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自粛に悲鳴を上げる横浜 緊急事態宣言で考えた災害ベーシックインカム - CDB(ブロガー)

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4月7日に緊急事態宣言が出される前、五輪延期の決まった3月末に東京都知事が緊急会見を繰り返す前、新型コロナウイルスという新しい感染症が日本にいよいよ広がりはじめ、全国休校の決定が報道された3月の初めからとっくに、僕の街は死にはじめた。そして今もどんどん死に向かっている。

僕は感染症の専門家でも経済学者でも医師でもない。ノンフィクションライターでもないしジャーナリストでもない。ついでに言えば大卒ですらない。横浜のどこかで安い賃金で働いている非正規雇用労働者でしかない。でも映画の感想をブログに書いているうちに、ネットの向こうで顔も知らない人たちがたくさん読んでくれるようになった。もし書かせてもらえるなら、僕の街が死にかけていること、どんな風に死に向かっているのか、その死の床の病状について伝えられたらと思う。

客の姿が消えた横浜中華街

少し前、「マスクを買うための行列で殴り合いが起きた」と客同士が街の通りで殴り合う動画がSNSに上がり、それは多くの共有の果てにテレビでも報じられることになった。あの映像の街で僕は子どもの頃から育った。テレビであの場面を見た市内の人たちの何割かは、それが僕の街の有名な通りであることにすぐ気がついたと思う。美しい街だ。映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』で広瀬すずが白目をむいてお弁当のお好み焼きをぶん投げたり、池田エライザや山本舞香や富田望生たちとプリクラを撮影するシーンは、あの殴り合いがあった通りの裏道やゲームセンターで撮影された。

街では昔から多くの外国籍住民と日本人が入り交じって暮らしている。中華学校帰りの生徒たちは口々に中国語をしゃべっているし、日本の高校生たちのグループにはアフリカ系の生徒がどんどん増えている。ヒップホップ的にフードをアレンジして戒律とガールズファッションを両立させたムスリマの少女がさっそうと歩いて行く。駅から続く商店街の地下道にはストリートピアノが設置され、多くのアマチュアたちの演奏を通りすがりの観客が楽しんでいる。あの地下道に広瀬香美さんが来てあのピアノを弾いたことだってある。もう一度言うけど、にぎやかで、そして美しい街だった。3月までは。

でも今、僕の街は苦しんでいる。マスクが足りないとか行列で殴り合いが起きたとか、そんなことではなく、街が苦しんでいる理由はただひとつ、経済だ。

たぶん日本中の繁華街で同じだと思うが、東京都知事の会見のずっと前、3月初めから、「自粛」の波は街の経済を直撃した。ほとんどすべての店が死んだようにがらんどうになった。カリスマ的人気のラーメン店など一部の店をのぞいて、僕が入る店のほとんどが僕以外に客が一人もいなかった。よく行く店でランチタイムにユッケジャンクッパを頼むと出てくるまで恐ろしく時間がかかった。おそらく一人も客が来ないので厨房の火を落としていて、不意に来店した僕のために一から湯を沸かさなくてはならなかったのだろう。たった一人入った客など何の助けにもならないのだ。どの店も店主たちの顔からは血の気が引いていた。

写真AC

3ヶ月先に店があるかわからない

僕の街からすぐの横浜中華街では3月中旬、善隣門に「みんなありがとう #がんばれ中華街」という横断幕が掲げられた。まだメディアの話題の中心が武漢だった3月上旬、中華街には匿名の脅迫状が送りつけられた。脅迫や差別に対しては理念で戦うことができる。

ただ、国や自治体が国民に社会正義として「自粛」を促し、そしてただ国民が自由意志で自粛しただけなのだからという理由で補償がされないという、曖昧で残酷な経済状態に対しては抗う術がない。僕が中華街のいくつかの店に足を運んだ時も、多くの場合店内に客は僕以外ほとんどいなかった。厨房で中国語を話しているおばちゃんは、一人客などたいしてありがたくもなかっただろうに、サービスだから、と定食のライスをまんが日本昔話でしか見たことがないほど山盛りにしてくれた。

国家や自治体から「危険だからああいう場所へ行くな」と名指しされつつ何ひとつ補償はないという状態の中で、あらゆる店舗が1日ごとに体力をガリガリと削られている。もし政府が「非常事態の資金を調達するためにすべてのサラリーマンの預金口座から毎日1万円ずつ徴税する」と宣言したら暴動が起きるだろう。でも事実上、零細個人経営を含むすべての飲食店にこの1ヶ月間起きているのはそれに近い事態だ。彼らは国家に代わって自分の財産を差し出す形で「民間防衛」の矢面に立ちながら、補償がないだけではなく、社会からまるで感染を広げるパブリックエネミーのように扱われている。

個人経営の飲食店は、一軒一軒が難民にとっての独立国家のような果てしない夢の結晶だ。僕は派遣労働先で「いつか金を貯めてこういう店を持ちたい」と将来の夢を語っていた料理人たちのことを思い出す。僕は彼らの夢がまだ叶っていないことを祈る。もしも彼らの夢がこの2020年4月の時点で叶ってしまっていたら、たいていがそうであるように準備金にいくらかの借金を背負って個人経営者として店を始めていたら、彼らは今、恐ろしい光景を見ているはずだ。死に物狂いで1ヶ月働いて貯めてきた金が、1日ごとに吹き飛んで行くような悪夢の光景を。それは彼らの人生が死んでいく景色だ。そして国家も、社会も彼らに手を差し伸べない。

SNSをはじめ多くの声が上がり、世論を気にする政治家の中で「補償をするべきか」という議論も始まったが、4月7日の国会答弁で首相は、緊急事態宣言で営業休止を求められた事業者などへの損失補塡(ほてん)について「現実的ではない」と否定した。45兆円の資金繰り支援を用意するとのことだが、融資であれば返済が必要であり、長期に及ぶの危機的な経済状態を結局のところ彼らは働いて埋め合わせることになる。融資が間に合えば、店がまだあればの話だ。

政府は「事態が収束したあとに飲食観光産業にクーポンを発行して支援する」という施策に力を入れているようだ。だがこの感染症の収束がいつなのか、ほとんど世界の誰も見通せていない。東京五輪の1年延期に、森喜朗会長すら「2年延期の方がいいのでは」と問いかけたという。3ヶ月後に自分の店がまだ存在しているかどうかさえわからない僕の街の人々にとって、そのクーポン券の支援は地平線の向こうに遠く霞んでいる。

AP

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