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「第2次難民危機」招くトルコ「国境開放」をEUは抑え込めるか - 熊谷徹

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「脅迫には屈しない」

 トルコの「独裁者」が強硬手段に出た背景には、国内での支持率の低下もある。トルコの世論調査機関「メトロポール」によると、トルコ軍のシリア侵攻前には、エルドアン大統領の政策に不満を持つ回答者は35%だったが、侵攻後には52%に上昇している。

 36人もの兵士を一度に失ったことで、大統領のシリア侵攻作戦についての国民の不満がさらに高まる可能性がある。こうした難局を打開するために、彼は難民を将棋の駒のように使ってEUに圧力をかけ、資金援助か軍事支援を引き出そうと目論んでいる。「おれの要求を受け入れなければ、もっと難民をEUに送り込んで混乱を生じさせるぞ」というわけだ。

 だがEU側は、エルドアン大統領の要求を頑としてはねつけた。メルケル首相は3月2日、

「エルドアン大統領が難民をギリシャとの国境地帯へ移動させ、難民をシリアでの問題解決に使おうとしていることは、受け入れ難い行為だ。トルコは難民たちを袋小路に追い込んだ」

 と強く批判した。

 ウルズラ・フォン・デア・ライエンEU欧州委員会委員長も、

「トルコが数百万人のシリア難民を抱えて難しい状況にあることは、理解できる。このため、我々はトルコと話し合いをする用意がある。しかし現在トルコ・ギリシャ国境で起きていることは、事態の解決にはならない」

 と釘を刺した。

 またギリシャのキリアコス・ミツォタキス首相は、

「EUの結束を揺るがそうと試みる者は、失望するだけだろう。欧州は、恐喝には屈しない」

 と強い言葉でトルコの姿勢を批判している。

 ここでトルコに対してEUが譲歩した場合、将来もエルドアン大統領の「難民カード」によって「恐喝」される危険がある。EUは悪しき前例を作らないためにも、あらゆる手を使って、難民の流入を防ごうとするだろう。その意味でトルコ・ギリシャ国境での事態の今後の展開は、欧州全体の政局に大きな影響を与えることは間違いない。

新型コロナとのダブルパンチ

「第2次難民危機」は、現在、新型コロナウイルス対策と並んで、ドイツ政府にとって最も重要な課題となった。

 ドイツは来年秋に連邦議会選挙を控えている。AfDはこの機を捉え、旧東ドイツだけではなく、旧西ドイツでも得票率を増やすことを目指している。このため「キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)」など中道保守政党では、

「2015年の難民危機のような事態は絶対に繰り返してはならない」

 という意見が強まっているという。ホルスト・ゼーホーファー内務大臣(CSU)が3月3日に、

「万一EUの外縁(ギリシャ国境)が突破された場合、ドイツ政府は自国の国境で難民の入国を阻止する」

 と強硬な発言を行ったのは、保守層の不安の表れだ。

 このような動きに対し、3月1日、リベラル左派政党「緑の党」のアンナレーナ・ベアボック共同党首は、

「EUはトルコと新たな難民協定を締結し、ギリシャに入国する難民を加盟国の間で配分して受け入れるべきだ」

 と述べ、ドイツを含むEU加盟国が難民を受け入れるべきだという見解を打ち出した。これは2015年のメルケル首相の政策に近い。

 だが多くのEU加盟国、特にハンガリーやポーランドなど中東欧諸国は、これまでも難民の受け入れに強く抵抗してきた。今回の危機で、EU各国間でシリア難民をすんなりと配分できる可能性は極めて低い。しかも欧州では、イタリアを中心として新型コロナウイルスの感染者数が急増しており、いわばダブルパンチに襲われている。新たな難民受け入れどころではないという国がほとんどだ。

 現在のところドイツでは緑の党への支持率がCDU・CSUに次いで2番目に高くなっており、来年の総選挙で緑の党の連立政権入りは確実と予想されている。だが、難民問題をめぐる議論で、緑の党が人道的な理由から難民受け入れを強く要求した場合、市民の間で反発が強まり、支持率は減るだろう。それほどまでにドイツでは「難民危機の再来はもうこりごり」という雰囲気が強いのだ。

 いずれにせよEUは、トルコの協力なしには、第2次難民危機のエスカレートを防ぐことはできない。その意味でエルドアン大統領を早急に交渉のテーブルにつかせ、国境開放宣言を撤回させる必要がある。

 EUはアメとムチの両方を駆使しながら、シリアの袋小路で苦しむ「独裁者」の説得に成功するだろうか。

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