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「ネットは社会を分断しない」? ―― 楽観論を反駁する - 辻大介 / コミュニケーション社会学

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1.ネットによる「社会の分断」

本年1月末、イギリスはついにEUを離脱した。だが、それをめぐって二分された世論の溝は、そう簡単に埋まりそうにはない。ふたたび大統領選挙を迎えるアメリカでも、共和党と民主党の、あるいは保守とリベラルの激しい反目が続いている。トランプ大統領が一般教書演説をおこなった直後、そのスピーチ原稿をびりびり破り捨ててみせたペロシ下院議長のパフォーマンスは、そのことを端的に象徴していよう。

日本でも安倍政権シンパとアンチの対立には、これまでになかった根深さが感じられる。たとえば近い将来、憲法改正の国民投票が現実のものとなったとき、はたして私たちは、今のアメリカやイギリスにみられるような社会・世論の「分断」状況を避けることができるだろうか? その意味で、この問題は私たちにとっても決して対岸の火事ではない。

本題に入ろう。ネットが、こうした社会や世論の「分断」をもたらす要因のひとつになっているのではないか、という見方がある。世界中の研究者が精力的にその検証に取り組んでいるものの、未だ必ずしも見解の一致をみていない。そもそも日本では、この問題にかんする実証研究に乏しいのが実情だ。

そうしたなかにあって、稀少な調査研究の成果が昨年10月に公刊された。計量経済学者・田中辰雄氏と浜屋敏氏の共著『ネットは社会を分断しない』(角川新書)である。このシノドスにもその内容の要約版が今年1月に掲載されているので、ご存知の方も多いだろう (https://synodos.jp/society/23196)。

タイトルにあるとおり、ネットがユーザの政治意識を保守とリベラルの二極に分化=「分断」することはない――むしろ穏健化させる――というのが、本書の眼目である。

私も出版されてすぐ買って読んだ。田中先生からもご恵贈いただいた。その恩を仇で返すようで気が引けるところはあるのだが、学究の徒としては忖度を慎み、率直に批判せねばならない。本書の分析には数多くの問題点がある。これでは「ネットは社会を分断しない」とはとても言えない。以下、理論と実証の両面から田中氏らの主張に反駁し、今後の建設的な議論につなげていきたい。

2.「ネットは社会を分断しない」研究の問題点

問題点は多岐にわたるが、ひとまず次の3点に絞り、それぞれできるだけ簡潔に説明していく。専門的詳細については、私のウェブサイトにアップしてある学会報告時の配布原稿をご参照いただければと思う (http://d-tsuji.com/908/)。

 [1] ウェブ調査データの信頼性の限界

 [2] 政治関心という第三の要因をめぐる錯誤

 [3] ミスリーディングな「分断」度の測り方

まずは、[1]から。田中氏らの調査は、ウェブ調査会社の登録モニターを対象におこなわれている。登録モニターは、日本のネットユーザ全体からまんべんなく選びだされたわけではない。自発的に応募した人たちなので、さまざまな面で偏りがある。10万人の大規模調査であれ、対象者がまんべんなく――無作為(ランダム)に――サンプリングされていない限り、結果の信頼性は落ちるのである。

だからといって、ウェブ調査の結果はまったく信頼がおけないというわけではない。ウェブ調査の場合も、複数の調査でくり返し同じような分析結果が得られれば、その分だけ信頼性は高まる。その点で、田中氏らの調査にもケーススタディ1つ分の蓄積が得られたという意義はある。

しかし、ランダムサンプリングの調査データとは違って、統計学的な信頼性の計算法(「検定」という)は原則的に適用できない。あくまで参考程度にとどまる。1つ分のケーススタディからは、さほど確たる結論や強い主張を導くことはできないのである。

もっとも私自身も、これまでウェブ調査データをもとに、いくつかの論文を発表してきた。ただ、半ば言い訳にはなるが、それらの論文中では「今後の課題」としてランダムサンプリング調査による再検証が必要であることをつねに書き含めている。幸い、昨年7月末から9月にランダムサンプリングの全国調査を実施する機会に恵まれ、その「課題」を果たすことができた。今回、田中氏らの主張の反証に用いるのは、その調査データである。

それはさておき、次に、[2]政治関心という第三の要因をめぐる錯誤について。それを説明する前にまず、そもそもネット利用がどのようにして政治意識の分極化・「分断」につながるのか、理論的に想定されるプロセスをおさえておく必要がある。

もっとも有力な理論枠組のひとつ、ベネットとアイエンガーの「最小効果説」によれば、そのプロセスはおおむね次のようなものだ (Bennett, W.L. & Iyengar, S., 2008, A New Era of Minimal Effects? The Changing Foundations of Political Communication, Journal of Communication, vol.58, pp.707-731)。

