



日本はOECD加盟国15か中でワースト1の7時間22分だ。下から2番目は韓国の7時間51分で、次いでメキシコの7時間59分。10か国が8時間台で、中国は9時間2分、南アフリカが1位で9時間13分となっている。そうした中で、アメリカの名門スタンフォード大学式の睡眠術を日本に伝えたのが、同大医学部精神科教授の西野清治氏だ。睡眠不足が起こす危険や快適な入眠の実現方法について、西野氏が解説する。
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日本語での初著書『スタンフォード式 最高の睡眠』を2017年に出版し、反響の大きさに最も驚いたのが私自身でした。この本では「睡眠負債」の実態と対策を医学的・科学的エビデンスに基づいて書きましたが、30万部を超え、「睡眠負債」がこの年の新語・流行語大賞のトップテンに選ばれるなど、日本の人々の睡眠に対する関心の高さや悩みの大きさを実感することができました。世界一の睡眠負債国である日本のために書いてよかった、と嬉しく思います。
「睡眠負債」とは睡眠が足りないことによって深刻なマイナス要因が積み重なること、つまり「眠りの借金」です。睡眠不足がたまって負債が膨らんでいくと簡単に返済できなくなり、脳にも体にもダメージを与え、疾患リスクも高めます。日本人には睡眠時間が6時間未満の人が約40%もいるとされ、睡眠負債を抱える人は他国と比べて多いという統計もあります。睡眠時間を増やすのは現代人にはなかなか難しく、いかに睡眠の質を高めるかが重要になってきます。
私が30年以上にわたり籍を置くスタンフォード大学睡眠 研究所は“世界一の睡眠研究所”と呼ばれています。実は睡眠医学・研究の歴史は浅く、1953年にレム睡眠が発見されたのを契機に本格的に始まりました。このレム睡眠の発見者の一人であり、同研究所初代所長、私の恩師でもあるウィリアム・C・デメント教授は、「睡眠負債」(sleep debt)を提唱した睡眠研究の第一人者です。
世界の睡眠研究はスタンフォードから始まったと言ってもよいでしょう。研究所が蓄積したエビデンスを元に「最高の睡眠法」を日本の皆さんに伝えるのは、私の使命だと考えています。
「最高の睡眠」とは、脳と体と精神を最高のコンディションに整える質の高い睡眠を指します。結論を言えば、「最高の睡眠」は眠り始めの90分で決まります。私は「黄金の90分」と呼んでおり、この最初の90分をいかに深く眠るかが極めて重要です。
最初に深い睡眠を確保できれば、その後の睡眠リズムが整いやすいことは判明しており、黄金の90分の質を高めれば、自律神経も整い、すっきりとした朝を迎えられます。成長ホルモンが最も多く(70~80%)分泌されるのも、この最初のノンレム睡眠が訪れる90分。逆に最初の90分の睡眠の質が悪かったり、外部から阻害されて崩れれば、何時間寝ようと、残りの睡眠も乱れ、目覚めの良い朝を迎えることができません。
しかしながら、寝つきが悪いと悩む人は多いでしょう。そこで実践してほしいのが、「体温」と「脳」という眠りのスイッチの操作です。スムーズな入眠の実現には、体の内部の温度(深部体温)と手足の温度(皮膚温度)の差が縮まっていることがカギを握ります。この差が縮まり深部体温が下降する時に入眠しやすくなるのです。
入眠時に皮膚温度を上げて熱放散し、深部体温を下げるのに、特に効果的なのが就寝90分前の入浴です。深部体温は上がった分だけ大きく下がろうとする性質を持つので、入浴で深部体温を一時的に上げて急降下させると熟睡につながります。足湯も効果的。深部体温を下げる「冷やしトマト」を夕食時に食べるのも一案です。就寝前、脳を刺激するスマートフォンやパソコンを操作するのは避けましょう。
睡眠については謎が多く、まだ5%もわかっていないというのが実感です。睡眠は個人差も大きいので、様々なことを試し、自分の睡眠にとってよかったことを習慣化するとよいでしょう。
【プロフィール】にしの・せいじ/1955年生まれ。医学博士。1987年、大阪医科大学大学院からスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所に留学。突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぎ、グループの中心としてヒトのナルコレプシーの主たる発生メカニズムを突き止めた。2019年、脱・睡眠負債を掲げ、睡眠情報発信などを展開する(株)ブレインスリープを設立。『スタンフォード大学教授が教える 熟睡の習慣』 (PHP新書)などの著書もあり、最新刊は『睡眠障害 現代の国民病を科学の力で克服する』(角川新書)
※週刊ポスト2020年3月20日号