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人は理性的に考えるだけで死ぬのが怖くなくなる - 「賢人論。」第113回(中編)立花隆

立花隆氏が案内役を務めたNHKスペシャル『臨死体験 死ぬとき心はどうなるのか』(2014年放送)は、〝臨死体験〟(病気や事故などで死に瀕した人が意識を回復したときに語る不思議な視覚体験)とは死の間際の衰弱した脳が見る心地良い〝夢〟に近い現象であることを明らかにした。

つまり、人間はうまく死ねるようにプログラムされている。したがって死を怖れることはないというのが番組の結論だった。〝知の巨人〟が到達した死ぬのは怖くないという境地=心の平安とはいかなるものなのか。じっくり語っていただいた。

取材・文/木村光一 撮影/公家勇人

死後の世界があるかないか、結論は明々白々

みんなの介護 先生は著書に「死ぬというのは夢の世界に入っていくのに近い体験だから、いい夢を見ようという気持ちで自然に人間は死んでいくことができるんじゃないか」と書かれています。人間は本当にそんなふうに誰でも穏やかな最期を迎えられるものなのでしょうか?

立花 まず、心臓が停止してもすぐに脳は死なない。数分間は活動しています。その間に人間の脳内のいろんな意識を支えている機構がどんどん壊れていく。その壊れる過程で起きる現象が〝臨死体験〟。死後の世界体験ではなく、死の直前に衰弱した脳が見る〝夢〟ではないかというのが、僕の到達した臨死体験についての結論でした。

みんなの介護 臨死体験談によく出てくる、美しい花畑で家族や友人に出会ったり、まばゆい光に包まれた世界へ移動したり、超越的な存在に出会ったりという神秘体験についてはどう説明できるのでしょう?

立花 神秘体験というのは、死の間際、脳の中の辺縁系(情動、意欲、記憶などに関与する領域)の働きが活発化して白昼夢を見ているような状態になり、幸福感で満たされるのだろうと考えられています。

みんなの介護 なるほど。いよいよ死が近づくと脳のある部分が活性化して幸福感に満たされる。恐怖が和らぐような仕組みがあらかじめ人間の体には備わっているのですね。ということは、臨死体験は死後の世界とは無関係だと?

立花 まあ、本当のところは死んでみないとわからない。臨死体験の証言者も死んだわけではないのだから。もちろん、死後の世界があるかないかという議論については、僕の中で明々白々に結論は出ています。だけど、それが存在するかどうかは、結局のところ個々人の情念の世界の問題であり、論理的に考えて正しいかどうかではない。どれほど科学が進歩しようと、この〝わからなさ〟に関してはつねに解釈の余地が残ってしまうんです。

新しいことがわかれば感じ方も変化する

みんなの介護 しかし、科学的アプローチによって死の間際の脳の働きが解明されても、あくまで臨死体験は死後の世界が存在する証だと信じて疑わない人もいます。とくに日本人は宗教心とは別の次元で死後の世界をなんとなく受け入れている節があります。実際、反響はどのようなものだったのですか?

立花 そう、日本人の心の世界は広い意味で死者との交わりを含めて成立しており、死後の世界の存在は案外自然に受け入れられています。ところがね、放送直後、街を歩いていたら何度も「ありがとうございました」と感謝の言葉をかけられたんです。

ほとんど年配の女性で、どうやら彼女たちは僕が番組の最後に述べた「この取材を終えて、死ぬということがそれほど怖くなくなった」というメッセージに共鳴してくれた。そういうことのようでした。

つまり、霊がどうしたこうしたというような非理性的で怪しげな世界にのめりこまなくても、ごく当たり前のことを当たり前に、理性的に考えるだけで死ぬのは怖くなくなるということが、あの番組によって多くの人にきちんと伝わったわけです。

新しいことがわかれば物事の捉え方は変わる。こうやって来世的な世界に対する感じ方も変わってゆくのだと実感しましたね。

般若心経の救い

立花 僕の両親はキリスト教徒だったので家には仏壇も神棚もなく、お盆になると死者が帰ってくるというような考えや習俗には馴染みがありませんでした。したがって、僕は一般の日本人が自然に受け入れている〝この世とあの世がつながっている〟という感覚を知らないで育ったんです。この違いは大きかったように思います。

