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不確実な情報が錯綜する中で有益な情報をどう見分けるか――災害多発時代を賢く生き抜くためのリスクマネジメント(前編) - 安田陽/風力発電・電力系統

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新型コロナウィルスCOVID-19が世界中で蔓延し、世界中の国や都市でロックダウンが相次いでいます。過去数年、これまでも地球上で異常気象(日本では大型台風や集中豪雨、オーストラリアやカリフォルニアでは極度の乾燥に起因する山火事)が相次ぎましたが、今年は疫病というまた別のタイプの「災害」に世界中が見舞われています。

筆者はこれまで約20年間、特定の工業分野(風力発電)の事故や故障の防止という観点からリスクマネジメントについて研究してきましたが、リスク認知やリスク対応、リスク低減、リスク許容といった考え方とそれに基づく行動はあらゆる分野に共通しています。

筆者は医学や疫病が専門ではなく、本稿は今回のコロナウィルス感染拡大防止に対して必ずしも具体的案を提供するものではありませんが、筆者が学んできたリスクマネジメントの考え方と方法論の観点から、迫り来るリスクに対して我々はどう立ち向かうべきかについて、読者のみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

なお、本稿は前後編に分かれています。
前編は主にリスクの影響を受ける人(一般の方々)が、事態が刻一刻と変わり不確実な情報が錯綜する中で、自身や家族のリスクを低減するためにどのように有益な情報を入手し、どのように行動するかについて書かれています。リスクについて情報発信する人(メディア、専門研究者、SNSや掲示板・ブログの投稿者)がどうあるべきかについても述べます。

また後編は、意思決定をする立場にある人(行政府、地方自治体、産業界の経営層など)がどのように行動すべきか、そしてそれをどのように評価・チェックすべきかについて議論します。

リスクとは? 不確実性とは?

そもそもリスクとは何でしょうか? この質問に対しては、シンプルに回答が可能です。なぜならば、それは国際標準化機構(ISO)が発行する国際規格や日本産業規格(JIS)で規定されているからです。ISO/JISで規定されているということは、多くのステークホルダーが携わって国際的な合意形成の元に決められた、現時点で多くの人に受け入れられている世界共通の概念であることを意味します。

日本産業規格JIS Q 31000『リスクマネジメント – 指針』(オリジナルはISO 31000:2019)では、「リスク」という用語を定義以下のように短く定義しています(3.1節)。(下線部は筆者。以下同様)

・リスク (risk)
 目的に対する不確かさの影響
  注記1 影響とは、期待されていることからかい(乖)離することをいう。影響には、好ましいもの、好ましくないもの、又はその両方の場合があり得る。(後略)

一般に「リスク」の辞書的な意味は「恐れ」「危険」などが挙げられますが、ISO/JISの定義では「好ましいもの」「好ましくないもの」の両方の場合があるというところが興味深い点です。

ここで不確かさ(不確実性、uncertainty)とは、JISの同じシリーズであるJIS Q0073:2010『リスクマネジメント – 用語』によると、

・不確かさとは、事象、その結果又はその起こりやすさに関する、情報、理解若しくは知識が、たとえ部分的にでも欠落している状態をいう。

と説明されます(1.1節 注記5)。

なお、経済学の分野では、確率分布に従うような予測可能なものを「リスク」、確率分布に従わないような予測できない場合を「不確実性(不確かさ)」と呼んで区別していますが(フランク・ナイトによる)、ISO/JISの定義ではリスクは「目的に対する不確かさの影響」であり、不確かさを内包しています。実際に多くの科学・工学モデルは、確率分布のようなモデル式が立てられたとしてもそのモデル生成や測定自体に誤差があるため、ナイトの定義のような完璧に「予測可能」な事象は(惑星の運行やサイコロの目など十分実証された限定された稀有な例外を除いて)極めて少ないと見た方がよいでしょう。

また、不確かさと似たような言葉として、JIS Q 31000では「起こりやすさ」も以下のようにシンプルに定義されています(3.7節)。

・起こりやすさ (likelihood)
 何かが起こる可能性。
  注記1 リスクマネジメントでは、“起こりやすさ” という用語は、何かが起こるという可能性を表すために使われる。“起こりやすさ”の定義、測定又は判断は、主観的かもしくは客観的か、又は定性的かもしくは定量的かを問わない。
 また、“起こりやすさ”は、一般的な用語を用いて表現するか、又は数学的(例えば、発生確率、所定期間内の頻度など)に表現するかは問わない。

理想的には発生確率が数式で表すことができて定量的・客観的に起こりやすさを計量できればよいですが、現実にはそうでない場合の方が多く、定性的・主観的な判断も許容されています。

