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相模原事件裁判から何が見えるか - 西角純志 / 社会学・社会思想史

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1.匿名裁判

障害者殺傷事件の裁判がはじまった。この裁判は、2016年7月26日未明、神奈川県相模原市にある知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、入所者など45人が次々に刃物で刺され、入所者19人死亡、職員を含む26人が重軽傷を負った事件の裁判員裁判である。

公判では、今までほとんど語られなかった小中学校・高校、大学時代の友人・知人、元交際相手、当日勤務の職員の証言、風俗店の女性従業員の調書、理髪店、心理カウンセラーなどの証言が次々と証拠として読まれ、事件当時の全容がほぼ明らかにされた。

今回の裁判員裁判は、異例の「匿名審理」である。この事件では、事件当初から「犠牲者は障害者だから」「遺族の意向」と称して警察当局は犠牲者の性別と年齢しか公表しなかった。警察による「匿名発表」、メディアによる「匿名報道」そして、裁判においても「匿名審理」である。公判では、犠牲者「甲」、被害者「乙」、職員「丙」の3グループに分けられアルファベットが割り当てられている。

何故、そうなるのか。司法の説明によると「被害者特定事項秘匿制度」があるからである。「被害者特定事項秘匿制度」とは、2007年の改正刑事訴訟法で新設された。性犯罪被害者の保護を目的とするが、「被害者や遺族の名誉または社会生活の平穏が著しく害される怖れのある事件」も適用されている。つまり、「氏名及び住所その他の当該事件の被害者を特定させることとなる事項」(刑事訴訟法290条の2第2項)である。

法廷内のモニターは被害者家族や被告、裁判員には見えるものの、傍聴人にはみえない。傍聴席には、白い遮蔽板(パーテーション)が設けられ、証言台も証人や遺族や被害者家族が希望する場合には遮蔽の措置がとられ、被告や傍聴人から見えないようになっている。出入口も他の傍聴者と分けられている。裁判所までの移動も地検のバスを使い、一般傍聴者や報道関係者らと接触しないようにする配慮がされている。これは、刑事訴訟法157条の3に基づくものである。

「秘匿」は、被害者の申し出により裁判所が判断する。最高裁の統計によると、2009~2018年に秘匿が認められた被害者は3万8929人。一方で、秘匿が認められなかったのは562人である。今回の事件でも、大半が匿名を希望し、横浜地裁は「秘匿」を決定したのだ。遮蔽板の向こう側には何が見えるのか。大勢の被害者家族が席についていることを想像する。関係者によれば、初公判は28人であったが、第4回の遺族調書では3家族5人、第5回の証人尋問では5家族7人、第8回の被告人質問では3家族6人、第14回の心情意見陳述では11家族12人、第15回の論告求刑では7家族10人、そして第16回の最終弁論は5家族7人である。

初公判時に新たに発表された裁判日程は20日間に及び、遺族らがそのすべてに参加するのは身体的にも精神的にも容易なことではない。検察側の後ろの席には遺族の弁護士が大勢座っている。裁判に参加する遺族は、そのほとんどが弁護士に任せているため、初公判や心情意見陳述、論告求刑を除いては、そう多くはないのである。

裁判所の前には、毎回のようにテレビ局の中継車がいるが、鑑定人尋問の時は一台もいなかった。報道陣には、各局1席が割り当てられているが、それだけでは足りないので傍聴席をも利用することになる。傍聴券を確保するのは至難の業である。津久井やまゆり園職員には、遮蔽板で仕切られた被害者側の特別席が一席割り当てられている。園の職員はローテーションで毎回裁判所に足を運んでいるという。初公判では、26席に対し1944人の希望者が詰めかけ、倍率は約75倍であった。

2.報道が司法を動かす

初公判直前に19歳女性遺族の手記が公表された。何故、このタイミングだったのか。その経緯は、「公判前整理手続き」にまで遡る。公判前整理手続とは、適正迅速でわかりやすい公判審理(刑事裁判)を実現するために、第1回公判期日前に裁判における事件の争点および証拠を整理する準備手続である。裁判員制度に伴い、2005年の刑事訴訟法改訂で導入された。公判を前に、裁判所、検察官、弁護人が、争点を明確にした上で、これを判断するための証拠を厳選し、審理計画を立てることを目的とする手続きである。

こうした「公判前整理手続き」の最中、19歳女性遺族は、昨年2019年11月16日、4枚の写真と成長過程に従った12枚の写真の説明を「上申書」(「写真添付報告書」)として作成して提出したのだ。検察側は直ちにこの証拠請求をした。しかし、弁護側は、「争点ではない」として同意せず、裁判所が説得もしなかったので、12月13日、裁判には証拠として出ないこととなったのである。この「公判前整理手続き」の一連の過程のなかで遺族は、事件直後から付き合いのある代理人弁護士と不和になり、新たな代理人弁護士を選定した。

