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「8割おじさん」北大・西浦博教授に右からも左からも批判集まる 出口戦略のカギは5月6日

「猛反対を食らった」西浦教授

[ロンドン発]新型コロナウイルスの大流行で、厚生労働省クラスター対策班に参加する北海道大学大学院の西浦博教授が4月15日、国内で何の対策もとられなかった場合、重篤患者は15~64歳で約20万人、65歳以上で65万人にのぼり、40万人以上が死亡すると発表しました。

共同通信社

安倍晋三首相は16日夜、対策本部を開き、4月7日に特別措置法に基づいて宣言した緊急事態措置の対象区域を首都圏や大阪などの7都府県から全国に拡大すると表明。首都圏でコロナの患者数が対策病床数をはるかに上回り、医療が逼迫してきたことが安倍首相の背中を押しました。

西浦教授はコロナの流行を収束させるため「接触機会の8割減」を呼びかけていることから「8割おじさん」と呼ばれています。その西浦教授はBuzzFeed News(4月11日)のインタビューにこう答えています。

「死亡予測や人工呼吸器の数を上回る重症者の数が出るなど、怖い予測が今までよりも多かったのですが、意外にスルーされてしまった。科学的なエビデンスに基づいて、現時点でどれぐらいが亡くなると予測され、どれぐらいが重症になって、人工呼吸器やICU(集中治療室)のベッドなどがどれほど足りなくなるかを示しました」

専門家会議の状況分析・提言(3月19日)

「あの公表は、猛反対を食らいました。厚労省の幹部たちからも“いいのか?”“この図はどうしても削除できないのか”など、かなり事前に止められたのです」

「8割おじさん」西浦教授に右からも左からも批判

こうしたプロセスをリスク・インフォームド・ディシジョン・メイキング(リスクを説明した上での決断)というそうです。未知のウイルスと戦う今回のパンデミックのように複数の不確実性と生死や経済的損失、社会的コストを踏まえた上で決断を下す時に用いられる手法です。

人口100万人当たりの死者が2人とまだまだ低い日本の場合、感染爆発(オーバーシュート)より医療崩壊が目の前の危機です。それを防ぐ変数が実効再生産数(感染者1人からうつる二次感染者数の平均値、とられた対策によって変化する)と病床・人工呼吸器の数です。

写真AC

無症状・軽症者をホテルなどの施設、自宅療養に切り替える一方で病床や人工呼吸器の数を増やすにしても限りがあるので、指数関数的に増える患者数を抑えなければ医療崩壊は避けられません。流行を収束させるには実効再生産数を1より下に抑える必要があるのです。

感染症数理モデルに基づき論理的な主張を展開する西浦教授を支持する声が多い一方で、右派や左派からの批判も目立っています。

「新型コロナで42万人死ぬ」という西浦モデルは本当か 架空シミュレーションで国民を脅す「青年将校」(アゴラ研究所の池田信夫代表)

パニックや恐怖を煽るようなリスク・コミュニケーションにも原因があるように思います。テロや金融危機、自然災害ではパニックや恐怖を煽るようなリスク・コミュニケーションはご法度です。危機を増大させてしまうからです。

これに対して外出自粛などの行動変容を迫らなければならないパンデミックではパニックを煽っていると受けとられるようなコミュニケーション術がとられます。マスクやトイレットペーパーのパニック買いは起きているのに、キャバクラなど夜の街通いは止まりませんでした。

イギリスにもいる「8割おじさん」

西浦教授が言う「接触機会の8割減」は夜の街クラスター対策を織り込んだ目標です。しかし「接触機会の8割減」を実行した場合、経済的な損失、莫大な休業補償、休校による学業の遅れ、社会的なストレス、健康への影響が発生します。

こうしたことを考慮するリスク・インフォームド・ディシジョン・メイキングは西浦教授の専売特許ではありません。米航空宇宙局(NASA)や米原子力規制委員会でも導入され、英政府に感染症数理モデルを提供するインペリアル・カレッジ・ロンドンの専門家チームも実践しています。

イギリスで西浦教授と同じ立場の人物がインペリアル・カレッジ・ロンドンのニール・ファーガソン教授です。ファーガソン教授が脚光を浴びたのは2001年、600万頭以上の牛と羊が屠殺された口蹄疫の発生をモデル化した研究でした。

2009年の新型インフルエンザ、2012年の中東呼吸器症候群(MERS)、2014年のエボラ出血熱の流行でもデータモデリングに携わってきたファーガソン教授はかなり早い時期から新型コロナウイルスの恐ろしさについて警鐘を鳴らしてきました。

「データが限られているので多くの不確実性があるが、私たちの推定では新型コロナウイルス肺炎の流行は20世紀の主要なインフルエンザのパンデミックに匹敵する恐れがある」(2月10日)

「新型コロナウイルスがイギリス全土に広がれば40万人が死亡する恐れがあるというのは決して馬鹿げた数字ではない。(何の手立ても施さなければ)世界人口の最大6割が感染する」(2月14日)

