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ドゥテルテ政権の新型コロナウイルス対策――なぜフィリピン人が厳格な「封鎖」に協力するのか - 日下渉 / フィリピン政治研究

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「麻薬戦争」から「コロナ戦争」へ

厳格なコミュニティ防疫には、ドゥテルテ政権の展開してきた一連の規律的統治と連続性がある。ドゥテルテ政権は「規律」を掲げて、麻薬犯罪者の厳罰、腐敗した役人の取り締まり、タバコ・酒など嗜好品の増税などを通じて、品行正しい生活を送る「善き市民」たることを国民に要請してきた。不自由を求める規律的統治が人気を呼ぶのは、フィリピンがまともな新興国になるためには、あらゆる違法行為を黙認してきた既存の腐ったシステムを破壊する必要があると、大多数の国民が考えるようになったからである。

私的利益のために公的制度を歪めることが一般化してきた社会で、その弊害を憂い、「公」の利益を重視する人々が増加してきたともいえる。ドゥテルテ大統領は、麻薬の蔓延を国家の危機と定義し、麻薬使用者・密売人を「悪しき他者」として排除していくことで、高い支持を得てきたのだ(日下2018)。

コミュニティ防疫は、この規律的統治をさらに強化している。そこでは、科学的知見に基づく疫学的な必要性よりも、危機を克服するためとして、規律の名のもと市民に不自由を耐えさせることが自己目的化しつつあるようにさえ感じられる。たしかに中央政府の対策は、脆弱な医療体制のもとで感染の拡大を初期に封じ込めようとするものとして理解できる。

しかし各地方政府は、感染例が出ていない地域でも、24時間の外出禁止や、治安維持のための酒類の販売禁止など、より過激な規制を競うかのように導入してきた。カビテ州では、外出禁止違反、飲酒禁止違反などによって2日間だけで586人が拘束された。拘束された者は、広場に等間隔で並ばせられ、メディアを通じて晒し者にされる。夜間に出歩いた若者を大きな犬小屋の中に拘留した地方政府もある。

地方政府の方が過激化する理由には、そもそも適切な検査体制が存在しないという不安感がある。加えて、医療関係者の通勤のために公共交通機関の停止を柔軟に適切しようとした地方首長に対して、大統領が「中央政府の命令を遵守しなくてはならない」と強く叱責したことの影響もあろう。多くの地方首長が大統領に忖度し、また社会を統制できる強いリーダーをアピールしようと、こぞって中央よりも厳格な措置を実施しようとしているようだ。

「善悪」に分断される人々

こうした厳格な措置のもと、人々のストレスの矛先は防疫措置の規律を守らぬ者らへと向かっている。ソーシャルメディアでは、地方首長に防疫措置を守らぬ住民の取り締まりを訴える投稿も目立つ。コミュニティ防疫を告知したボホール州知事のフェイスブック投稿には、次のコメントがトップについた。「州知事の人々への配慮に感謝申し上げます。どうか全てのバランガイにチェックポイントを設置してください。外を歩いている老人が未だにいます。小さい子供を乗せたバイクもまだ街頭で見かけます。こうした頑固な人々をどうか罰してください」。

相互監視が強まり、隣人らを地方政府に通報する行為も広まっている。私の身の回りでも、体調を崩して仕事を二日間休んだら、同僚に密告されたのか、防護服を着た保健省の職員によって病院に連行された人がいる。防疫措置を守らず島外から戻ってきた姪を、叔母が役所に通報したという話も聞いた。私自身、2歳の子供をちょっと外に出す時でさえ、近所の目を気にせざるをえない。

私の暮らすタグビララン市でも軍人を乗せた州政府の車両が頻繁に巡回している

規律を強調するコミュニティ防疫は、「麻薬戦争」と同様、人々を善悪に分断している。不自由を強いる規制を自発的に受け入れ、政府に協力する者が「善き市民」として認められる。しかも防疫の違反者への罰則に支援リストからの排除があるように、「善き市民」であることが政府による支援の条件となっている。他方、防疫措置を破って外出したり、政府批判を繰り広げる者は、ウイルスの拡散を助長して国家と人々の命を脅かす「悪しき他者」として断罪される。

