
「オタク」という用語が定着して久しい。当初は影のあるネガティブな印象が濃かったが、ポップカルチャーを支えるファン層へとプラスのイメージに反転した。それはオタク領域がニッチなサブ文化からマスの主流文化へと成長し、趣味の領域がビジネスや産業を形成するパワーへと転換したことをも意味する。
本書はDeNA、バンダイナムコなどを経てブシロード執行役員を務める筆者が、マンガ、アニメ、ゲームから音楽、そしてプロレスに至るまで、オタク文化の生産と消費がいかに拡大し、変化し、グローバル化してきたかを、豊富な事例やデータをもとに解き明かす。
そしてその成功戦略がオタク産業にとどまらず、製造業など他の産業にも応用できる共通の原理を持つことを示唆する。コンテンツ産業は十数兆円市場だが、GDP500兆円に広がる希望を抱かせる。
○2.5次元展開
オタク産業の成功例として強調されるのが「2.5次元」展開だ。2次元=バーチャルのアニメやゲームなどのコンテンツやキャラクターと、3次元=現実のタレントによるライブ興行など複数のメディアを同時多発的に巻き込む戦略だ。
ポケモン、ドラゴンボール、新日本プロレス。本書が事例として挙げ、米国で市場を築いたオタク文化商品はいずれも、デジタルによるコンテンツとライブとを組み合わせ、グローバル展開を進めたものだ。
コンテンツ産業は波動的に成長してきた。60年代からの日本アニメの産業化、80年代からのゲームの世界的寡占、90年代のアニメイベント展開、2000年代のマンガ・アニメの海賊版浸透、2010年代の動画配信ビジネス。
そこに2010年代におけるソーシャル化が加わった。つまり「イベントとSNSを通じてコミュニティ化された友人同士が動画配信でトレンドを共有、キャラ商品のeコマース展開などで共有する時代」となることで、人気が拡大・定着したという見方だ。
○産業成長の背景
オタク産業は複合的な要因で成長してきた、と本書は見る。
まずコスト構造。マンガは米国に比べ1/10の価格のものを3倍のスピードで提供する圧倒的な価格優位性・生産体制を有した。高品質な工業製品を安価に提供する日本的な生産装置がコンテンツにも適用された。
ただ、家電などの産業とは異なり、国家や財閥とも対極にあるベンチャーから立ち上がったニッチな産業であった点が重要だ。
そこに高度で大量の人材が投入された。「2000年以前、起業家精神の高い人材のほとんどが小説家、漫画家、映画・アニメ監督、ゲームクリエイターになった。」マンガ雑誌やTVアニメ、コンソールゲームがその受け皿だった。
連携もポイントだ。ディズニーやタイム・ワーナーなどのメディア巨人による資本力でのコンテンツ制作と異なり、資本関係にない企業群が現場重視のボトムアップで歩調を合わせ作品を創っていく。
そして自由。アニメは海外にみられる表現の制約がなかった。「アングラ文化として自由に発展させてきた」。
消費構造も重要だ。大人と子供の文化的な線引きも緩く、大量の雑誌が流通し、「大人向けアニメという発明品」が誕生して、大人から子供まで消費する。
こうした特殊な生産・消費構造が日本をオタク産業の本場にしたとする筆者の横断的な視点に同意する。