- 2012年08月07日 01:26
ロンドンオリンピックのフランスと日本の柔道から、中学武道必修化を考える
(日本柔道唯一の金メダルを獲得した松本薫選手の、試合中とは打って変わった穏やかな笑顔)
ロンドンオリンピックで日本の男女柔道が不振で、特に1964年の東京オリンピックで柔道が採用されて以来、男子が史上初めて一つも金メダルを取れなかったことが話題になっています。
他方、2012年8月3日、前回の北京大会で銅メダルのあと世界選手権4連覇中のフランスのテディ・リネール選手が、柔道最強を決める100キロ超級で金メダルを獲得しました。弱冠23歳の快挙です。フランス柔道も絶好調とはいかなかったのですが、男女合わせても金2、銅5と日本を上回りました。
これを受けて、東京五輪招致に熱心な石原都知事など、何を血迷ったのか、同じ8月3日の記者会見で
「西洋人の柔道ってのは、ケダモノのけんかみたい。柔道の醍醐味ってどっかに行っちゃったね」
と放言してしまいました(呆)。
ケダモノ(「獣」)って、英語ではanimalじゃなくて、beastですか?世界各国の選手をケダモノと呼んだ発言は、これから諸外国にどう報道されるのでしょう。もともと、レイシストの首長がオリンピックの招致活動をするのに無理があったのですが、こんなことを言っているようでは、何十億円もかけた五輪招致活動は今回も税金の無駄使いに終わるのでしょうね。
さて、どんな競技でも、男女ともに好調なサッカーを象徴とするように、競技人口のすそ野を広げるということが大切なことは論を待たないのですが、そこで気になるのが教育基本法改悪に伴う今年2012年4月から導入された学習指導要領改訂による中学武道必修化です。
必修化された柔道を不振の柔道界再興に結び付けるような議論は非常に危険で、心配です。
安倍晋三政権の後遺症 教育基本法改悪→今年から中学での武道必修化で学校死亡事故多発か
部活動別にみる死亡事故件数と死亡事故確率(死亡率) 学校リスク研究所ホームページより
中学校の各部活動に関して,その死亡確率(生徒10万人あたりの死亡生徒数)は,柔道が2.385人と突出して高い。 次に高いバスケットボールと比べても,6.2倍の大きさである。
私は、2012年6月2・3日に行われた全国学校事故・事件を語る会のシンポジウムで、全国柔道事故被害者の会の小林恵子さんと、名古屋大大学院の内田良准教授(学校リスク研究所所長)のお話を伺いました。
1983年から2010年の28年間で中学・高校での柔道事故で死亡した子どもの数は118人です。年平均4人以上の死亡者に換算されるこの数字は、他のスポーツに比べて、明らかに突出した数字であり、上記のグラフのように競技人口あたりの死亡率として計算すると、異常ともいえるほどの高い数字を示します。
また、この数字には、小林さんのお子さんのように、現在も後遺症によって深刻な高次脳機能障害に悩まされている方や遷延性意識障害(植物状態)にある方やの数は含まれていないのです。
事故の原因を見ると、内田准教授によると、下記のグラフでいう「柔道固有」の死因というのは柔道固有の動作に起因する死亡、「運動全般」というのは運動全般に共通する死因(突然死、熱中症等)を指しているそうです。
「柔道固有」死因は、中学校で全体の80.0%(32件)多数を占めています。この「柔道固有」死因の内訳をみてみる と、中学校の32件のうち,投げ技・受身の衝撃によって頭部外傷(急性硬膜下血腫など)が生じて死に至ったケースが30件,その他(寝技で窒息死,投げ技・受身で臓器損傷など)が2件,「柔道固有」とは,そのほとんどが、頭部外傷によるものであるということがわかるのとことです。
そもそも、運動をするからには,そこにはつねに突然死といった,運動に共通して起きる死亡があるわけです。しかし、柔道以外の部活動では,運動全般に共通する死亡事例はあるものの,その運動に固有の死亡事例(たとえば,バスケットボールであればコートのなかでぶつかったり,ボールが頭を直撃したりして死亡す る場合)があまりないのです(高校ラグビーを除く)。
柔道における死亡事故の件数や確率を大きくしているのは,この柔道固有の動作による頭部外傷です。しかし、日本の指導者にこのことが徹底しているとはとても言えない状況です。
柔道経験者が指導する部活動でも、これだけ頭部外傷による死亡事故が起きている柔道を、ましてろくな柔道体験も指導経験もない体育教師が指導する柔道必修化授業がいかに恐ろしいかお分かり頂けるでしょう。板の間に畳を敷いた柔道場ではなく、畳を体育館に敷いただけの即席柔道場で行うのですからなおさらです。
学校リスク研究所ホームページより死亡に至る経緯(死因)
ところで、世界で最も柔道の競技人口が多いのは60万人が柔道に親しむフランスです(日本は20万人)。
ところが、フランスが誇る世界最大の柔道人口の75%は14歳未満の子どもたちだということですが、柔道人口は日本の3 倍なのに、フランス柔道連盟の報告によると、フランスでは2005 年以降18 歳以下の死亡事故はゼロで、1年に4人以上の生徒たちが亡くなる日本と対照的な状況になっています。
フランスでは、スポーツ指導で重大事故が起こることは許されないと考えられており、柔道の指導上の安全対策を何よりも大切にしているのです。
これについて、フランス柔道連盟のジャン・リュック・ルージェ会長は、
「フランスでの柔道の死亡事故は聞いたことがない」「日本の柔道選手の中には軍のコマンド兵のようなアスリートもいる」
と語ったということです。
軍のコマンドーというのは、スポーツというより殺し合いのような勝負に勝つことしか興味がない選手のたとえでしょうね。それが武道ということもないと思うのですが。日本は、勝負の面でも、安全確保の面でも、科学的・合理的な探求が遅れているのではないでしょうか。
2012年度からの中学武道必修化は考えなおした方が良い 子ども未来法律事務所通信12(しかも、柔道を必修化科目に選択する学校が全体の4分の3)
全国柔道事故被害者の会は、武道必修化準備状況への危惧として、以下の4点を挙げています。
① 多数を占める急造指導教諭の専門知識不足・経験不足
② 安全を確信できぬレベルのカリキュラムや指導方法
③ 柔道事故発生時の指導教諭の対応力不安
④ 事故の情報収集・分析の仕組みがない
まだ、重大事故は起こっていないようですが、安全対策もそこそこにしてなし崩し的に始まってしまった武道、とくに柔道必修授業は少なくともいったん凍結にするべきです。
もともと、教育基本法の改悪の大きな目的が、教育振興計画策定による文科省の予算獲得です。そして武道必修化も、日本の伝統と文化を浸透させることが目的だということに建前ではなっているのですが、本当の目的は施設や柔道着などの権益を文科省が拡大することだったり、警察庁が指導員派遣で天下り先を増やすことだったりするので、論ずるのも虚しい話です。
ベネッセは、小学5、6年生と中学生の保護者を対象に、中学校の武道必修化についてアンケートを行い、7月5日に調査結果を公開しましたが、中学校の「武道必修化」に不安を感じる保護者は7割を超えていることがわかりました。
力任せのパワー柔道が気に入らないと言いますが、そこで勝ちあがっているフランスやイギリスなどの方が日本より事故が少ないのです。まずは、安全とトップアスリートの結果を両立させているフランスなどに謙虚に学んで、今後の武道必修かも柔道振興も見直すべきではないでしょうか。
文科省に対する全国柔道事故被害者の会の要望書



