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志村けんさん、後悔のない生き方 病気になるたび意欲的に

人望の厚い人だった

2018年、麻布十番を女性と歩く志村さん

ハチャメチャだけど愛すべきばあさんキャラ

 3月29日午後11時10分、タレントの志村けんさんが、新型コロナウイルス感染による肺炎のため亡くなった。70才だった。志村さんは19日に発熱と呼吸困難の症状が出て、そこからわずか3日で意識を失った。自分が新型コロナウイルスに感染したことを知らないまま、帰らぬ人となった。

【別写真】麻布十番をミニスカの美女と歩く志村けんさん

 志村さんは1950年、東京都東村山市に生まれた。父親は小学校の教師で、2人の兄は大学に進学している。お堅い家庭にあって、志村さんだけが高卒で芸能界に飛び込んだ。背中を押したのは、末っ子の志村さんを誰よりもかわいがっていた母親の和子さんだったという。

「志村さんのお父さんは若くして亡くなりましたが、その分和子さんは自分こそが“志村けんのいちばんのファン”とよく口にしていました。ただ、下積み時代の苦労を知ったのは後になってからだったようで、その頃のつらさに気づかなかったことを悔やんでいました」(志村家の知人)

 高校を卒業した志村さんは、いかりや長介さんに弟子入りを志願。それがきっかけとなり、ザ・ドリフターズの付き人をしながら、知人とコンビを組んでいたが、1974年に転機が訪れる。脱退する荒井注さん(享年71)と入れ替わりでザ・ドリフターズに加入することになったのだ。このとき、志村さんは24才。ドリフの最年少メンバーとしてテレビや舞台で活躍するようになり、瞬く間にお茶の間の人気者になった。

「最初はとにかく苦労していた。笑わせようとすると、空回り。楽屋で落ち込む毎日が続いた。でもあるときから、自分が楽しまないと見ている人は面白くないと気がついて、まずは楽しむことにした。すると、子供からお年寄りまで、幅広い層から支持されるようになりました」(芸能関係者)

「バカ殿」や「変なおじさん」といったキャラクターを生み出し、誰もが一度は真似をした「ヒゲダンス」や「カラスの勝手でしょ」「アイーン」などのギャグを大流行させ、『8時だョ!全員集合』『ドリフ大爆笑』『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』などを、時代を代表する高視聴率番組にした。コメディアン・志村けんの名前は、日本の外にも知られるようになった。

「息子の活躍を誰よりも喜んだのはお母さん。そんな母の次なる願いは志村さんの結婚と孫の顔を見ることだった。顔を合わせるたびにその話をしていたようです。志村さんも、恋人を何人かお母さんに紹介したことがあるそうなのですが、結局、結婚することはありませんでしたね」(前出・志村家の知人)

◆豪快な人生と人望

 一方で、何十年も続く多忙な日々と豪快な夜遊びは志村さんの体を蝕んでいった。25年ほど前には「志村けん死亡説」が流れたほどだ。そして2015年に最愛の母・和子さんを96才で失ってから、志村さんも体調を崩すことが増えた。

 2016年には肺炎を患い、それまで1日40本以上も吸っていたたばこをやめた。2年前からは肝臓の数値がよくないので酒量を減らした。今年に入ってからは、胃のポリープの切除手術を受けた。

「志村さんは、病気と向き合うたび、どう生きるかを考えていったように思います。だから、いまやれることをなんでもやろうと意欲的になっていた。親しい友人たちだけでなく行きつけの飲み屋のスタッフにも感謝を口にしていた。財産に固執する人でも、野心家のように人を押しのけ仕事をとるタイプでもない。志村さんほど後悔のない歩き方をしてきた人は少ないのではないかと思えてきますね」(前出・志村さんの知人)

 後輩からの人望も厚い。“園長”としてメインMCを務めてきた『天才!志村どうぶつ園』(日本テレビ系)では、収録後に毎回、出演者やスタッフを誘って打ち上げを行っていた。

「行ける人だけ行くという強制感のない集まりなのですが、毎回、大勢が集まりました。特に、相葉雅紀さん(37才)の参加率は高かった。それからDAIGOさん(41才)も、その場で志村さんから、コントや舞台について話を聞き、“タレントの王道学”を学んでいたんです。

 2人は、志村さんが幼い子供から高齢者まで幅広い世代から支持される理由を聞いていました。志村さんは、うれしそうにお酒を飲みながら語っていましたね」(番組関係者)

 亡くなる1か月ほど前の志村さんの70才の誕生日会も錚々たる面々が集まった。

「中山秀征さん、マツコ・デラックスさん、DAIGOさん、モト冬樹さん、はるな愛さん…錚々たる若い世代から上の世代までさすが志村さんだなと思ったものです」(前出・志村さんの知人)

 大勢で飲みに行き、賑やかに過ごすのが好きだった志村さんの最期は、静かだったという。

 志村さんの入院がわかってから、多くの関係者が見舞いをしようとしたが、それは叶わなかったからだ。二次感染の恐れがあるため、関係者はもちろん、志村さんの身内さえ、そばにいることができなかった。

 志村さん自身も、入院以降言葉を発することができなかったという。

「入院翌日には意識がなくなり、会話ができない状態になっていたそうです。そうなる前に、志村さんのお兄さんは、病院の関係者から『志村さんと直接会いますか? テレビ電話で話しますか?』と提案されていたそうです。でもお兄さんはまだ大丈夫だろうと、会わずにテレビ電話で様子を確認したそうなんです。もしも話ができていたら…後悔してもしきれないでしょうね」(テレビ局関係者)

 志村さんが亡くなった3月29日深夜、その場にいたのは所属事務所のマネジャーだけだったという。

「だいじょうぶだぁ」という声に励まされ、笑顔をもらった日本人は数知れない。悲しみが日本全国を覆っている。

※女性セブン2020年4月16日号

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