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「ノマド」ってバブル期の「脱サラ・フリーター」と何が違うの?~オバタカズユキ×常見陽平×古市憲寿・三世代鼎談前編~

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バブル期の「ギョーカイ」人はレミーマルタンVSOPを「ミルク割」で飲む


―振り返ってみると、以前から「脱・会社」的な概念はあったわけですね。一方、ネット上でサラリーマンを揶揄する形で使われている「社畜」という言葉も、割りと古くからあったようですね。

オバタ:1980年代の後半に評論家の佐高信さんが広めた言葉だと思います。割りと知られるようになったのは、いわゆる「みそぎ研修」がたたかれていたころなんです。新入社員が富士山に登らされたり、ふんどし一丁で冷たい川・海に飛び込まされたりといった研修が、一つの会社批判のネタにされ始めてきたんですよ。それがバブル期なんです。

当時例えば、「サラリーマンの不満」という特集を『ダ・カーポ』という雑誌が組んでいる。文字通り、サラリーマンが抱えている不満を色々な人に聞いてるんですけど、「給料への不満」「出世ができなくなってくる」「人間関係の辛さ」「過労死」「単身赴任」といったテーマがぞろぞろ並んでいます。メンタルヘルスとはいってないけど精神的な問題も扱っている。古さを感じるのは単身赴任ぐらいで、今日的な問題がだいたい顔をそろえている。この雑誌は1988年に出ていますから、バブルの頃も会社批判が盛んだったんですよね。

常見:当時、僕はまだ中学校だったんだけども、デフォルメ化された「サラリーマンたたき」を見聞きしたような気がします。過労死も80年代半ばにNHKスペシャルで取り上げられているのを見て、サラリーマンの家庭じゃなかったけれども「会社の歯車になったらやだなあ」と漠然と思っていた。

オバタ:俺は84年に大学入学して、キャンパスが都心でした。立地的に社会人との接点も多かったんですけど、当時のサラリーマンたちはよく働いていましたね。

常見:あの頃の人たちの話を聞くと、よく働いて、よく遊ぶんですよ。

オバタ:当時の一流といわれる企業に勤める人たちはよく働き、よく遊んでいた。不夜城的なビルが東京のあちこちにあった。本当にタクシーが捕まらない時期が続いていたし、社用族がいっぱいいて、タクシー券使い放題の会社が普通にある時代だったんですよ。

だから、ドリンク剤をガバガバ飲みながら、「24時間戦えますか」的な興奮状態にあったという記憶は俺の中にもあります。でも一方で、「それはごく一部のエリートたちの話であって、景気いいってマスコミが言うけど、私たちにはあまり実感ないですよね」というサラリーマンも膨大にいて、それが『ダ・カーポ』の特集のような形になっている。

常見:そこで語られる「エリート」って結局、有名大学を出て大手企業に勤めている層ですよね。

オバタ:もちろん大手だし、その中でも派手で強い企業です。広告代理店とか、いわゆるカタカナで語られる「ギョーカイ」を筆頭とした業界や企業。「ギョーカイ」の中にソニーも入っている。あと、総合商社。金融や不動産はお疲れさんの社畜系で、メーカーは頑張りたくない人が行くところ。とにかく「ギョーカイ」と商社が遊びまくっていましたね。

古市:どんな風に遊んでたんですか?

オバタ:六本木、赤坂周辺を中心に、お姉ちゃんと馬鹿騒ぎですよ。まだ酒税法が改正される前だから、今では3千円台で買えちゃうブランデーのレミーマルタンVSOPが店頭価格で1万2千円。クラブのボトルキープ代が3万、4万した。それを意味なく入れて、アルコール度数が高くてがぶ飲みできないから、ミルク割りとかするんですよ。「だったら違う酒を飲め」と思うけど、”バブっていた層”は、そういう無駄遣いをやってた。夜の文化もヘチマもない(笑)。

常見:当時、女子大生だった人に聞いたら、帰りのタクシー代は必ず出たとか、飲みにいくだけでお小遣いが出たとか言うんですけど、「本当かよ」と思う。

オバタ:その程度なら本当だと思いますよ。同級生には、贅沢したくて社会人と付き合っている女の子が少なからずいました。

古市:今でもファッション業界とかテレビ業界の社会人と付き合ってる女子大生って結構いませんか?バブル期ほどの派手さはないのかも知れないですけど。

常見:総合商社とか広告代理店って派手ですよね。

―バブル時代を振り返るという話が出てきたときに、当時中小企業に勤めていた方のお話は、あまり出てこないですよね。

オバタ:中小は中小で儲かっていた時期も会社もある。その頃に、ドカンと大きな案件が決まって、人がいないからバイトを集めて、という話は方々でありましたね。売春ツアーとかやってたし。

