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志村けんさんが本誌記者に明かした本音「文化人にならない!」


収録後の飲み会で、スタッフと議論していた志村さん

 3月29日に亡くなった志村けんさん(享年70)。その稀代のコメディアンを取材したのは、28年前。当時23歳だった本誌記者が、“付き人修業” という形で密着取材を許されたのである。

 志村さんは、当時42歳。『だいじょうぶだぁ』『バカ殿様』の冠番組を持ち、脂の乗り切った時期だった。スタジオ、ロケ、打ち合わせ、打ち上げ現場など、1週間お供した。

 印象深いのは、『バカ殿様』の横浜ロケ。現場に用意されていた小道具が、どうも志村さんのイメージと違う……。結局、ロケは中止に。妥協を許さない “職人” の姿を目のあたりにした。

 深夜にまで及んだ収録後は、居酒屋に移動。スタッフをまじえた反省会は朝7時半まで続いた。かなりピリついたムードだったことを記憶している。ちなみに、コントにたびたび登場した「ひとみばあさん」は、その店の女将さんがモデルだった。

 また当時のインタビューでは、「結婚観」を語っていた。

「自分の中に入ってこられるとダメなんですよね。話すのも気分がいいときはいいけれど、仕事のこと考えているときもあるし……だから、すごくかわいそうなんですよね、相手の女性がね」

 理想は東八郎・由利徹ら、先輩コメディアンの生き方。

「けっして文化人にならず、最後まで “変なおじさん” のままでいたい。自分を常識派だと見せようとした段階で、コメディアンとしての人生は終わりなんだよ」

 あのとき語ったとおり、志村けんさんは、生涯コメディアンでありつづけた。本誌記者も、テレビに向かって「志村! 後ろ、うしろ~!」と叫んでいたあのころから、今もこの先も、ずっと志村ファンでありつづけるだろう。合掌ーー。

(週刊FLASH 2020年4月21日号)

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