3.政治関心という第三の要因の重要性

たとえば従来のテレビ視聴では、見たいドラマが終わった後もつけっぱなしにしていてニュース番組が始まり、特に関心のなかった政治問題を知る、といったことが往々にしてありえた。しかしネットのような情報環境では、このような無関心層が偶発的に政治ニュースに接触して影響を受ける機会が減る。エンタメ好きがもっぱらエンタメ動画ばかりに接するといった、「情報の選択的接触」傾向が加速する。

一方、ネットでは政治に関心のある層もまた、自らの政治選好(保守かリベラルか)に合った情報や意見ばかりに選択的に接触しやすくなる。同類結合によって形成された人と情報のネットワーク――同質的な意見の反響する「エコーチェンバー」――のなかで、保守派はさらに保守的に、リベラルはさらにリベラルな方向へと、それぞれの先有傾向を極端化していく。こうしてネットは人びとの政治意識を分極化し、「分断」を深めていくのだ、と。

これが「最小」効果説と名づけられたのは、ひとつには、政治に無関心な層に対するネットの影響(効果)はマスメディア以上に弱いと考えられること、そしてもうひとつには、関心層に対しても、保守をリベラルに、リベラルを保守に転向させるような影響力はもたないと考えられることによる。

この理論枠組に照らしながら、田中氏らがネットによる「分断」(分極化)を否定する論拠とした分析結果を見てみよう。シノドスでの要約版では、図3がそれにあたる (https://synodos.jp/society/23196)。そこでは、フェイスブックやツイッターを新たに利用し始めた人たちの分極化指数が低下していることが示されている。このことをもって、ソーシャルメディアを使い始めると、政治意識の「分断度合いは低下」「むしろ穏健化」する、という主張が導かれるわけだ。

問題は、その図にもはっきり注記されているように、そこでの分析からは政治的動機で利用を開始した人が除外されていることである。政治的動機での利用者は、おおよそ政治関心の高い層とみなせよう。すなわち、ネットによる分極化の影響がより顕著にあらわれると予想される層である。それを除外して、分極化効果を受けにくい無関心層をメインに分析しても意味がない。

X(ネット利用)とY(政治意識)の因果関係を検証するには、X・Yいずれにも関連する第三の要因Z――専門的には「交絡変数」という――を分析モデルに含めて、Zの影響を調整(統制)しなければ、適切な結果が得られない。ここでの田中氏らの分析モデルは、政治関心度という交絡変数がどう結果に影響するかを見誤り、むしろ理論に反した調整を加えてしまっているのである。

4.若年・中高年の単純比較が生みだす錯覚

これ以外の分析でも、政治関心度という交絡変数の影響は、あまりきちんと考慮されていない。たとえば、シノドスの要約版での図2である (https://synodos.jp/society/23196)。そこでは、「ネットを長時間見ている」若年層のほうが、中高年層よりも分極度指数が低いことが示されており、これは「ネット原因説と矛盾する」という。

だが控えめに言っても、矛盾はしない。たとえば、ネットをよく使うほど、体を動かすことが減り、体力が低下するのではないか、という仮説を立てたとする。調べてみると、ネットをよく使っているはずの若年層のほうが、中高年層より体力があることがわかった。さて、この結果は、ネットが原因で体力が低下するという仮説と「矛盾する」だろうか?

そんなことはない。そもそも歳をとるにつれて体力は衰えるものだ。たとえ若者のほうがネットのせいで運動量が減っていたとしても、中高年より体力があっておかしくない。多くの人はそう気づくだろう。しかし、ここで加齢にともなう生理的な運動機能の低下という第三の要因を見落としてしまうと、誤った結論に導かれかねないのである。

田中氏らの若年・中高年比較は、これと同様の誤りをおかしている。政治関心度という第三の要因の等閑視である。政治関心は、年齢が上がるほど高くなる。たとえば選挙の投票率は、ネットが登場するよりも前から、中高年層のほうが一貫して高い。半世紀前の1972年の衆議院選挙でも、20代の投票率は62%にとどまるのに対して、50代は83%にのぼる。

そして、政治関心が高いほど、政治的イシューに対する賛否もより明確になる。音楽好きほど、アーティストに対する評価がはっきり分かれるようなものだ。下の図aは、私が昨年おこなった全国調査から、「ふだんから政治に関心がある」かどうかで分けて、憲法改正に対する賛否の分布を示したものである。政治関心が高いほど、中間部の「どちらともいえない」「わからない」が減り、賛成にせよ反対にせよ両極の回答が増えていることがわかるだろう。

【 図a 】



まとめると、中高年層ほど→政治関心が高まり→政治意識も分極化する、ということだ。そのため、たとえネットが分極化効果をおよぼしていたとしても、見かけ上はこの年齢効果に覆い隠されてしまうのである。

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