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若者が死について悩むのは健全な精神的成長の第一梯 - 「賢人論。」第113回(後編)立花隆

本来、絶望以外の何物でもない〝死〟をテーマに語ることがこれほど面白く感じられたことはあっただろうか。〝知の巨人〟の軽妙にして深みのある語りに耳を傾けていると〝死〟は特別なものではないという気がしてきた。そして、いよいよ話題は立花隆氏の生き方を決定づけたという原体験へと遡っていった。

取材・文/木村光一 撮影/公家勇人

哲学に傾倒したきっかけは隣人の死

みんなの介護 先生がはじめて〝死〟を意識したのはいつ頃でしたか?

立花 中学生のときですね。隣に住んでいた大家のお婆さんの臨終に立ち会ったんです。さっきまで生きていた人が、ただの骸(むくろ)になってしまった。ショックでした。 それからしばらくは、ふつうに生活してる分には忘れていたんですが、心の奥底では引きずっていたんですね。だから哲学に傾倒するようになった。死とはいったい何なのか? 考えても考えてもわからない。そうこうしているうちに観念の世界にどんどん深入りして、高校3年から大学のはじめにかけて何度か自殺したいと思ったんです。

みんなの介護 観念的な死の恐怖に耐えられなくなったのですか?

立花 いや、直接の原因は失恋でした。すっかり思い詰めてしまって。ところが、いざ死のうと思っても、どうすればいいのかわからない。死ぬには具体的な行動が必要なんだけど、結局、考えあぐねるばかりでその1歩が踏み出せなかった。情けなくて自己嫌悪に陥りました。

自殺したいと思ったことのない人間はいない

みんなの介護 先生は若者が「死」について考えることは大切だと述べられています。

立花 子供時代から青年時代にかけて、自殺したいと一度も思ったことのない人はいないんじゃないかな。もし、心の中で考えたこともないという人がいたとしたら、その人の成長過程には何か欠落がある。若者が死について悩むのは、むしろ健全な精神的成長の一階梯だと思います。

みんなの介護 お話をうかがっていて思ったのですが、もしかすると先生は生命力が強すぎて死を遠ざけてしまうのではありませんか。

立花 かもしれない。僕は子供の頃から眠れなかった夜もなかった。今でも何か考えすぎたとしても缶ビール1本あればぐっすり眠れちゃう(笑)。

振り返ってみると、この性分は子供のときからなんだよね。

引き揚げという原体験が人生の核になった

立花 うちの一家は北京からの引き揚げなんです。僕らの年代は満州をはじめとして引き揚げ者が多かった。少し前に亡くなった俳優の梅宮辰夫さんの家もそう。同じ町内で、僕の1歳上の兄と同級生でした。五木寛之さんも引き揚げで相当ご苦労をされたと本に書いてます。ある時代の日本には、そういう家族の集積のような街がたくさんあったんです。

着の身着のままで列車に乗せられ、延々と歩かされ、これから自分たちはどこへ向かうのかもわからず、この先、どうやって生をつなげればいいのかわからなかった。うちの両親は本当にたいへんだったと思います。無謀な戦争を仕掛けた国の国民とはいえ、あの時代、右往左往しながら、よく日本人は生き延びたと思いますよ。そして、あの戦争を始めた連中は、なぜ責任を取らなかったのか。歳をとって最近は滅多なことで腹も立たなくなりましたが、その憤激だけはいまだに消えていません。

みんなの介護 当時、中国からの引き揚げのさなか、多くの民間人が命を落としたと聞いています。

立花 僕の一家だけでなく、あの時代、多くの日本人は死と隣り合わせの毎日を送っていた。頻繁に空襲もあった。死は身近で間近にあったんです。戦後もしばらくは、いまでいう普通の生活というものとは程遠いものだった。

ただ、たいへんはたいへんだったけど、僕は小さな子供だったんで、見るもの聞くものが面白かったんです。人生初にして最大のイベントが北京からの引き揚げ。それが原体験となって僕の人生の核になり、敗戦という日本の歴史とも重ね合わさっている。

結局、人間は誰しも自分が生きた時代を、歴史を背負わなければいけない。置かれた環境に従って生きるしかないんです。たまたま僕は物心がついたばかりの頃に引き揚げを経験した。おかげでそれから先の人生で苦労を苦労と思わなくなった。

僕の世界の認識の仕方が他の人と違っているとしたら、たぶん、そのせいなんですね。

安易な絶望が許されない仕事の先には
大きな喜びが待っている

みんなの介護 先生は看護学校でも講演をされたことがありますね。その際、「看護師の仕事には際限がなくて、やるべきことが次々と出てきます。熱心な人ほど途中で燃え尽きる」と述べられていますが、それは介護士にも共通する悩みです。ぜひ、介護士にも一言お願いします。

立花 まず、看護の仕事と僕の関係について話します。

1つ目は、実は僕の息子の嫁さんが看護師だということ。2つ目は、僕に何回も入院の経験があって患者として看護師の皆さんとの接点があったこと。3つ目が、以前、僕が立教大学の50歳以上を対象にした〝セカンドステージ〟という社会人向けコースで〝自分史〟を書かせる授業をやったことがあって、その受講者に看護師の女性が非常に多かったこと。

これらのことがあって、おのずと看護師の仕事に興味を持ったわけです。

みんなの介護 『自分史の書き方』という本も出されていました。

立花 はい。授業で行なった講義内容と実際に受講生が書いた〝自分史〟を1冊にまとめたものです。

まあ、それで看護師の皆さんの自分史を読んでみると、これが厳しい現実の連続なんですね。看護師を志して学校の寮に入って、そこで厳しい上下関係の中に放り込まれる。職場に行けば医師や患者との葛藤がある。看護師の人生というのは心理的な葛藤に次ぐ葛藤なのだということが本当によくわかりました。

それに看護師の仕事は、ある意味で家事労働とものすごく似ていて、どこまでやっても終わりがなくて、やろうと思えばやることが無限に出てくる。真面目で熱心な人であるほど「あれもやなきゃ、これもやらなきゃ」となって疲れ果ててしまう。

もっといえば、ずっと付き添っていた患者が亡くなると、接していた時間が長い分だけ、看護師には医師よりも大きな敗北感が生じてしまう。

みんなの介護 介護士の置かれている状況もそれに近いものです。

立花 介護もたいへんな仕事です。昔、僕も重症心身障害児の取材をした際、短期間ですがケアを行なっているボランティアの手伝いをしたことがあります。最初は単なる見学のつもりだったんですが、これは自分でも体験すべきだと感じてやらせてもらったんです。

そして、そこで身をもって理解したことは、安易に絶望しちゃいけないということ。僕らが考えている以上に厳しい現実はいくらでもあるのだと。それは見聞きするだけでなく実際に肌を触れ合ってみてはじめてわかったことでしたね。その意味では非常にいい体験をさせてもらいました。

おそらく、そういう体験をしたことがある人とない人とでは生き方も変わってくる。看護師や介護士として一生懸命働いている人たちは、今はつらくても、きっと大きな喜びも待っていると思います。

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