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【原発PR看板】撤去された原発推進の〝負の遺産〟 県のアーカイブ施設で常設展示されず収蔵へ。標語考え、現場保存求めて来た大沼さん「お蔵入りは残念」

JR常磐線が華々しく全線再開された裏で、かつて双葉町のシンボルだった「原発PR看板」が〝お蔵入り〟していた事が分かった。5年前、反対の声を振り切るように撤去されたPR看板。福島県が〝復興五輪〟にあわせてオープンするアーカイブ施設「東日本大震災・原子力災害伝承館」に収蔵されるものの常設展示はされず、当面の間は倉庫で眠る事になるという。福島県は展示方法について双葉町と協議を続ける方針だが、原発事故の〝負の遺産〟として現場保存を望んでいた大沼勇治さん(44)は「原発事故をありのまま後世に伝えるべきだ」と話している。


【県「今後も双葉町と協議する」】


 福島県生涯学習課によると、展示スペースの問題や腐食防止処理に時間や費用がかかる事などがネックとなり、7月に予定されている「伝承館」(双葉町)のオープンと同時に常設展示するのは難しいという。

 「時期を限定した企画展示など、やり方はいろいろ考えられる。双葉町には引き続き保存させて欲しいと伝えていて、了解も得ている」と担当者。「意義がある看板なので、どのように展示するのが良いのか、今後も町と協議してく」という。

 看板は、国道6号線沿いの旧双葉町体育館前に設置。車道の両端に柱を立て、アーチ状に掲げられていた。撤去されていなければ、再開された双葉駅から国道6号線に向かって真っ直ぐ歩くと、PR看板が目に入るはずだった。

 国道6号側には、大沼さんが考案した標語「原子力 明るい未来の エネルギー」と書かれ、反対側には「原子力 正しい理解で 豊かなくらし」とあった。体育館の反対側には、大沼さんの所有するアパートがあった。自身の考えた標語とともに歩み、そして原発事故に遭ったのだった。

 解体前の支柱には「広報・安全等対策交付金事業」と青字で書かれていた。この交付金は、経済産業省資源エネルギー庁が所管し、「原子力発電施設等の周辺地域の住民に対する原子力発電等に関する知識の普及及び安全確保のため地方公共団体が実施する広報等に関する事業」に対して交付されていた。まさに〝原発PR看板〟だった。

 原発事故後、大沼さんは〝負の遺産〟として現場保存を求めたが、双葉町は「錆びついていて危険」などと撤去を決定。2015年12月に取り外した。

大沼さんは自身のアパートに垂れ幕をかけ、現場保存を訴えた。双葉町には自費で買い取るとも申し出たが断られた=2015年12月撮影

【町長「撤去は事故を防ぐため」】


 「『原子力』という言葉から始まる原発推進の標語を考えなさい」

 双葉北小学校で宿題が出された。当時、東電社員が定期的に来校し、原発の安全性を〝授業〟していた。「つくば万博」に胸躍らせた大沼少年は、原発が明るい未来をもたらしてくれると考えた。5年前のインタビューでは「原発のおかげで、双葉町がいわき市のように発展するイメージがあったんですよね」と話している。

 281点の中から優秀賞に選ばれ、当時の町長から表彰された。うれしかった。誇らしかった。だが2011年、「明るい未来」をもたらすはずの原発が事故を起こした。双葉町にも放射性物質が降り注ぎ、避難を余儀なくされた。看板の写真がネットなどで拡散されるたびに胸が痛んだ。考案した過去を伏せておく事も出来たが、「間違いを認めよう。間違いは自分にしか訂正できない。落とし前をつけよう」と名乗り出た。大小にかかわらず、メディアには顔も名前も出した。その矢先の撤去話だった。

 大沼さんは夫妻で伊澤史朗町長と話し合ったが、撤去方針は変わらなかった。現場保存を求める署名は6500筆を超えたが、それも無視された。伊澤町長は撤去工事の初日、「双葉町が復興した時にあらためて復元、展示を考えている」との短いコメントを発表しただけで現場には顔を出さなかった。

 今月14日、JR常磐線全線再開にあたって「特急列車出迎え式」に出席するため双葉駅を訪れた伊澤町長は、筆者の取材に応じ「橋脚部分が腐食して錆びていて安全性の問題があった。事故や落下が想定されるという事で取り壊させてもらった。ただ、看板そのものは現在は県の美術館で預かってもらっている。あのイメージをどうこうしたいという事では無い。現場保存が彼(大沼さん)の想いだろうが、町としてはもし事故が起きたら責任問題になる。事故を未然に防ぐのもわれわれの責任だ」と話した。

アーカイブ施設「東日本大震災・原子力災害伝承館」の完成予想図。原発PR看板は玄関先の目立つ場所で展示しても良いくらいだが、常設展示はされないという

【大沼さん「後世に伝えるべき」】


 「伝承館」での常設展示が叶わず、大沼さんは「残念ですが予想していました」と肩を落とした。

 「原発避難先で生まれた長男は今年9歳、次男は7歳です。事故後に生まれた子ども達に、私の人生や故郷をどう伝えれば良いのでしょうか。町は事故後に一転して看板を邪魔物扱いし、表彰した私まで邪魔者のような扱いをしました。本当に立場がありません」

 原子力に明るい未来を夢想し、裏切られた大沼さんだからこそ、悔しさもまた大きい。

 「原発と歩んだ結果、町が財政難に陥りました。財政難に苦しむ町は原発推進にさらに大きく舵を切る決意を形にしようと標語を公募し、PR看板を立てたのです。その看板の標語に選ばれた1人が私。表彰から23年後に、信じてきた原発が事故を起こして双葉町で過ごす未来を奪われたのもまた、私なんです」

 もし撤去が原発事故前だったら、大沼さんは反対しなかったという。だが事故を経験し、現場保存を強く求めた。

 「原発PR看板こそ、愚かな幻の夢を見た町民たちの無念の象徴、町の歴史として後世に伝えるべきだと考えました。看板があると格好悪いとか、みっともないとか言うかもしれません。でも、恥もかかない、失敗もしないで大人になる人はいないですよね。失敗こそ得るものが大きいと思いますよ。しかし、町は大事故をきちんと伝えようとしていません。今、私に出来る事は原発事故をありのまま後世に伝える事だと思っています。看板一つすら展示できないのなら、〝正直ではない社会〟が正しいと考える人が増えてしまいます。私は子どもたちに『都合の悪い事は無かった事にしなさい』などと教えなければいけないのでしょうか」

 看板の撤去工事が始まった時、大沼さん夫妻は「撤去が復興?」、「過去は消せず」と掲げて抗議した。「あの時の気持ちは今も変わりません」と振り返る大沼さんは「小さな看板と引き換えに、福島県や双葉町は愚かな人間の本性と運命を共にしてしまう気がしてなりません」と話した。

(了)

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