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なぜ「高輪ゲートウェイ」という駅名が誕生してしまったのか

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「国鉄の駅名はこうあるべし」という強い思想

戦時中には軍需輸送にとって重要な私鉄路線が選ばれ、ほぼ強制的に買収されて国鉄の路線となった。

その際に駅名をいくつも改めているが、たとえば昭和18年(1943)に買収されて富山港線となった富山地方鉄道富岩(ふがん)線(現富山地方鉄道富山ライトレール線)は高等学校前を蓮町(はすまち)、日満工場前を大広田(おおひろた)、日曹(にっそう)工場前を奥田と改め、同19年に買収で南武線となった南武鉄道では日本電気前を向河原(むかいがわら)、日本ヒューム管前を津田山、久地(くじ)梅林を久地に、同年に阪和線となった南海鉄道山手線(旧阪和電気鉄道)は臨南寺(りんなんじ)前を長居、我孫子観音前を我孫子町、百舌鳥(もず)御陵前を百舌鳥、葛葉(くずのは)稲荷を北信太(きたしのだ)、砂川園を和泉砂川にそれぞれ改称している。

概観すれば会社や工場の名称、神社仏閣名などから地元の地名(通称も含む)への変更であった。

強制的な買収が戦時公債で行われたために戦後はそれが紙切れ同然となり、被買収会社にとっては結果的に「召し上げられただけ」となったが、その評価は措くとしても、人手も足りない非常時にもかかわらず駅名をこのように改めた背景には、「国鉄の駅名はこうあるべし」という強い思想もしくは何らかの規定があったことは間違いないだろう。

すでに述べたように、少しでも乗客を確保するための駅名を求める私鉄の考え方とは根本的に違うのである。

「私鉄」になって激変した命名センス

その国鉄も戦後42年を過ぎ、分割民営化されて「私鉄」になった。

JRになって初の改称は民営化翌年の昭和63年(1988)3月13日のダイヤ改正時で、JR東日本管内では二枚橋が花巻空港(東北本線)、面白山(おもしろやま)が面白山高原(仙山線)、岩手松尾が松尾八幡平(はちまんたい)(花輪線)、龍ケ森が安比(あっぴ)高原(同)、JR九州では大坂間(おおさかま)が球泉洞(きゅうせんどう)、JR北海道では川湯が川湯温泉(釧網(せんもう)本線)にそれぞれ改称したのが最初である。

北海道では「旭川」関連駅の読みを「あさひがわ」から「あさひかわ」に市名に合わせて変更したのも同日であった。ついでながら同時期に第三セクター会社に移管された路線では、より盛んに改称が行われている。

今尾恵介『駅名学入門』(中公新書ラクレ)
今尾恵介『駅名学入門』(中公新書ラクレ)

この改称から読み取れる傾向は「観光推進色」を前面に出したことだ。もちろん地元の意向もあるだろうが、これまで守り続けてきた旧国鉄の「駅名観」はその後着実に変化している。特にJR西日本は平成6年(1994)9月4日に全国で初めて「JR」を冠した駅を誕生させて話題になった。

その嚆矢となったのは関西本線の終点・湊町(みなとまち)駅の改称で、新駅名は「JR難波」である。駅の所在地は今も大阪市浪速(なにわ)区湊町で、難波は隣の中央区だ。

地下鉄御堂筋線のなんば駅からは約450メートル、南海電鉄の難波駅からは650メートルほども離れているが、知名度が圧倒的に高い難波を名乗ることにより、この年に開通した関西空港線からのアクセス線としての優位性を南海電鉄(難波)と競う姿勢を鮮明にしたのである。かつての国鉄では考えられない発想だ。

「稼げる会社」に変貌を遂げたJRだが…

JR付きの駅は今のところJR西日本に限られているが、奈良線のJR藤森駅が京阪本線の藤森駅近くに平成9年(1997)に新設、片町線では上田辺(かみたなべ)駅を改称してJR三山木(みやまき)駅となった。

平成13年(2001)に近鉄京都線小倉駅に近い場所に奈良線のJR小倉駅が新設され、その後は同16年のJR五位堂(ごいどう)駅(近鉄大阪線五位堂駅近く)が続く。

同20年にはおおさか東線の部分開業でJR河内永和、JR俊徳道(しゅんとくみち)(それぞれ近鉄奈良線・大阪線と連絡)、JR長瀬(近鉄大阪線長瀬駅の近く)の3駅が連続して設けられて一気に増え、東海道本線にJR総持寺(そうじじ)駅が平成30年(2018)に新設、さらにおおさか東線が新大阪まで延伸された同31年3月にはJR淡路(あわじ)駅(阪急淡路駅近く)、JR野江(のえ)駅(京阪本線近く)が加わって全部で11駅である。

新駅を他の私鉄の既設駅近くに新設することで沿線の利便性の向上が図られたのも確かであるが、これまでその私鉄を利用していた乗客を横取りしようとする私企業らしい戦略も見える。

特に関西圏の旧国鉄ローカル線は、私鉄と並行しながら競争の気配も見えない「やる気のない」状態であったが、民営化後はそれらにも投資して複線化や駅の新設、利便性の高い運行系統の新設などで見違えるように変身させ、着実に既存私鉄の客を奪っているようだ。

「稼げる会社」への見事な変貌であるが、その積極的な経営姿勢が平成17年(2005)4月の悲惨な福知山線の脱線事故(死者107人、負傷562人)の遠因になったとも指摘されている。

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今尾 恵介(いまお・けいすけ)
地図研究家
1959年横浜市生まれ。明治大学文学部ドイツ文学専攻中退。(一財)日本地図センター客員研究員、日本地図学会「地図と地名」専門部会主査を務める。『地図マニア 空想の旅』(第2回斎藤茂太賞受賞)、『今尾恵介責任編集 地図と鉄道』(第43回交通図書賞受賞)、『日本200年地図』(監修、第13回日本地図学会学会賞作品・出版賞受賞)など地図や地形、鉄道に関する著作多数。
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(地図研究家 今尾 恵介)

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