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自治創造学会シンポジウム(2012年5月11日)での宮台発言です。

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宮台 日本には国際標準的な意味での自治がありません。自治は自治体の営みではないんですね。僕は今、世田谷区基本構想審議会座長代理と、厚生労働省の社会保障教育に関する検討会の委員をやっております。それとは別にグリーンアクティブというワークショップを中心とした自治のプラットホームの発起人をやっています。また昨日マスコミが話題にしていたように、「原発都民投票条例の制定を求める住民直接請求」の請求代表人として署名活動をしてきました。これらの活動はすべて同一の目的を目指したものです。つまり日本に、従来存在しなかった自治を、歴史上はじめて存在させるという目的です。

 なぜ自治を考えるのか。3.11の福島第1原発事故がヒントです。この人災事故でわれわれは自分たちが〈原発を止められない社会〉にいることが分かりました。〈原発を止められない社会〉である本質的な理由は何か。〈巨大なフィクションの繭〉のせいです。例えば日本にしかない「100%原発安全神話」。そのせいで津波対策やフィルタードベントなどの追加的安全対策が、技術はあるのに採用されなかった。また例えば日本にしかない「いつかは回る核燃サイクル神話」。そのせいで中間貯蔵施設の使用済核燃料が日本でだけ資産計上されている始末。真実を認めた瞬間に最終処分コストを負債計上せざるを得ないので地域独占電力会社のバランスシートが暗転して幾つかは確実につぶれるのですが、それに目をつぶって「原発は安い神話」を鼓舞してきました。

 3.11後は東京近辺で計画停電がなされましたが、計画停電には意味が無いと世界中から嘲笑されています。供給余力がある午前中や夜間に節電しても意味がない。ピークシフトのためのピークマネジメントにだけ意味がある。具体的には、第一に、市場を通じた需給調整システム、すなわち緊急時調整特約を含めた受給調整特約を、構築すれば良いだけです。第二に、欧州ならばどこの国でもやっている系統融通システムを、九つの地域独占電力会社の間に構築すればよいだけです。夜中に街路灯を消して交通事故が誘発されていましたが、全くの思考停止で、ナンセンスそのものです。こうした出鱈目が、マスコミや政府や自治体によって奨励されていました。

 これらが〈巨大なフィクションの繭〉の中で、何もものを見ないで出鱈目な決定を連発してきているのが、日本の政治です。これは戦前から変わっていません。日本には、零式艦上戦闘機を作る技術的能力はあっても、戦争を合理的にマネージする社会的能力がありませんでした。同じで、日本には原子力発電所を作る技術的能力はあっても、原発政策を合理的にマネージする社会的能力がありません。この社会的無能力が、地方自治の体質に由来するのだというのが、僕の考えです。地方自治の民度があきれるほど低い。その例を住民投票問題に見ることができます。そのことを原発住民投票条例に関わる二つの日本的誤解を解きながら説明します。

 原発住民投票条例の制定を求める動きは、原発都民投票条例を皮切りに、新潟原発県民投票条例、静岡原発県民投票条例へと拡がっています。第一の誤解を解きます。原発住民投票条例は脱原発条例ではありません。原発反対であれ原発推進であれ自らの意志を住民投票を通じて表明することを可能とする条例です。国際標準では自治体条例は(1)市長提案(2)議員提案(3)市民提案の3つのルートで制定できます。(3)が直接請求で、そのために法定署名数を集めねばなりません。ところが日本ほど直接請求のハードルが高い国はない。子細は省きますが、署名が有効であるために数限りない法的制約を突破せねばならない。

 幸い東京都については法定署名数21万筆を10万以上超えた32万筆が集まりました。署名いただいた方がここにもいらっしゃるかも知れませんが感謝いたしております。さて第一の誤解について繰り返すと、「脱原発であれ原発推進であれ住民が決めることが重要」ということです。なぜ住民が決めることが重要か。政治哲学的に謂えば、民主主義の基本は、妥当な決定が生まれるか否かにかかわらず、民主主義的に決めること自体に価値があるという価値観です。この価値観を改めて繰り返すのはやめ、ここでは、妥当な決定が生まれるか否かを、民主主義的な〈参加と包摂〉が極めて大きく作用することを述べます。そのことが、原発住民投票条例に関わる第二の誤解に直接関わります。

   住民投票と言うと、いまだに「ポピュリズムだ」「衆愚政治だ」というふうに批判する向きがありますが、先進各国では三十年以上前に問題外になった愚論です。住民投票は「世論調査に基づく政治的決定」ではありません。数ヶ月後の住民投票に向けて、公開討論会やワークショップ等を繰り返し、一部は法令を通じて行政や企業や学者などに情報を出させます。加えて、主要な論点ごとに対立的な立場の専門家を呼んで、市民が意見を聴取し、市民が質疑応答します。そして最後に専門家を排除して当事者である住民たちが決めます。つまり住民投票はワークショップや公開討論会の組み合わせで考えられるべきものです。これが国際常識です。

 日本では馴染みがない考え方に見えますが、医療におけるインフォームドコンセントとセカンドオピニオンの制度を考えれば意味が分かるでしょう。昔だったら担当医が手術すると言えば手術を受ける他なかったですが、今では担当医がセカンドオピニオンをとってくるように患者に要請します。患者は幾人かの医者を回ってオピニオンを聞きます。ある医者は手術は要らないといい、別の医者は手術は必要だが今すぐにではないといいます。これらを踏まえて、非専門家である患者当事者が手術の如何を決めます。こうしたやり方が〈巨大なフィクションの繭〉を破るのに役立つ理由はもうお分かりでしょう。専門家に任せきりにするのとは違い、どんな問題があるのかを非専門家である当事者自身が観察し、評価し、判断するからです。

