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フランス人がいくら電車が止まっても駅員を怒らないワケ

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■クラスに「問題箱」と「いいこと箱」を設置

また今年は新たな試みとして、道徳の時間にダンボールで二つの箱を作り、設置した。一つは「問題箱」、もう一つは「いいこと箱」。生徒間だけで解決できない、みんなで話し合う必要があると考える問題と、みんなで分かち合いたいいいニュースを、匿名で入れられる箱だ。

「設置してすぐ、問題箱の方に10枚くらい紙が入っていたんです。うわ、こんなにあるのか……と驚いたんですが、3日経ったら、その紙が3通に減っていた。それをクラスで話したら、放課後に数人が私のところに来て言ったんです。『紙に書いて入れてみたら、本当にクラスみんなに言いたいことかな、って思って。それでもう一回本人同士で話したら、解決できちゃったの。だから紙を抜き取りました』って」

これがまさに、道徳の学びなんですよ! と、先生は誇らしげだ。

「いいこと箱の方にも数枚入っていましたね。クラスには問題だけじゃない。いいニュースをシェアする楽しさも必要と思っています」

道徳の時間に作った「問題箱」(左)と「いいこと箱」(右)
道徳の時間に作った「問題箱」(左)と「いいこと箱」(右) - 画像提供=マルレーヌ・アントニオ先生

■先生は答えを与えず、子ども同士で議論させる

授業の教材にはビデオも使う。先生が活用するのは、<君がもし、私の立場だったら>という短編ドラマのシリーズだ。

シリーズの一つに、車椅子の生徒を主人公にしたものがある。昼休みの校庭、車椅子の生徒に別の生徒が近寄って言う。「車椅子だと走れないから、僕が押して走ってあげる。速く走ると、気持ちいいから!」車椅子の生徒が同意し、二人で楽しく校庭を走り回っていると、別の生徒がやってくる。「そんなことしたら危ないよ!」と叫んで遊びを止め、車椅子の生徒のカバンを「持ってあげるね」と奪い取り、動画は終わる。

ビデオ上映の後は挙手式で、自由討論をさせる。やはり危ないからダメだ。当人同士がいいならいいだろう。速すぎなければいいのではないか……と飛び交う。そこで重要なのは、視点の異なる意見が出ることだ、と先生は言う。

「前回の上映では、『私は最後、カバンを奪ったのが気になった』と言った生徒がいます。車椅子の子もカバンは自分で持てるでしょう? なぜあんなことをするの? と。あれはよかったですね」

修正手順を実行する前に車椅子の立っています。
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/apeyron

そこから、議論は障がい者の自立について広がっていったそうだ。

「私は進行役ですので、答えを与えません。障がい者の権利に関する知識を補完したりはしますが、生徒同士の意見交換が大切なんです。生徒たちが『市民』になっていくには、自分自身で考えねばなりませんからね」

■「けんかを促す子」に先生がかけた言葉

基本は生徒の意見交換を尊重するが、やはり介入が必要なときもあると、アントニオ先生は別の例を出した。クラスで実際に起こった出来事だ。

男子二人がけんかを始めた時、周囲の生徒がやめさせようとする中、逆に周囲をいさめ、けんかを続けさせようとした生徒がいた。一対一の勝負に他人は入ってはいけない、本人同士で解決させろ、と。

「普段とても真面目でまっすぐな子なので、驚きました。とりあえずけんかを止め、放課後、その子と個人面談をしました。すると『僕の周りの大人はみんなそうしてる』と言うんです。少し荒っぽい界隈に住む子で、日常的に目にしている光景がそれだったんですね。彼は自分の生きている社会をそのまま、クラスに持ってきた。まさに、学校は社会の縮図なんです」

先生はこの話を、暴力の観点から解きほぐしたそうだ。暴力は犯罪であり、人は殴り合わなくても話ができる。そのためには周囲の助けが必要なこともある。相手がナイフなどの武器を持っていたらどうする? どちらかに重大事が起きてからでは遅いのだ……。

「彼は黙って聞き、うなずいていました。納得したかどうかは分かりません。時間をかけて見ていくしかない。評価なら『獲得中』の段階ですね」

生徒たちとの個人面談で必要を感じた際、先生は必ず記録を残す。そして生徒本人にも、記載内容を確認させる。のちに事態が悪化して、家族面談を行うこともあるためだ。

「どの親御さんでも『うちの子に限って』と思う、それが当然の反応です。その時に記録を出して、生徒本人と確認した旨を伝えます。そして断固として、かつオープンに、親御さんと今後について話し合う。学校と家庭が協働できれば、どんな問題も解決できます。そうでない時は……本当に、難しいです」