事件発生の2016年10月16日、園と家族会主催の「お別れ会」が開かれ、男性2人、女性1人の計3人だけは名前も遺影もなかったが、その女性が、実は、甲Aこと美帆さんなのである。被告は、女性が入居する東棟1階「はなホーム」の窓ガラスを割って園に侵入したが、その居室にいて《最初の犠牲者》となったのが、美帆さんだった。この事実に驚かされる。遺族が住所・氏名を出さなかったのは、いわゆる「メディアスクラムが恐ろしかったこと、何より世の中には怖い人がいることを実感し、とても心配だったから」だという。「障害のことを知られたくないから匿名にしたのではない」のである。

遺族は、裁判で被告の責任能力の有無程度とか量刑を定めれば足りるものだとは考えてはいない。被告人の考えそのものを、社会や国においても論ずる契機として克服してほしいと強く念願している。そのため、「甲A」には名前も人生もあるのだということを示す必要があり、何よりも遺族として、美帆さんの「生きた証」を残したく、写真と説明書を公開したのである。遺族は、「裁判員や被告人にも見てもらい、美帆のこと、美帆が一生懸命生きていたことを知ってほしかった」のだ。

代理人弁護士によると「公判前整理手続き」において「フルネイムか匿名か」と問われ「お母さんは名前の『美帆』さんを希望していたが認めないとのことであった」という。すなわち、二者択一を迫られ、名前だけの公表は認められなかった。匿名と称して、記号としてしか扱われていない今回の異例の事態に困惑する。裁判を傍聴しても、年齢も性別さえもわからない。

3.職員の供述調書 第2回公判 

津久井やまゆり園は8つのホームから成り立っている。犯人は東棟1階の「はなホーム」から侵入し、「にじホーム」を経て、西棟の1階の「つばさホーム」、「みのりホーム」へ移動。そして、2階の「いぶきホーム」、「すばるホーム」へと移動しながら各ホームにて犯行に及んでいる。東棟2階の「ゆめホーム」と「のぞみホーム」には立ち入っていない。ここでは、「にじホーム」(女性ホーム)での状況を丙Bさん(女性)の供述調書に基づき再現しておきたい。 

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丙Bさん(女性) 「にじホーム」での状況

7月26日午前2時の見回り終え、支援員室でパソコン作業をしていた。夜間、支援員室には各部屋にスピーカー付きの集音機が入っており、異変があったら聞こえるようになっている。1時50分頃、「はなホーム」のスピーカーから、「キャー!」「ドン!」という声や物音が聞こえた。「だれかが騒いでるのかな」と思い、丙Aさんが「はなホーム」にいるから対応してくれると思った。ただ、利用者が騒いだら職員がなだめる声がするので、声がしないのは変だと思った。もし、丙Aさんが戻ってこなかったりしたら見に行こうと思った。

人の気配を感じ、目をあげると、目の前に帽子、眼鏡、上半身に白か灰色の服をきて、白い大きなカバンを肩にかけた人がいた。私は4月に異動になったりで、他のホームの職員は覚えてない。「この人だれ?男性?女性?利用者が支援員室まで来ちゃったのかな?」と思った。犯人は「指を出せ。親指を出せ」と。私は理解できず「だれですか、なんでそんなことしないといけないんですか」と問うた。男は床か机の上に血のついた包丁と結束バンドを放り投げた。顔に汗、息があがっていることに気が付いた。私は「犯人はもしかしたらはなホームの人を刺したのかもしれない」、と思った。男は「ウエマツだ。はやくして」「はやく出して」とせかした。

私も刺されると思って怖かった。犯人は腕や身体をひっぱり、私の眼鏡が外れ、右目あたりに痛みを感じた。下の前歯はかけていた。「はやくしないと手を切り落とすよ」と強く脅され、本当に怖かった。犯人から結束バンドで手首を縛られた。201号室前へ連れて行かれ、甲Fさんの頭の前に立ち「こいつはしゃべれるのか」と。対話できない方なので「しゃべれません」というと、甲Fさんの首元あたりに刃物を立て続けに3回。甲Fさんは、「ウー」とうめき声。現実のことがわからず、「今刺したんだよね」、「ウン、刺した」と。あまりに残酷で、涙が出てきて息をするのも苦しく「もうやめて」といった。甲Gさんのところへ、ベッドで仰向けになっていて「こいつしゃべれるのか」と問う。「しゃべれない」というと殺されると思い「しゃべれる」と答えた。男はいったん部屋を出ようとして「しゃべれないじゃん」といって刺した。私は「やめてください、なんでこんなことするんですか。あなたはだれですか」と言った。   