 日本に住民投票制度が根付いていれば「目から鱗」的なことだらけでしょう。「絶対安全神話」も「いつかは回る核燃サイクル神話」も「電力が足りないから計画停電」もあり得ないことが一瞬で判ります。〈事実〉だけでなく〈価値〉についても「目から鱗」だらけでしょう。昨今話題の大飯原発再稼働を巡る「大規模停電か原発再稼働かの二者択一」もあり得ないことが一瞬で判ります。国際標準の議論はこうです。大規模停電は「規定可能なリスク」つまり対処が可能であり、原発事故は「規定不能なリスク」つまり予測不能・計測不能・収拾不能です。たとえ民主的手続きを経た決定であれ、停電と再稼働を二者択一にして再稼働を選ぶことは、非倫理的で許されない。ドイツのメルケル首相が招集した原子力倫理委員会は現にこうした結論を出し、原発にブレーキをかけたのでした。

 原発住民投票に先立つ公開討論会やワークショップでは以下の3点が焦点になるでしょう。第一点は短期的問題で「原発を止めたらこの夏は乗り切れない」は本当か。第二点は中期的問題で「原発停止の穴を再生可能エネルギー等では補えない」は本当か。第三点は長期的問題で「原発停止で日本経済はダメになる」は本当か。第一点については、市場調整や系統融通の可能性が隠蔽されてきた事実を既に述べました。第二点については、再生可能エネルギーの不安定さを吸収するベース電源として地熱の可能性が隠蔽されてきた事実や、ドイツや北欧で普及しているコジェネ(熱を電気に変換せずに熱のまま利用する地域循環システム)の可能性が隠蔽されてきた事実が問題になるでしょう。

 第三点については、ドイツが過去十年間CO2排出量もエネルギー使用量も減らしつつ日本を遙かに凌ぐ経済成長を遂げた事実や、北欧諸国における「我慢の節電」ならざる「喜びの節電」という共同体自治の事実や、「電力使用の抑制(発電所停止)」ならざる「ネガワットの発電(節電所建設)」という節電イノベーションの発想が各国に行き渡っている事実が問題になります。特に問題なのは経済成長の思考です。グローバル化の下では、どのみち新興国に追い付かれる既存産業領域で労働分配率低下競争を勝ち抜いて生き残る成長戦略---格差拡大的成長戦略---と、新興国が簡単には発信できない価値に基づいて新たな市場を切り開く成長戦略---格差縮小的成長戦略---とが区別されるべきです。前者から後者へのシフトが産業構造改革に当たる。産業構造改革を起爆する再生可能エネルギーは「日本経済に悪い」のでなく「既得権益産業に悪い」だけという事実が問題になります。

 住民投票に伴うワークショップや公開討論会で破れる〈巨大なフィクションの繭〉は他にも細かいものが多数あります。日本以外の先進国は、市民や事業者や自治体が、どんな電力会社からどんな電源をどう組み合わせて購入するのか、自由に選べます。そのために、電力網と情報網を結合したスマートメーターを使って、リアルタイムでのデマンドレスポンス型の需給調整をします。こうした事実が知られずに、いまだに電力会社一社からしか電気が買えなくて当たり前だと思われてきました。僕が行政に関わっている世田谷区では逸早く特定規模電力事業者(PPS)が参加する競争入札制度を導入しました。これによって年間4000万円以上の予算を浮かせられます。ところがここにも巨大な妨害がある。

 地域独占電力会社と中央行政の結託による妨害です。第一は「託送料金による妨害」。送電線網を利用する際に地域独占電力会社に払う「託送料金」が欧米に比べて三倍以上高く、算定根拠が情報公開されていません。第二は「送電線網の恣意的独占による妨害」。震災直後の計画停電時、PPSと大手企業の自家発電の発電能力は6000万kWを超えていましたが、東電が送電網を使わずに「計画停電」を実行しました。第三は「30 分同時同量規制による妨害」。送電網利用に際しPPSは需要と供給を30分毎に誤差3%以内に合わせないと高額のペナルティ料を科します。足りない場合は地域独占電力会社から通常の三倍以上の価格で買わねばならず、余った場合は地域独占電力会社にタダで召し上げられます。

 こうした市場妨害に加えて内部移転があります。地域独占電力会社は収益の9割を独占市場の家庭用電力からあげ、事業者用電力からは1割だけ。なぜなら今紹介したような市場妨害をした上で、なおかつPPSが参入できる事業者用電力について不当な安値で電力を供給するからです。これが不当なのは、事業者向けの安値での供給を、家庭用向けの独占高額供給による膨大な収益で支える、内部移転を行うからです。内部移転とは、政府が保護する非競争部門であげた巨大収益を、競争部門に移転することで価格競争を勝ち抜くこと。こうした内部移転は、電力部門以外にも、放送部門(放送網独占者が番組供給)や、通信部門(通信網独占者が携帯電話供給)でも行われ、「垂直統合」と呼ばれます。

 日本以外の先進国では内部移転は違法ですが、日本の公正取引委員会はほぼ完全にスルー。理由は、内部移転を可能にする垂直統合によって巨大収益を上げる企業群こそが、霞が関の最も重要な天下り先になっているからです。そして、クロスオーナーシップが許容されて新聞社が放送局を持ったり放送局が新聞社を持ったりできる日本では、放送部門の垂直統合による内部移転を、マスコミが問題にすることが永久にあり得ません。つまり、こうした「権益もたれあい」による〈巨大なフィクションの繭〉の維持が行われているのです。権益だけを参照して、現実を参照しない、という〈心の習慣〉は、実は丸山眞男によって徹底的に分析されています。

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