イギリスの「8割おじさん」が示す2つのシナリオ

ファーガソン教授のモデルは公衆衛生的介入によってどれぐらい接触機会が減るかについて次のように設定しています。

(1)自己隔離。咳または発熱がある人は7日間自宅に留まる(家庭外の接触機会75%減)
(2)自宅検疫。症状がある人の家族全員が14日間自宅に留まる(家庭での接触機会は倍になるが、地域での接触機会は75%減)
(3)高齢者の社会的距離。深刻な疾病リスクが最も高い70歳以上の人々のみ社会から距離を置く(職場での接触機会50%減、家庭での接触機会25%増、その他の接触機会75%減)
(4)社会的距離。世帯・学校・職場の外で接触を4分の3減らす(学校での接触機会変わらず。職場での接触機会25%減、その他の接触機会75%減)
(5)学校および大学の閉鎖(児童や学生のいる家庭での接触機会50%増、地域での接触機会25%増)

公衆衛生的介入の組み合わせによってファーガソン教授はボリス・ジョンソン英首相に2つのシナリオを提示していました。

【シナリオ1】高齢者や持病のある人らハイリスクグループを保護しながら医療への需要を減らす。春から夏にかけて3〜4カ月の間に流行のピークが訪れる。自己隔離、家族全員の自宅検疫、高齢者の社会的距離の組み合わせによりピーク時の医療需要が3分の2減少し、死亡が半減する可能性がある。しかし依然として26万人の死をもたらす恐れが高い。

【シナリオ2】より集中的な介入は感染を止め、症例数を低レベルに減らせる。医療崩壊は起きず、死者は2万人程度。症例数は減少するが介入し続けない限り、冬に流行するリスクがある。全人口の社会的距離、自己隔離、家族全員の自宅検疫(および学校と大学の閉鎖の可能性)の組み合わせが必要になる可能性が高い。

Getty Images

日本と同じ緩い対策から都市封鎖に追い込まれたイギリス

新型コロナウイルスに感染し一時、重症化して集中治療室(ICU)に運び込まれたジョンソン首相はシナリオ1を採用。ファーガソン教授が専門家の批判に応えて「シナリオ1で26万人死亡」という報告書を公開したとたんシナリオ2に切り替えました。その経過を見ておきましょう。

【イギリスの経過】

3月3日、感染者51人、死者0人
ジョンソン首相が(1)封じ込め(2)遅延(3)研究(4)緩和の4段階からなる行動計画を発表。「ハッピーバースデーを2回歌いながら手を洗おう」と呼びかける。

3月9日、感染者321人、死者5人
ジョンソン首相が「遅延フェーズの準備に入る」と表明。

3月12日、感染者590人、死者10人
ジョンソン首相が「多くの家族が彼らの愛する人たちを失うことになる。熱や咳のみられる人は1週間自宅で自己隔離して」と呼びかけ。パトリック・ヴァランス政府首席科学顧問が、抗体を持つ人が一定割合まで増えて感染を防ぐ壁になる「集団免疫」に言及して世界中の批判を招く。休校や集会禁止の措置はとらず。

3月13日、感染者798人、死者11人
サッカーのイングランド・プレミアリーグが4月最初の週末まで全試合を中止

3月16日、感染者1543人、死者55人
ジョンソン首相はこの日から毎日記者会見。一転「生命を救い、人々を守る」決意を表明。(1)1人でも高熱か長く続く咳の症状があれば2週間、家族全員が自宅に留まる(2)市民全員に自宅勤務と、パブ・クラブ・レストラン・映画館・劇場を避ける(3)70歳以上の高齢者と妊婦、基礎疾患を持つ人に約12週間自宅待機する――よう要請。

ファーガソン教授のチームが厳格な公衆衛生的介入がとられないと死者はイギリスで26万人、アメリカで110万~120万人に達するとの報告書を公表。

3月18日、感染者2626人、死者104人
ジョンソン首相が20日から学校やカレッジ(中等・高等教育機関)、保育園の一斉休校に入ると発表。NHS病院では新型コロナウイルス・シフトが敷かれる。

3月20日、感染者3983人、死者177人
パブ・クラブ・レストランを閉鎖。全事業者に従業員の給与の80%(上限は1人当たり月2500ポンド)を政府が肩代わり

3月23日、感染者6650人、死者335人
ジョンソン首相が国家非常事態を宣言。生活必需品の購入や健康のための運動を除き原則、全国的に外出禁止令。違反者は警察が摘発。

日本の出口戦略のカギは5月6日

イギリスの方針転換がファーガソン教授の報告書公開を受けてのものか、死者の急増を受けてのものかははっきりしません。欧州連合(EU)離脱を控えて経済的なダメージが大きい都市封鎖を避けて、緩いシナリオ1を選んだという見方もくすぶり続けています。

当初、ヴァランス政府首席科学顧問は「集団免疫」の獲得を明言してはばかりませんでした。私たちの出口がワクチンを開発するか、集団免疫を獲得して流行の終息を迎えるかの2つしかないのは事実です。

イギリスの死者はすでに1万6000人。集団免疫を獲得するまでに一体、何人が犠牲になるのかは分かりません。ファーガソン教授の感染症数理モデルは楽観的すぎるとの批判は収まらず、「ファーガソンは救世主か、戦犯か」と英メディアは騒ぎ立てています。

ファーガソン教授はワクチンが開発され、広範囲に接種できるようになるまでは検査のローラー作戦で感染者をあぶり出して隔離、安全な社会的距離を保ちながら経済を部分的に再開していくしか自由民主主義国家が生き延びる道はないと警告しています。

日本の「8割おじさん」のベースラインシナリオは5月6日までの国家緊急事態宣言で流行を収束させることです。しかし、そのあとどのように経済を再開していくかのプランを伴わなければ批判が噴出する恐れは十分にあると思います。

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