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フランス人がいくら電車が止まっても駅員を怒らないワケ

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■小学生男子がスラスラと「自由・平等・友愛」を唱える

わが家にはちょうど、現地の小学校に通わせている息子が二人いる。なら彼らも現在進行形でこの授業を受けているはずなので、内容を尋ねてみた。

7歳の次男が出してきたのは、「共和国の理念」「共和国のシンボル」と書かれたプリント。暗記するのが宿題なのだと言いざま、誇らしげに「理念は自由・平等・友愛、シンボルはマリアンヌ!」と唱えた。

横にいた10歳の長男も「僕も今日、道徳の授業があったよ」とノートを持ってくる。フランスで初等教育が無償化されたのは第三共和制、1881年ジュール・フェリー教育大臣の時。無償教育はフランス市民の権利……と、テキストを読み上げた。また別の日には「今日は道徳の時間、先生に褒められた」と話した。

「『校内ハラスメント(いじめ)』の例を言える人は? って聞かれて、手を挙げて発言したんだけど、その時に「ある同級生」と「別の同級生」って言ったんだ。そうしたら先生が、『こういう時、個人の名前を出さないのはとても大切。その人を責めるのが目的ではなく、どうすればいいのかを考えるための時間だからね』って」

ちなみに息子たちは二人とも、優等生タイプではない。お絵かきとサッカーが大好きで、宿題はいつも後回し、石と棒切れを拾わずにはいられないお気楽な小学生だ。

そんな彼らの口から自然と、第三共和制の教育無償化や、個人名保護の重要性が出てくる。フランスの「道徳・公民」教育とは、どんなものなのだろう?

Place de la republique パリ
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/funky-data

■子どもたちを「市民」に育て上げる教育

学校での「道徳・公民」教育の歴史は、1794年、フランス革命直後までさかのぼる。小学校教育に関する法で、読み・書き・算数・地理歴史に並んで、「人権宣言と共和国憲法」「共和国の道徳」を教えることが定められた。

目的は、子どもたちに「フランス共和国」とは何かを教え、その一員である「市民(シトワイヤン)」に育てること。自由・平等・友愛の理念に沿って、自分以外の「市民」との共生を学ばせる。以降、時代に合わせて細部を変えつつも、目的は変わらず、一教科として存続してきた。

大きな変化があったのは2010年代、国内で頻発したイスラム過激派による、テロの脅威が広がった時だ。実行犯や予備軍の多くにフランス育ちの若者たちがいたことを、公教育関係者は重く受け止めた。道徳・公民教育が担うべき「フランス共和国の市民を育てる」ミッションが十分に機能しておらず、共和国の価値を伝えきれていなかった。「市民」になれなかった若者を生み出し、国民の分断を招いてしまったのだ、と。

その反省を込め、2015年の教育法改革で、「道徳・公民」の教育目的がより明確・詳細に定められた。新プログラムの通達文には、「この教科の目的は、児童が社会的・個人的生活において、自分の責任を自覚できるようになること」の主旨が添えられている。

教科の社会的な意義はその後も重視され、2018年には内容の簡素化・明確化を目指した改正とともに、成績表での評価記録が定められた。

■指定教科書はなく、教材はそれぞれの先生が選ぶ

現行の「道徳・公民」の教育指針は、国家教育省のサイトにて紹介されている。内容はとてもシンプルで、この教育を一切受けていない外国人の筆者にも分かりやすいものだ。

エッフェル塔パリ,フランス
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

教科の目標は3つ。「他者を尊重すること」「共和国の価値を獲得し共有すること」「市民としての素養を築くこと」。指定の教科書はなく、教材の選択は各教師に任されている。が、授業の進め方は以下のように定められている。

1.実例を挙げ、分析する

2.それを生徒間で討論・議論させる

3.教師は必要な情報を適宜与えるが、生徒間の意見交換を軸に進める

面白いのは、これらの教育目標に至るために得るべき学びが「connaissance(知識)」と「compétence(能力)」として、「四分野の教養」の枠でリスト化されていることだ。以下、小・中学校のそれを例出しよう。

感受性の教養
・感情や気持ちを識別し、コントロールしつつ、表現する
・自己を肯定しつつ、他者に耳を傾け共感できる
・自分の意見を表明し、他者の意見を尊重できる
・違いを受け入れる
・共同作業ができる
・自己を集団の一員と感じられる

規則と義務の教養
・共有する規則を尊重できる
・民主主義社会において、規則や法に従う理由を理解する
・民主主義社会およびフランス共和国の原則と価値を理解する
・規則とその価値の関係を理解する

