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米国の新型ウイルスとの戦い 3


植木安弘(上智大学総合グローバル学部教授)

【まとめ】

米国、甘い対応で6週間を無駄にする。

・トランプ氏、WHOによるパンデミック認定後ようやく深刻さ認める。

・感染症や疫病は、迅速な対策が必要不可欠である。

 米国で最初の新型ウイルスの感染者が確認されたのは西海岸のワシントン州だった。シアトル近郊に住むこの30歳代の男性は、中国の湖北省の武漢を数か月訪問し1月15日に帰国したが、間もなく発熱などの症状があり、近くの診療所で診察してもらった。

症状のサンプルはアトランタにある疾病予防管理センター(CDC)に送られ、1月20日に感染が確認された。しかし、この新型ウイルスがどの程度の感染力があるかは知られていなかった。感染者は入院先で監視下にあったが、ワシントン州知事は、この時点で一般の人が危険に晒されている状況にはないとした。感染病の専門家も、濃厚接触による感染のみを指摘していた。

その頃、中国はこの新型ウイルスが人から人に感染することを発表した。この時点で、中国での確認された感染者は約200人で死者は10数人程度だった。1月25日の春節を控え、中国人の大移動直前で感染の拡大が懸念される状況だった。この数が単に氷山の一角だったことが後に分かる。

 1月22日、スイスのダボス会議に出席していたトランプ大統領は、特に中国で事業を展開しているビジネス業界に広がっている感染病のビジネスへの影響を懸念する声を一蹴するように、中国の対応を称賛し、習近平大統領を信頼しており、「米国は完全にコントロールしている」と豪語した。

 米政府の明確な指針がないまま、CDCは独自の検査キットを開発し、これで対応ができるとしていたが、その後検査キットは不良だということが分かった。世界保健機関(WHO)などは既に信頼のおける検査キットは提供できる体制にあったが、医学レベルの高い米国は国際機関の支援を必要としなかった。この検査キットの不良さは、米国の感染病への対応を遅らせる一つの理由となった。

 1月29日、195人の米国人が武漢からのチャーター便で帰米したが、検査を行い、三日間の監視体制下に入った。豪華客船グランド・プリンセス号に隔離されていた米国人のうち340人が2月17日に二機のチャーター機で米国に戻ったが、その内14人が感染していた。当初米国政府は、感染者は帰国させない方針だったが、実務レベルでの決定で感染者も帰国させることにした。

 1月末から2月にかけて、トランプ大統領と米政権は、新型ウイルスの米国内での感染拡大を過少に評価した。1月31日に中国からの渡航者の訪米を禁止する大統領令を発出したが、トランプ大統領は、当初から精力的な対応をしていると自己宣伝し、2月末に至っても大統領選挙に向けた選挙ラリーを続け、まだ米国には死者は出ていないと公言した。

米国国内での最初の死者が発表されたのが2月28日だった。ワシントン州に住む50歳代の男性だったが、特に海外渡航歴があったり濃厚接触者だった訳ではない。感染が既にかなりの程度に密かに広がっている証拠だった。その直後に、ワシントン州の老後施設を中心に死者が拡大することになる。ただその時点では、国内感染者の数はまだ7つの州合わせて20数人程度だった。

 米国の状況が一転したのは3月初めだった。イタリアやイラン、韓国での急速な感染拡大が深刻な状況をもたらす中、米国でも3月10日までには既に全米30州で500人以上の感染者が確認され、世界保健機関(WHO)は、感染が110ヵ国以上に拡大し死者が4千人を超えた3月11日、新型ウイルスの拡大を「パンデミック」(世界的流行)と認定した。間もなく感染は全50州に広がった。トランプ大統領3月12日テレビ演説で遂に感染症の深刻さを認め、EUの国境を取り除いたシェンゲン協定諸国からの米国への旅行制限を課した。当初英国アイルランドを対象から除いたが、両国でも感染が拡大する中、直後に両国も制限対象に加えた。

画像)トランプ大統領 共和党チャド・F・ウルフ氏
出典)flicker: The White House

 結局、米国の対応は約6週間遅れたことになる。その理由には幾つか考えられるが、何といっても、先ずトランプ大統領秋の選挙戦を睨み、自らの選挙戦に不利になる感染情報を無視し、メディアや民主党を悪者に仕立てたことがある。ビジネス界でも懸念が深まる中、経済への影響のみに関心を示し、株価の下落や経済の不振を払拭しようとする発言が続いた。感染症専門家の判断と異なる楽観的観測を公言し、医学的知識がないにも関わらず自らを医学の専門家のように振舞った。

 また、2018年国家安全保障局内に設置されていたグローバル保健安全保障生物防衛室を閉鎖したことにより、即座の対応体制が不十分だったことがある。このユニットは、2014年に西アフリカで猛威を振るったエボラ高熱病への対策から学んだ教訓をベースに、将来の疫病対策に備える目的で設置されたものだった。

さらに、当初限られたCDCの検査ラボのみに頼り、検査体制を強化しなかったことや、拡大を予測して、一般医療機関による対応強化をしなかったこともある。6週間を無駄にしたというのが、米国内での一般的見方である。米国の対応は、感染症や疫病の発生から間もない時期に、徹底した対策を取らないと手遅れになる悪例を示している。

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