーダーだけでは不足で、だからこそ汎用タブレットやスマホという「歯車」をさらにはめ込んだ、ということなのだ。

キンドル・ファイアではさらに、利用者がキンドルストアやAmazon.comをみているときだけでなく、ほかのウェブサイトを閲覧しているときの情報まで収集する方向へと進んでいる。これについてアマゾンは公式には否定しているのだが、利用者がどんなウェブページをみて、どんな動画や音楽を楽しみ、どんな商品を購入しているのかというライフログ(生活行動記録)を取得できるようになっている可能性があるのだ。そしてキンドル・ファイアはそれらの情報を自動的にアマゾン側に送信している。これは従来のインターネット・エクスプローラーやファイアフォックス、クロームといった人気ウェブブラウザでは不可能だったことである。

これによって、「利用者が次に何を求めているのか」「何を買おうとしているのか」ということまで予測してしまうことも可能になる。これこそが最近IT業界で流行語になっている「ビッグデータ戦略」だ。

ここまで進めば、アマゾンのネットワーク構造は完成形に近くなってくる。つまり利用者をストアやブラウザやタブレットやPC、スマホなどありとあらゆる機器・サービスで包括的に取り囲み、自社のネットワークのなかに完全に没入させてしまうという世界だ。

だからこの先にやってくる世界では、製造業とIT業界の境目はいっさい存在しない。ITと製造は完全に融合し、ITを制する者が製造も担っていくというビジネス構造に変わっていく。ネットワーク構造がわかっていない製造業は駆逐されていくだろうし、機器という適切な歯車を用意できないIT企業も衰退していく。

これはITのビジネスがめざす一致した方向性だ。これがわかっているからこそ、アマゾンだけでなくアップルやグーグルも躍起になって新たな機器・サービスを開発し、利用者を包括するネットワーク構造の構築をめざしている。最近はSNSのフェイスブックでさえも自社オリジナルのスマートフォンを開発中だと噂されているが、これもまったく同じ夢を見ているのである。

これまでみてきたように、製品というのはいまやビジネスの大きなネットワーク構造のなかに位置する一つの歯車、一つのピースにすぎない。もちろんアップルのつくっているマックやiPadのように、見た目のデザインや美しさは重要だ。だがそうした美学は、いってみれば消費者を惹きつける「蜜」のようなものであり、使い勝手のよさは歯車を円滑に回すための「潤滑油」のようなものである。

それらは大事な要素だが、しかしネットワーク構造においては本質そのものではない。コンテンツを発信し、商品を販売し、さらに情報を消費者側からも集めるためのチャネル(経路)が、いまや電子機器の本質となっているのだ。

「技術力」の定義が変わった


振り返ってみれば、家電のデジタル化が劇的に進んだこの十数年、日本の家電メーカーは最後までこのことを理解できていなかったように思える。

たとえばテレビを考えてみればわかる。音楽や電子書籍と同じように、いまテレビは劇的にネットワーク構造へと進んでいこうとしている。「スマートテレビ」と呼ばれる潮流がまさにそれだ。そこではテレビ受像機はたんなる歯車となり、テレビ番組などの動画を配信するストアやプラットフォームこそが中核となっていく。だからテレビ受像機に今後求められていくのは、ネットワークとの滑らかな連携であり、歯車としての動作を支える秀逸なインターフェースだ。

しかし、日本の家電業界はそうした潮流が理解できず、韓国や台湾、中国メーカーとの安売り競争に敗北すると、3D化に力を入れるようになった。だが3D化などコンテンツがそう簡単に揃うはずもなく、あっという間に失速してしまった。

この失速でさすがに目覚めるかと思いきや、今度はハイビジョンをさらに高画質にした2K4Kという新しい規格に力を入れるようになっている。ハイビジョンでさえもまだ普及しきっていないのに、さらにその先の超高画質を求める消費者がどのぐらいいるというのだろうか。

世界の潮流がわからず、過去に成功してきた製品単体の多機能化、高機能化に邁進し、戦艦大和のように滅亡に向かって突き進んでいるというのが、いまの日本の家電業界の現状なのだ。

振り返ってみれば、日本の産業界は「高い技術力」「匠のわざ」という過去の成功体験にあまりにも引きずられてしまったのかもしれない。いまグローバル市場で求められている技術力は、細部をすみずみまで精巧に仕上げる細工職人の腕のようなものではなく、ネットワーク構造をいかに構築できるかというものだ。「技術力」という言葉の定義そのものが変化してしまっているのである。

日本語の「技術」は、どうしても手先の細工や匠のわざ的なイメージが付きまとう。本質や構造それ自体を変化させるのではなく、目に見える部分だけを工夫するということが「技術」だと思われがちだ。たとえば日本ではパソコンのワープロソフトや表計算ソフトが、たんにキレイな文書をつくるための清書ソフトとして使われているケースが多いというのは、それを象徴しているように感じる。

しかしワープロや表計算の本質は、清書ではなく、文書やデータを構造化し、機械でも読み取れるように標準化することである。これこそが技術の本質だ。技術とは見た目を変えたり手先を工夫することではなく、構造を変化させ、本質そのものを別のものにしてしまうことにあるのだ。

このような「技術」に対する考え方を根底から変え、製品をつくる際のマインドセットをがらりと変えないかぎり、日本の家電エレクトロニクスには未来はないだろう。小手先の「こうすれば何とかなる」「こういう戦略がある」といった工夫で何とかなるようなレベルの話ではないのだ。

佐々木俊尚(ささき・としなお) 1961年、兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部中退。88年、毎日新聞社に入社。海外テロやオウム真理教事件などの取材を担当する。99年、アスキーに移籍。2003年に独立。著書に、『「当事者」の時代』(光文社新書)ほか多数。

『Voice』2012年9月号
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◆総力特集は「財務省に騙された日本」 いまから10年後、壊滅的な状況に陥った日本の姿をみて、私たちは後悔しないといえるだろうか。「なぜ、あのとき消費増税に賛成し たのか」と……。「日本をギリシャにしてはならない」といいながら、各党がこぞって歳出拡大につながる政策を打ち出すいま、そもそも増税で国家財政は甦るのだろうか。そこで今月の総力特集は、題して「財務省に騙された日本」。財務省が虎視眈々と描く裏のシナリオを明らかにしながら、国家経営の本義を根本から問い直します。そして特集は、「沖縄が侵攻される日」。オスプレイ配備問題しかり、ここで日米関係が揺らぐようなことがあれば、中国の手が沖縄にまで伸びかねません。今月も、読みどころ満載の一冊です!

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