常見:当時、問題になりましたよね。

オバタ:中小企業の商工会や業界団体が主催して、オヤジツアーをやるんですよ。台湾、バンコク、フィリピン辺りに。そういう実態も普通にあったので、儲かるときは儲かる場所で集中的にウハウハだった。個人へのお金の入り方も、大企業のサラリーマンの比じゃなかった。

一方で、高卒伝説的な話もありましたね。「地頭」という言葉は当時なかったですけど、とんねるずに象徴されるような「大卒より能力のある高卒もいるぞ」というような。

常見:とんねるずは、それこそ高卒伝説の象徴でしたよね。

古市:受験競争に過度に煽られていたからこそ、その裏返しとして「高卒でも夢がかなえられる」という言説が受けたということなんですかね。

オバタ:そうそう。その頃、不動産バブルで土建関係の日当がめちゃくちゃ良かった。経験者なら2万~で、鳶職だと3万5千円もありえます、みたいな。そういう仕事がかなりあったから、金を貯めていずれは独立開業という夢を見ることができた。

常見:今考えても謎なんですけど、当時は何故かどこの企業も求人を出してたんですよ。リクルートの先輩に聞いた話ですけど、当時同社でバイトをしていた大学生の月収っていくらだと思います? 100万円だって言うんですよ。人事にいた先輩の話ですから、それなりに確度の高い話だと思います。

バイトの大学生に営業させていて。歩合制だから営業目標5日ぐらいで達成してその後はずっと遊ぶらしいと。飲食店なんかに飛び込みで営業して、どこにも求人があった。これは外資系に勤める今50歳ぐらいの女性の話ですけど、慶応の学生だったその方は、仲間とは三田のキャンパスよりもハワイで会うことのほうが多かったと。

オバタ:ハワイの話は、ちょっと割り引いて聞いた方がいいね。マガジンハウスが「写真が物足りないね」といって、象をアフリカから買い付けたという話があったり、それに近いエピソードがいろいろと伝説化している。だから、真に受けないで何割引かした方がいいんだけど、火がないところに煙は立たない、という側面もありますよね。

古市:今から振り返れば経済的なバブルの終わりは1991年だとわかるのですが、同時代を生きていた人にとって「バブルが終わった」ということは、わかったものなんですか?

オバタ:わからなかったね。

常見:僕の世代も、バブルがわからない時代に高校時代を送っていたにも関わらず、東京の大学に入ったらなんだかんだでバブルっぽいことが残ってたんです。今振り返って、当時の雑誌とかを見ると、意外に消費させられていたなぁと。

特に自宅から通っている学生はバイトで稼いだお金を使い放題だし、当時大学生でも車持っている人が東京では結構いた。僕が社会人になったのは97年の就職氷河期で、「これから正社員は危ないぞ」といわれて、入社1年目で山一證券と北海道拓殖銀行が潰れた。

だけど、大学の同級生は独身寮に住んでる1年目に、手取り15万円なのにローンを組んで車を買ってたんですよ。しかも結構いい車。クリスマスに彼女いたらホテルのお泊りだとか、イタメシフルコースとか。

オバタ:バブルの残り香を知っている一番最後だよね。常見さんの世代が。

古市:ただ、文化的なバブルは90年代後半まで続いていたのではないでしょうか。小室哲哉の音楽が流行ったのは、94~96年。CDの売り上げ枚数のピークだった98年を含めて、文化的にバブルの象徴と語られるようなものは、少なくとも90年代半ばまで残っていたと思います。

常見:ジュリアナがつぶれたのは94年。

古市:ヴェルファーレは94年オープンですね。どこまでを「バブル」と呼ぶのかは難しいですけれど。

オバタ:それを言ったら2000年前後のITバブルまで連続しちゃうんじゃないですか?アメリカ由来の宇多田ヒカル大人気みたいなものまで。

常見:派手さはあったように思いますね。ちなみに面白いのは、ワンタイトルのCDを日本一売った男性ソロアーティストって誰だと思います?

オバタ:知らないけどB’zかな?あ、あれはソロじゃない。

古市:福山雅治?

常見:河村隆一なんですよ。音楽業界、CDのピークに、河村隆一がソロになったタイミングで『Love』という、ナルシストっぽい曲がいっぱい入った、今ではブックオフで100円ぐらいのアルバムが、公称320万枚で日本一売れたんです。福山雅治はCD売り上げ男性ソロ歴代1位であって、ワンタイトルだと河村隆一なんですね。勝ち逃げですね(笑)。

「会社に縛られない自由な生き方」としての「フリーター」


古市:そういう時代状況の中で「フリーター」という言葉が生まれたわけですよね?