こうした道徳的な二分法は、大統領を支持するフェイスブックのグループ・ページ等で多数見出すことができる。例えば、ドゥテルテの選挙スローガンにちなんで「勇敢と慈悲のための連帯」(kaisa sa tapang at malasakit)と名づけられたグループ・ページでは、3月17日に次の投稿がなされ、1万1千のリアクションを呼んだ。

シンガポールではコロナウイルス感染者が増えても、なぜ対策が整っているのか。なぜマカオでは感染者がいないのか。それは、人々が政府に従う規律(DISIPLINA)をもっているからである。しかし、私の愛するフィリピンでは、休校が宣言されるや興奮した学生たちがショッピング・モールで映画を見たりして、両親もそれを黙認している。政府が一か月のコミュニティ防疫を宣言したら、ケダモノたちがエドサ通り(注)で、なぜ軍人を街頭に配置するのかとデモを始めた。彼らは看護師や医者になるため勉強するべきなのに。まったくケダモノの子らだ。

なぜフィリピンでコロナウイルスの感染者が増えているのかといえば、あなたたち規律のない者たちのせいである。まったく単純だ。あなた自身の福利のためにも、政府が何を伝えているのかを理解できるよう規律を身につけなさい。文句を言う前に従いなさい。(注.マニラ首都圏の主要幹線で、1986年の民主化を実現したピープル・パワー革命の舞台となった)

広告業界から雇われたドゥテルテ陣営のソーシャルメディア戦略家は、大量のボランティアを動員しつつ、組織的な偽情報の拡散などによって世論を操作しようとしてきた(日下2020)。それゆえ、これもそうした投稿の一つに違いない。ソーシャルメディアを通じて拡散するこうした言説は、政府の強権発動を正当化すると同時に、人々の不満の矛先を政府に従わぬ「悪しき他者」へと転化する。やがて生活に困窮して犯罪に走る者も出てくるだろうが、彼らもストレスを抱えた人々と政権にとって格好のスケープゴートになるだろう。

ウイルスとの我慢比べに勝てるか

このように、フィリピンではドゥテルテ政権が断行した厳格な防疫措置に対して、大多数の人々が積極的に協力しようとしている。規律の名のもとに社会を完全に統制する国家というドゥテルテの野望がついに実現したかのようである。

ただし、厳格な防疫措置のストレスに人々が耐えられるのは、一か月が限界ではないかと考えられる。庭付きの一軒家であれば、外出禁止でも若干の気分転換をできよう。だが、首都圏では中間層の多くが間取りの大きくないコンドミニアムで暮らしている。バルコニーのない物件も多い。スラムで暮らす都市貧困層にいたっては、日々の食費を切り詰めつつ、狭い部屋ですし詰めになって暮らすことを強いられている。完全に外出を禁じられた子供たちのストレスも深刻だ。経済活動の停止と物価の高騰も人々の生活を苦しめている。

だが、政府関係者によれば、ウイルスのピークは6月から7月になると予測されているという。また、どこかでクラスター感染が発生すれば、特定の地域が長期間にわたって封鎖される可能性が高い。その際に、どのような形で防疫措置を継続するかが政権にとって鍵となろう。もしウイルスを封じ込む前に、人々による規律への自発的な服従が限界に達せば、危機を利用した政権の政治運営が困難に陥いることもありえるかもしれない。その意味で、フィリピンの厳格な新型コロナウイルス対策は、長期化すればするほど綱渡りを強いられるだろう。

日下渉(くさか・わたる)
政治学・フィリピン研究
名古屋大学大学院国際開発研究科准教授。専門は政治学とフィリピン研究。1977年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、九州大学大学院比較社会文化学府博士課程単位取得退学、京都大学人文科学研究所助教等を経て、2013年より現職。博士(比較社会文化)。主要著作に、「秩序構築の闘争と都市貧困層のエイジェンシー――マニラ首都圏における街頭商人の事例から」『アジア研究』53(4):20-36頁(2007年、第6回アジア政経学会優秀論文賞受賞)、『反市民の政治学――フィリピンの民主主義と道徳』(法政大学出版局、2013年、第30回大平正芳記念賞、第35回発展途上国研究奨励賞)など。

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