犯人は強引に隣の202号室へ移動した。「しゃべれるのか、しゃべれないのか」と、また聞いた。「しゃべれない」と答えると殺されると思い、「しゃべれます」と嘘をついた。強引に私の手や腕を取り203号室を素通りして、204号室へ。その間、「宇宙からきたウエマツだ。お前と同じ、ここの職員だった。こんな奴らは生きている意味がないんだ」と言っていた。甲Hさんのこと指して「しゃべれるのか」と問うた。甲Hさん守るため「しゃべれます」と答えた。しかし犯人「こいつはしゃべれないじゃん」と、首のあたりを刃物でさした。「ウッ」という声がした。私は犯人に、「なにものなのか、どうして利用者さんを殺すのか」と訊ねたり、刺すのをやめてほしいと訴えたが聞き入れなかった。

物音で、起きた利用者が身体を起こした。男はなにもせず、部屋を出た。私は「まだ夜だから寝てて下さい」と話しかけた。206号室へ。犯人は扉を開けて、「しゃべれるのか、しゃべれないのか」と聞いた。甲Iさん、甲Jさんはいずれも会話できないが、「しゃべれる、しゃべれる」と嘘をついた。すると男はいったん出ようとしたが、身体を起こした甲Iさんを見て、「しゃべれないじゃん」と言った。私は足元に視線をおとし、甲Iさんが刺されるところを見なかった。声なども聞こえなかった。その後甲Iさんは布団に倒れており、首元のパジャマに血がにじんでいた。男は甲Jさんを襲った。パジャマの首元辺りに血がにじんでいた。私はその間も、「やめてください。どうしてこんなことするのか」と泣き叫びんだが、犯人は無視した。

207号室へ。入所者が目を覚まして起き上がり、こちらをみた。犯人は「こいつめんどくさい」と言った。この人は、しゃべることができない。なぜ面倒だといったのかわからない。泣き叫んでいた私に犯人は、「お前、面倒くさい。ここにいて」と言った。カバンをガサガサしていたと思う。202号室へ行った。私に「しゃべれるのか、しゃべれないのか」と聞いた。単語発話しかできないが「しゃべれます」と答えた。

利用者が上半身を起こしたが立ち去った。211号室へ行った。「しゃべれるのか、しゃべれないのか」と聞いた。乙Cさんともう一人はいずれも会話できなかったが、私は「しゃべれます」と嘘をついた。いったん出ようとしたがうつ伏せで寝ていた乙Cさんの顔をみて「こいつしゃべれないだろう」と言って刺した。「隣(210号室)の奴は。その隣(209号室、208号室)は?」と聞くので、泣きわめきながら「みんなしゃべれます」と答えた。「お前は面倒なやつだな。お前はおびえすぎだ。俺も緊張している」といって結束バンドで縛り付けられた。

犯人は泣いていた私に「お前は殺さないから」と言った。口元と後頭部にガムテープを貼り、「苦しくなったら鼻で大きく息をすえ」と。犯人がいなくなった後、ガムテープを外した。通報するため支援員室に行こうとしたが、ここで、犯人が支援員室にいるいかもしれないと思った。トイレの窓から外へ出ようとした。しかし途中で見つかり、「なにやってるんだ。なんでとれたの、ハサミでも持ってるの」と聞くので「持ってない」と答えた。すると男は少し笑いながら「よくとれたね」と言った。私は通報しようとしているのがバレタと怯えた。刺した光景が頭から離れず、吐き気したので、「吐き気がするのでトイレに行きたい」と言った。

男は私を205号室の前のトイレに連れて行った。私は一番端のトイレの個室の便器に頭をつけて吐こうとしたが何も吐けなかった。男に左腕を掴まれ、また、結束バンドで縛られた。犯人は私に「朝になったら大騒ぎだろう。お前、朝までここにいろ。鍵貸せ」と言った。そのまま私は、2時40分、3時19分の時刻を確認したことは覚えている。3時19分を確認した後、つばさホーム職員の丙Cさんが「もう大丈夫、犯人もつかまってる」と声をかけてくれた。廊下を這いながら、201号室の甲Fさんの顔を触るとすでに冷たくなっていた。涙がでてきた。声がでなかった。204号室の甲Hさんを触ると、冷たくなりかけていた。

職員の供述調書から緊迫・切迫した状況が浮かび上がってくる。とてもショッキングな生々しいやりとりである。「しゃべれるか、しゃべれないか」、職員の供述調書ではこの連続である。そして、「しゃべれない」と分かれば殺害の対象とされる。一見すると単なる殺人のように聞こえるかもしれない。犠牲者や遺族は被告とまったくと言ってよいほど、面識もない上に、被告自身、彼らに憎悪も怨恨もない。問題は、被告自身が生の選別をし、生命を管理・運営しようとしていることである。

しかもその手段と方法があまりにも残虐極まりない。犯行後は、血の海を想像するが、被告は「血の匂いはない」とも述べている。被告がこうした犯行に手を染めようとしたきっかけは、「措置入院」の経験にある。衆院議長に手紙をもっていき、重度障害者の安楽死を提案するも認められず、措置入院となった。いわば、被告本人も「心失者」の対象とさせられたのである。被告は措置入院させられるとまでは想像していなかったようだが、措置入院が国による回答であったのだ。

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