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食や健康情報の“エビデンス”を簡単に信じてはいけない - 佐藤達夫 (食生活ジャーナリスト)

(Alter_photo / iStock / Getty Images Plus)

「エビデンス」は法廷から医療現場に

新型コロナウイルスの脅威は収まる気配がない。こういうときには、例によって、アヤシゲな情報が巷に氾濫する。「この食品は新型コロナウイルスに効くというエビデンスがあります」などというガセ情報が次々に飛び出してくる。

このところ「エビデンス」という言葉をよく見聞きするようになった。筆者は昔、アメリカ映画の法廷場面で、弁護士や検事や判事が「エビデンス」という台詞をいっていたように記憶している。基本的には「物的証拠」という意味であったように思う。それ以外では、ほとんど聞いたことがなかった。

しかし最近では、ビジネスパーソンの間でも
「A社(ライバル社)の新製品、バカ売れらしいな」
「その話、エビデンスあるの?」
などと気軽に使われていると聞く。

「食」あるいは「健康」業界でも、10年ほど前からだろうか、「エビデンス」という言葉が頻繁に使われるようになった。筆者が最初にエビデンスという言葉を耳にしたのは、さらにその10年ほど前、医学用語としてのエビデンス=EBMだった。Evidence Based Medicine、訳すと、根拠に基づく医療。

「根拠に基づく医療? そんなこと当たり前じゃないの?」と強く思ったことが印象に残っている。人の生命を預かる医療が根拠に基づかないことなんてあるの? じゃいったい、それ以前は何に基づいていたの? それは主として経験や体験。ベテラン医師や師匠に当たる医師が、それまで積み上げてきた経験を、あとに続く医療関係者たちが参考にし、見習ってきた。

それはそれで意味のあることではあるが、世界中には自分の師匠だけではなく、優秀な医者が大勢いる。グローバルに情報が行き来するようになると、「経験に学ぶ」のではなく「データに学ぶ」ほうがより適切な医療ができると考えられるようになってきた。それがEBM。

「食」に関するエビデンスは素人が扱える

それから10年くらい遅れて栄養学の分野にもエビデンスが持ち込まれた。それがEBN=Evidence Based Nutrition=根拠に基づく栄養学だ。「データに学ぶ」という点で、EBMとEBNは同じ考え方に基づくのだが、両者の間にはかなり大きな違いがある。

これはあくまでも筆者の見解だが、EBMつまり医療のほうはその実践者が専門家(医師や看護師や薬剤師や管理栄養士等々)なのに対し、EBNつまり栄養学のほうは専門家だけではなく一般市民も実践することになる、という違いが生じている。いま、一般市民「も」と書いたが、現実的には実践者は一般市民「に」多い。

EBM(医学)の分野では、いくら「効果がたしか」であることが明確であることでも、一般市民が投薬したり治療したりすることはできない(法律で禁じられている)。これに対してEBN(栄養学)のほうでは「○○という食品が××に効果的」だという情報があったときに(それが正しいか正しくないかは別にして)○○を食べることは、専門家ではなく、だれにでもできるからだ。

この「だれでも」つまり(ことばは悪いが)素人にでもできるということが、EBNの正しい普及を極端に妨げている1つの原因だということができるだろう。一方で、「素人対象」であることを逆手にとって、悪意を持ってあるいは単にショーバイだけのために情報を悪用する人たちがあることも、やはり、EBNの正しい普及を妨げる大きな要因となっている。

研究結果があるだけでは「エビデンス」とはいえない!

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専門家ではない人たちにとっての「エビデンス」の理解に大きな勘違いがあるので、それをご紹介しよう。それは「研究結果がありさえすれば『エビデンス』といっていいわけではない」ということ。抽象的な例えではわかりにくいので、具体例を提示して説明しよう。

読者のビジネスパーソンは「牛乳害悪説」なるものを耳にしたことがあるだろう。例えばその「エビデンス」として、「牛乳をたくさん飲むとカルシウムの過剰摂取により骨折のリスクが高まる」という研究論文があるとする【※1】。仮にこの研究が非科学的な論文ではないとしても、1つの研究論文だけを示して、「牛乳をたくさん飲むと骨折のリスクが高まるということにはエビデンスがある」といってはならない。1つの研究結果だけではエビデンスとはならないのだ。

骨折予防のメカニズムは、単にカルシウムの摂取量だけではなく、タンパク質やビタミンDの摂取量・運動量・太陽に当たる時間など、多くの要素が複雑に関係している。カルシウムの摂取量との関連だけをみても、世界中にはその研究が山ほどある。

「それらの多くの研究論文ではどうなっているのか」を調べなければならない。山ほどある研究をつぶさに調べると、カルシウムの摂取量は骨折のリスクを「上げる」「下げない」「少し下げる」「明らかに下げる」「大いに下げる」など、いろいろと見つかることだろう。中には「どちらともいえない」という論文もたくさんある。

それぞれの論文は「どういう研究手法で行なわれたか」「どのくらいの人数で行なわれたか」「どのくらいの期間で行なわれたか」「どういう条件下で行なわれたか」また、それその論文の「数はどのくらいあるか」等々をていねいに調べなければならない。この「関係する研究論文をすべて集めて検討する」ことをメタアナリシスと呼んでいる。

現時点では、「カルシウムの過剰摂取は骨折の原因とはならない」というのがメタアナリシスの結果である。かといって「カルシウムをたくさん摂取すると骨折の予防になる」ということもいえない。確実にいえることは「カルシウムの摂取量が少ないと骨折の率が高くなる」ということで、これが「エビデンス」である【※2】。

このように、「エビデンスがある」ということをいおうとすると、かなり専門的な知識と複雑な調査が必要になる【※3】。そのあげく、得られる結論は「非断定的なもの」であることが多い。素人が求めるような「明快な結論」はあまり得られない。逆にいうと、「簡単に」「明確な」結論が示してあるものには「エビデンスが確かなものは少ない」と理解するほうがよさそうである。

【※1】https://www.bmj.com/content/349/bmj.g6015
【※2】Xu L, et al.does dietary calcium have a protective effect on bone fractures in women? A meta-analysis of observational studies.Br J Nutr 2004;91:625-34.
【※3】エビデンスに興味のある読者には『佐々木敏のデータ栄養学のすすめ』(女子栄養大学出版部刊)を一読することを薦める。

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