ところが、最近、日本の宗教に関する本を読み直してみたら非常にいいことが書いてある。今もここに般若心経の本がありますが、これがまた面白い。ほら、全文はこれだけ。わずか300字足らずで本にすれば1ページにもならない。

しかも、最後の〝掲帝掲帝、般羅掲程、般羅僧掲帝、菩堤僧莎訶般若波羅蜜多心経(ぎゃていぎゃてい、はらぎゃてい、はらそうぎゃてい、ぼうじそわかはんにゃはらみつたしんぎょう)〟という部分には意味がない。呪(まじな)いみたいなもので単なる音の響きでしかないわけ。

結局、人間の心の平安を乱す最大の要因は、自分の死についての想念なんだけど、要するに般若心経にはこう書かれている。

深く考えなくても〝死にどき〟がくれば彼岸の世界へ自然に行ける。よほどの悪人でない限り、そうなるようになっている。ちゃんと死ねるからそんなに悩まなくていいんだと。

まったくその通りだと思いますね。

延命治療よりもやってほしいことがある

みんなの介護 〝死にどき〟といえば、以前、先生は「延命治療は要らない」と述べられていました。その考えに変わりはありませんか?

立花 そうですね。胃ろうも人工呼吸器も願い下げです。無理しないでなるようになるのが一番。延命治療というのは放っておけば死ねる状態になるのに無理やり何かしようということですから必要ない。

ただ1つ、希望としては、いよいよ死ぬとなったとき、くれぐれもベッドは温かすぎず寒すぎずという状態にしてほしい。

みんなの介護 それはなぜですか?

立花 生涯に3回も臨死体験をされた人からこんな話を聞いたんです。

1回目と2回目の臨死体験はハッピーなもので、こんなに楽に死ねるのかと思った。ところが3回目は、とにかく暗くて寂しかったと。なぜそうだったのか後から振り返ってみると、はじめの2回はあたたかい布団の中で快適な状態だったのに対し、3回目は救急病院で薄い病院着1枚で寝かされていた。

それでどうやら臨死体験という脳が最後に見せる夢に近い現象には死に際の環境がそのまま反映されるらしく、できるだけ死の床を快適にしておくことが肝要だということがわかった。まあ、そういうわけです。

みんなの介護 葬式や墓についても考えがあるということですが?

立花 葬式や墓にもまったく関心はないです。これもキリスト教徒の両親の影響でしょうね。「人間の肉体は塵(ちり)から生まれて塵に帰る」という考え方にずっと親しんできたせいか、肉体に特別な意味があるとは思えない。

とくに嫌なのが火葬場での骨あげ。焼きあがった遺骨を遺族らが2人1組になって箸で拾って骨壷に納めていく風習。こんな儀式はまったく必要ない。

僕は火葬場で訊ねたことがあるんですよ。「もし、遺族が故人の遺骨を拾わずに帰ったらどうなるのか」と。その答えは「東京都清掃局(環境局)の清掃車が来て引き取る」でした。

昔、伊藤栄樹という有名な検事総長の『人は死ねばゴミになる』という本がありましたが、まさにその通り。

僕も死んだら、葬式も骨あげもしなくていいし、遺骨も東京都に引き取ってもらってゴミとして処理してもらえばいいと思ってます。

まあ、可能であれば〝コンポスト葬〟が理想なんですが。

みんなの介護 コンポスト葬?

立花 イギリスのコリン・ウイルソン(『アウトサイダー』『オカルト』などの著作で知られるイギリスの作家)の取材をしたとき、彼の友人の1人が僕にコンポスト葬の話をしてくれたんです。

死んだら遺体をほかの材料と混ぜて発酵させるなどしてコンポスト(堆肥)にして畑に撒く。そうすればほかの動物と同じように、人間の肉体も自然に回帰できる。自然の物質循環の大きな環の中に入っていけるのだと。

ただ、実際には日本でそれをやるとなると美学的かつ法的に無理がありますから、妥協点として〝樹木葬〟あたりがいいかなと思ってます。

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