オバタ:バブルの初期にね。1987年にリクルートが強引に作った。ただ、リクルートが全てやったのかっていうとそうでもない。インテリジェンスに吸収された学生援護会という会社があって、アルバイト求人情報を先に商業化したのはそっち。その学生援護会の幹部社員が84年に、『アルバイトサクセス講座』という学生向けのバイト指南書を出したりしている。

古市:80年代には第二次ベンチャーブームも起きている。有名なところだと、1981年にはソフトバンク、1986年にはスクエアが創立されています。社会学者の高原基彰さんが、スモールビジネス論としてまとめていますけど、大企業が行き詰っているから、小さい会社がいいという言説が流行した。大企業による官僚制はもはや時代遅れで、これからは小回りのきく小企業の時代だ、と。

オバタ:ベンチャーキャピタルの設立が流行っていたらしいですね。だけど、個人的には、あんまりそういう風には感じなかったかなぁ。

『アルバイトサクセス講座』という本に、何が書かれているかと言うとね、「挨拶はこういう風にしましょう」「長髪やヒゲは嫌われる」「いいアルバイトやるためのノウハウ」とか、「与えられるだけでなくちょっと発想を転換してやってみると面白いよ」といった、今でも通じるような自己啓発っぽい内容。

ただ、さすが学生援護会としての禁欲性はあるなあって思ったのは、「アルバイトを本職にしようと思ったら」という章を1つ立てて、基本的には勧めていないんですよ。アルバイトの延長線上で本職としてやれる感触があるならば考えてもいいけれど、「基本は違うよね」と言っている。実社会の先輩として誠実です。

そんなことも含めて、こういう本が出ているということは、アルバイトがものすごく増えていたということが背景にあると言えるわけでしょ。それはなんかの統計もってくれば、わかるはず。おそらくサービス産業が増えてきて、そのバイトの口が増加した結果、一番暇な大学生とか専門学校生がターゲットになったと考えられる。それが80年代の前半ぐらい。

古市:その頃は、東京への一極集中が進んでいた時期なんです。大企業が東京に集まって、都市化が進んでいった。都市化に伴って必要なビルの清掃や接客業といったサービス産業が増えていったんです。ブルーカラーではなくて、サービス産業としてのアルバイトがちょうどそのころに、東京とか大都市で増えていった。コンビニバイトとかですね。

オバタ:なるほど。80~83年、俺は千葉の高校生だったけどバイトしている奴は多かった。内容は、飲食や軽作業、倉庫整理みたいな。

古市:常見さんが高校生だったのは、何年ぐらいですか?

常見:僕の高校時代は90~93年。

オバタ:ちょうど3人で10年ずつ年が違う。

常見:僕は札幌にいて、親がサラリーマンじゃなかったのでバブルのニオイを感じていなかったけどテレビ番組で、その空気を感じていた。夜中に『トゥナイト』とか見ていると、東京の大人たちで、エロかっこいい人たちが語るわけじゃないですか。確かに高校1年生のときって「バブルだなあ」という感じだった。高校時代ちょっとだけアルバイトした時に、「フリーター」と言われる人たちがいるんだと初めて認識しましたね。

オバタ:「フリーター」という言葉は、87年にリクルートが作ったときに宣伝費を掛けたから知られはしたけど、自ら「フリーターだ」と名乗る奴がすぐに出てきたとは思えない。たいてい「アルバイトやってます」とか、「プーやってます」とか。やっぱり自嘲的に言うスタンスが基本だと思う。

忘れられないシーンがあるんだけど、『笑っていいとも』の素人参加企画で、タモリが出演者に「なにやってるの?」と聞いたら、そこに出ていた若い男が「フリーターです」と応えたんです。そのときにタモリが「それ言うわけ」と、すごい引いてたんだよね。

古市:ネガティブな印象の言葉だったわけですね。

オバタ:うん。記憶が曖昧だけど、おそらく91~92年。客席も引いていた。若い男がサラッと言ってのけたことに、衝撃を受けたんだよね。まだ「胸をはって」は言えない言葉だったんだ。

古市:当時『フリーター』という映画もあって、その中では結構皆胸張ってフリーターとかいってましたけど。「フリーターはかっこいい」みたいな。

オバタ:ないない。その映画はヒットにかすりもしなかった。笑いの対象にすらなっていませんでした。

常見:「フリーター」という言葉が、1人歩きしていたと思う。僕が札幌から東京にでてきてびっくりしたのは、「アルバイトってこんなにあるんだ」ってことです。景気が悪いといいつつ『FromA』が週2回出ていた。無料じゃなくて有料で。しかも、結構な分厚さで。

さらに大学に行くと内外学生センター(※編集部注:学生寮の運営、アルバイトの斡旋などを行っていた財団法人)というところから、昼の1時ぐらいになるとアルバイト情報のFAXが来て張り出される。その瞬間、電話番号メモって、電話ボックスから「まだ入れますか?」ってやっていました。バイト先に来ていた人の中には、確かに夢を追いかけてフリーターっていう人がいましたね。

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