道徳の授業が、進級や留年の判断材料になることはない。しかしこの授業で養うべき能力が身につかず、学校で問題を起こし、家庭の協力も得られない最悪のケースでは、転校に至ることもある。

「その意味では、道徳の学びは成績表の評価以上に、重要なんです」

■「子どもたちを取りこぼさない」国の意思

フランスの学校における道徳教育の詳細を見ていくと、長期化したストへの人々の反応も納得がいく。自分と異なる他者を尊重すること、それがフランスという国であること。彼らは学校という社会の縮図で、幼少期から教え込まれているのだ。

「それでも残念ながら、取りこぼされてしまう人はいます」

インタビューの最後に、前述の国家教育省の高官ジェフレイ氏は、固い表情で言った。

「どんな出自の人々でも、この土地に住んでいる長さとは関係なく、フランス国籍を持つ人がフランス人です。法の前では、誰もが平等……ではありますが、成功できない人々もいる。私自身パリの郊外育ちで、この目で見てきました」

社会から阻害される若者は存在し続け、経済面や機会面での格差は依然、大きな問題だ。だからこそ、とジェフレイ氏は、語気を強める。

「だからこそ常に、目標を設定し直す必要がある。取りこぼされた子どもたちを放置しないために、2018年の教育法改正では義務教育開始年齢を3歳に引き下げました。また義務教育終了後の16歳から18歳の若者に、就労していなければ研修・教育の機会を与えることを、自治体の義務としています。この年齢で職も所属もなくドロップアウトしてしまう青年が、7万5000人もいるからです」

前後に計5年間延長された教育の機会でも、最終目標は公教育と同じ「フランス市民を育てること」だ。

「自由・平等・友愛の理想に向かって、私たちはこうして、最前線を更新し続けます。私たちの国はもっと遠くまで、前進できる。そう信じて公務員になり、毎日、仕事をしているんです」

アーチの勝利
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Michael Kulmar

■日本の道徳授業は、子どもたちに何を獲得させたいのか

フランスでストの日々を粛々と乗り切る人々を作ってきたのは、学校での道徳教育。それに携わる行政と教育関係者の強い意志と熱意は、フランスの社会・文化を題材に発信を続けてきた筆者にも、改めて発見だった。

そしてこの記事を送る日本でも、2018年、学校教育における道徳授業に大きな変化があった。「特別な教科 道徳」として、小学校と中学校で教科化されたことは、読者の記憶にも新しいだろう。

その目的や内容は、文科省が公開している教育指導要領と解説書に詳細に説明され、文科省のサイトで誰でも閲覧できる。指導要領の「道徳」のパートは全8ページ分、解説は170ページある。

筆者も、これを機会に参照してみた。当然ではあるが、フランスのそれとは大きな違いがあり、その相違点は興味深いものだった。ぜひ読者の皆さまにもご自身で参照していただきたいが、筆者の印象に残った点を3点、挙げよう。

(1)日本の国について学ぶ項目で、「伝統」「文化」「郷土」「生活」「国を愛する態度」などに力が入れられているが、日本国の「理念」「制度」「権利」「義務」など、国の仕組みに関する記載が少ない。

(2)フランスの道徳授業にはなかった、家族愛を学ばせる項目がある。

(3)数値などによる評価を行わない。指導要領の解説は、その理由をこう説明している。

「道徳科において養うべき道徳性は、児童の人格全体に関わるものであり、数値などによって不用意に評価してはならない」

筆者は教育学の専門家ではなく、ここで両国の道徳教育を比較する意図はない。義務教育は国民教育であり、中でも道徳は「その国にとって、望ましい国民のあり方」を規定するものだから、国によって異なるのは当然のことだ。

フランスのそれは、あらゆる出自の人々が「共和国の市民」となり、共存するための知識と能力の獲得を、明確な狙いとしていた。では日本はどうだろう。子どもたちに何を獲得させることを狙いに、道徳の授業が考えられているのだろうか。

小学生・中学生のお子さんがいるご家庭が、今回の記事をきっかけに、学校の道徳授業についてご興味をお持ちいただけたら、うれしく思う。

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髙崎 順子(たかさき・じゅんこ)

ライター

1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。

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(ライター 髙崎 順子)

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