判断の教養
・見識に基づく判断力と批判的な熟慮力を養う
・規則と論拠に基づく討論や議論の場で、自分と他者の判断を照合できる
・自己の利益と全体の利益を差別化できる
・「全体の利益」の観点を持つ

約束の教養
・自分が約束したことに責任感を持つ
・他者に対して責任感を持つ
・学校や所属組織内での自己の責任を自覚し受け入れる
・集団生活や環境保全に必要な任務を担い、公の意識を養う
・共同作業の方法を学び、その効能を自分の思考や義務に生かす

(「小学校・中学校における道徳公民教育プログラム」国家教育省・2018年7月26日30番官報より筆者訳)

これらの目標の下にはさらに、学年ごとの発達に従って考慮された小目標が設定されている。国語や算数と同じく、筆記課題もある。そして学年末には成績表で、それぞれの知識・能力を「獲得した・獲得途中・未獲得」の3段階で評価する、という仕組みだ。

■道徳の「能力」はどうやって評価するのか

道徳の授業の学習目標を「知識」と「能力」の切り口でリストアップし、その獲得を評価する。意図は明快だが、実際、それは可能なのだろうか?

フランス国家教育省のエドゥアール・ジェフレイ氏
フランス国家教育省のエドゥアール・ジェフレイ氏 - 撮影=Philippe DEVERNAY

「獲得したかどうかをイエス・ノーの二択で判断するのではなく、段階として評価するのであれば、可能です」

そう答えたのは、フランス国家教育省の学校教育責任者、エドゥアール・ジェフレイ氏。国家教育省大臣に次ぐナンバーツーのポジションに、42歳の若さで就任した俊英官僚だ。教科の詳細や重要性を、資料を見ることもなく、スラスラと応答する。

「知識の評価は単純です。共和国理念や国の仕組みなど『知っているかどうか』を、テストで確認できます。能力の評価はより注意が必要で、学校には『寄り添い、励ます』という姿勢が求められます」

目的は「能力を獲得させること」で、出来・不出来を断ずることではないからだ。それを成績表に評価として記すのは、各児童の成長の目安を家庭と共有するため。フランスは小学校から留年する制度があるが、道徳・公民の評価は、進級の判断材料としては用いないという。

■読み・書き・計算と同じくらい大切な教育

この授業で獲得すべき能力を説明する際、ジェフレイ氏は「社会性の能力」と言い換えた。指導方針にリスト化された項目はすべて、「感情をコントロールし、共同体で生きる」ために必須のものだから、と。

なぜそれを、学校で教えるのか。筆者が向けた問いには、「それが、フランスの国家と国民の契約だから」と即答した。

「フランスは、対等な主権者である市民一人一人が集う共和国です。自由・平等・友愛の理念を実践するためにはまず、自分と異なる他者を、対等に尊重できなければなりません。私たちの社会はその尊重なしには成立しない。それができるよう子どもたちを教育するのは、国の役目なんです」

フランス共和国という国をともに作っていく市民を育てる。それが公教育の最終目標なのだ。

「教科として、道徳の学習時間は多くありません。小学校授業の週24時間のうち、フランス語は週8時間、算数は週5時間、道徳は1時間です。しかし学校教育における重要度としては、読み・書き・計算・他者の尊重の四つが、同等で並んでいると言えます」

■クラスの雰囲気作りも「道徳の授業」といえる

「道徳の授業はとても重要。実際、週1時間では、足りないと感じますね」

パリ郊外の小学校で5年生を教える、マルレーヌ・アントニオ先生
パリ郊外の小学校で5年生を教える、マルレーヌ・アントニオ先生 - 撮影=髙崎順子

そう語るのは、パリ郊外の小学校で5年生を担任するマルレーヌ・アントニオ先生。道徳授業の目的を尋ねると、国家教育省トップのジェフレイ氏と同じ内容を、別の表現で答えた。

「子どもたちがいつか、市民として独り立ちできるように。一人一人異なる全員が、『私はここにいる』と言いながら、みんなと共にいられることです。学校も、毎日の授業も、そのためにあるんですから」

それに、とアントニオ先生は続ける。

「道徳の授業の成果は、クラスの雰囲気に出るんです。だから私は逆に、クラスの雰囲気作りも、道徳の授業の一環として考えています」

たとえば新学期のはじめ、アントニオ先生は『クラスのルール』を紙に書き、教室に張り出す。そのルールは道徳の学習目標に呼応するものだ。発言の際は手を挙げる。他者の発言を遮らず、最後まで聞く。怒りを暴力にしてぶつけない……そしてクラスでいさかいや問題があったときには、その紙を示して生徒たちに読ませる。

「私個人の意見ではない。この場みんなのルールなのだ、と確認します。書いて貼るのが大事なんです」

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