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事故調報告を逆手に取り東電会長は人災否定

 日経ビジネスの「東電・下河辺新会長、原発事故を語る」で、東電による人災が公然と否定されているのに愕然としました。法律家である新会長は「故意・過失に結びつくものにおいて」しか人災は成り立たないと主張します。真相の究明を優先して個人の責任は問わないとした政府事故調、時間が足りなくて究明しきれなかったが東電カルチャーに問題があるとした国会事故調。いずれも個人の責任まで踏み込んでいない点を逆手に取って、人災とは言えない説がまかり通っています。

 インタビューの核心部分はこうです。「基本的には、あれだけの津波が極めて残念なことに福島第1原発を襲ったのが事故の原因です。大きな津波が起きる可能性は事故以前から指摘されていましたが、津波の危険性への認識が『可能性』の域を出ず、1つの試算値としてしか受け止められないうちに3・11が来てしまった」「事故原因は、端的に(言えば)そこに尽きる。東京電力はこれまで、社内で積み重ねてきたモノの考え方や想定のなかに閉じこもっていて、外部の新たな状況や刺激を柔軟に取り込んでいくという姿勢や体質に欠けていた」

 「それが人災ということではないのですか」との質問にこう答えます。「あえてカギ括弧付きで言いますが、これを『人災』という人もいます。ただ、もともと私は弁護士であり、法律家というベースがあるので、『人災』というと帰責事由としての故意・過失に結びつくものにおいて成り立つもの(用語)という認識がある」

 個人責任に遡及できないものは人災ではないと考えているわけです。公的な二つの事故調報告が福島原発事故の究極の原因と個人の責任まで問わなかったのは怠慢と考えますが、東電側の問題点は多数指摘しています。政府事故調の場合は「個人責任を問わない」と最初から表明して、関係者の事情聴取をしやすくしました。「誰の責任」とまで言わないが、自分で考えてしかるべき処置をしなさいといった「武士の情け」的な立場と報告の構造になっています。それなのに、責任が明示されていないから個人には及ばない、だから人災ではない、との論理は不適切極まりないものです。

 外部から新会長を招くのが、実質国有化後の新生・東電の目玉人事だったのですが、とんでもなく不適切な人を選んだようです。あるいは短い時間で東電体質に同化してしまったのでしょうか。

 【参照】「事故調が責任問わぬ始末では信頼回復は難しい」
   「国会事故調は主因を津波に限らず、地震で損傷も」
   「原因は語らず懸命努力説明ばかり東電事故報告」
   「福島事故責任は誰にあるか、判明事実から究明」
   「恐ろしいほどのプロ精神欠如:福島原発事故調中間報告」
   「2、3号機救えた:福島原発事故の米報告解読」
   インターネットで読み解く!「福島原発事故」関連エントリー

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