図1に「不確かさの影響」としてのリスクの概念図を示します(なおこの図は、読者の理解のために筆者が作成したもので、ISO/JISに記載されたものではありません)。一般にリスクは発生確率とその影響の掛け算と考えてよく、実際に古いバージョンのISO/JISでは、リスクは「事象の発生確率と事象の結果の組合わせ」と定義されていたこともありました。
現在では、必ずしも定量的に計量できない事象も含めより広い意味に拡張されているため、上記の定義文のようなやや抽象的な表現になっています。


図1 リスクの概念図(筆者作成)

ここで「不確かさ」や「起こりやすさ」という曖昧な表現が「産業規格」として取り扱われていることはとても重要です。一般にはJIS(日本産業規格、2018年5月以前は「日本工業規格」と呼ばれていました)は、ネジや鉛筆のようなきっちりとした工業製品(つまり「もの」)のルールや標準を定めるものとイメージされるかもしれません。

しかし、近年ではマネジメントやシステムといった抽象的な「しくみ」に対する知の共有化や合意形成も進んでいます。国際規格であるISO 9001『品質マネジメントシステム』やISO 14001『環境マネジメントシステム』、ISO 45001『労働安全衛生マネジメントシステム』などを取得し、それらを掲げている企業も多いと思います。
本稿で取り上げるJIS Q 31000も国際規格ISO 31000 “Risk Management – Guidelines” の翻訳版であり、元の国際規格を「技術的内容及び構成を変更することなく作成した」(JIS Q 31000序文)ものです。

この「不確かさ(不確実性)」という、一見およそ科学技術に似つかわしくないように思える用語はとても重要です。現代の科学技術の恩恵に浴してその恩恵にあまりにも無自覚になりすぎている我々現代人は、もしかしたら「科学は完璧なもの」という幻想を抱いているのかもしれません

しかし、科学はそれ自体に「神」のような完全性を求める思想体系ではありません。どんな精密な工業製品でも一定確率で故障や不具合は発生しますし、ましてや自然現象(ウィルスの蔓延も含む)は未解明なものも山積しています。科学は「我々にはまだわからないことがある」ということを正直に認める思想体系なのです。

どんなに科学が進歩したとして、入手可能な情報が不完全で誤差や欠損することもあり、過去や現在のことでも「完全に把握」することが困難な場合がほとんどです。ましてや将来予測はどのようなモデルを選択しどのような条件を重視(無視)するかによって推測によって得られうる結果も異なり、そこに不確かさ(不確実性)が発生します。

図2に不確実性と科学についての概念図とその解説を示します。このスライドは、筆者がSNS(インスタグラム(@yoh.yasuda)、ツイッター(@YohYasuda)、フェイスブック(@YasudaYoh))で細々と(?)展開している「#インスタ萌えするロジカルシンキング」の一連の投稿のひとつで、その画像のほとんどがCC-BY 4.0(引用元を明記する限り利用・改変自由)としています(本稿の以降に登場する図も同じ)。

図2 不確実性と科学(筆者作成。初出:筆者インスタグラム

図の横軸のパラメーターは時間や放射線量や感染数などさまざまなものが想定されますが、多くの場合、過去の観測データや将来予想のモデル式にしても、不確実性が存在します。あるモデルによると高位の予測がなされ、ある研究者グループの解析では低位の予測が出たとします。ここでどちらが真実を述べておりどちらがウソをついている…という白黒二元論で価値判断することは、もはや科学的な姿勢とは言えません。

科学には不確実性が内在し、現在我々が持つ最新の理論や最善の観測網を用いたとしても、誤差をゼロにすることはほぼ不可能です。イノベーションを進め不確実性を如何に減らしていくかが科学であり、不確実性を抜きに科学は語れないのです。

古今東西、危機的状況になるほど断定調の勇ましい言説が好まれる傾向にあるかもしれません。残念ながら現在のコロナウィルス禍では医療の専門家と思しき人々の中でも十分なエビデンスなく断定調で語ったり、専門家と称する人同士がお互いをデマ認定しあったりするケースもメディアやSNSでしばしば見られます。

しかし、科学を語る際には(特に学術論文では)、よほど堅牢なエビデンスと十分な論理的検証や追実験がない限り断定調は安易に使われない(そして多くの研究者はそのように訓練を受けている)、ということは一般の方に知ってもらいたいことです。

しばしば科学者・研究者の話が「〜の範囲では」「〜と仮定すると」という前置きや「〜の可能性もある」「〜とは判断する状況にない」という語尾を多用するのは、自信がないからとか責任を取りたいからではなく、常にこの不確実性を念頭に置いているためなのです。

そのようなモゴモゴとした長ったらしい説明は、せっかちな意思決定者を苛立たせ、テレビ映りも悪くカットされ、SNSでも字数制限にひっかかりがちですが、これらの条件設定や可能性を全てすっとばして勇ましく断定調で語れば語るほど、不確実性が軽視されその影響であるリスクが増大します。コロナウィルスや気候変動など迫り来るリスクを前にして、我々はさらに無用な人為的リスクを増大させている余裕はないはずです。

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