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防災が、人と企業、そして社会を強くする――大災害から立ち上がり、歩きだすための「知識の備え」 - 岡本正×蛭間芳樹

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東日本大震災から9年。その後も日本列島は台風、大雨、土砂崩れなど、いくつもの記録的な自然災害に見舞われてきた。人々の防災意識もこれまでになく高まっており、国や企業にとっても、災害による被害や影響を最小限にとどめるための基盤整備が喫緊の課題となっている。

そこで内閣府防災担当が出した「事業継続ガイドライン 第3版―あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応―(平成25年8月改定)」で提唱されたのが、「BCP」という概念だ。BCPとは「事業継続計画」を意味する。ガイドラインはこれを、「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不測の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」と定義している。

BCM(事業継続マネジメント)ともよばれるこの考え方は、日本のどこでどのような大災害がいつ起こっても不思議ではない昨今にあって、災害に強い日本経済を作り、経済活動を維持して人々の生活を守るためにも、これからの企業にとっては不可欠のマインドだ。このBCP/BCMにとって鍵となるのが、ひとりひとりの「知識の備え」。なかでも重要なのは、災害にあっても被災者を助けてくれる、様々な法律の知識だ。

東日本大震災をきっかけとして「災害復興法学」を立ち上げ、提唱してきた弁護士・法学博士の岡本正(おかもと・ただし)氏は今回、『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』を上梓。同書で岡本氏は、BCP/BCMの前提となるひとりひとりの「知識の備え」の大切さを説く。

そこで本対談では、株式会社日本政策投資銀行でBCM格付主幹をつとめる傍ら、ホームレス・ワールドカップ日本代表「野武士ジャパン」監督をこなすなどユニークな社会活動が注目され、上記「事業継続ガイドライン 第3版」の策定にも携わった蛭間芳樹(ひるま・よしき)氏を迎え、いかにひとりひとりの「知識の備え」が、ひいてはBCP/BCM、そして社会全体のレジリエンス(外からの刺激に対する柔軟性、転じて災害に対する強靭さ)につながるものであるかを、存分に語ってもらった。(構成 / 弘文堂編集部)



はじめに:大災害時にも、被災者を助ける法律や制度がある

蛭間 岡本先生が今までずっと、そしてこの本でも訴えている「知識の備え」というテーマは、本当に大事です。組織や社会の活動のベースは一個人にありますから、自助を高めることが何よりも重要です。しかし、世の中の人が防災自助に関する知識について知らなさすぎる。被災者の救済制度や仕組みは、過去の被災経験を踏まえてそれなりに充実しているわけです。たとえば、この本にも書いてあるような債務整理、ローン減免、公共料金や携帯電話料金の支払い猶予などです。

岡本 日本は災害対応のために「災害対策基本法」をはじめ「災害救助法」「被災者生活再建支援法」「大規模災害復興法」など各フェーズに対応する法令を精緻に用意してきています。ただ、おっしゃる通り、こうした法律を知っている人はとても少ないのです。個人も企業も、物資の備蓄はしても――命は助かるかもしれませんが――それで終わってしまう。その後に個人がどう立ち直るのか、生活を立て直すのかという視点が抜けている。

岡本正氏

蛭間 生活や経済活動の継続、ということですね。何気ない日常でも、「お金」や「法律」を前提に社会は動いているわけです。それらが災害時にどのように使えるのかということは、もっと知っておいてほしいですよね。

岡本 そうなのです。だから、それを知ることが「防災」や「減災」につながるんだということを訴えようとして、今回のお話を書いてみたというわけです。自分たちを助けてくれる知恵というものがある、それが実はこの国がもともと持っている仕組みであったり、あえていえば法律であったりするんだ、というところを言いたいのです。罹災証明や被災者生活再建支援金、被災ローン減免のガイドライン――こうした法律や制度に関する知識を、この本では「知識の備え」と呼んでいるのです。

「知識の備え」こそが生活再建、事業継続につながる

蛭間 私たち(日本政策投資銀行)も、岡本先生から色々と教えていただいて法律的な視点を取り入れ、BCM格付け(後述)の評価シートを少し改善しました。特に、安全配慮関係の義務をきちんと果たしているか――つまり、企業側に融資をする際に、企業がその従業員を含めた一般人の安全を守るために事前にどのような取り組みをしているか――という点などを入れました。

岡本 安全配慮義務とは、企業が顧客や従業員らの命や健康を守らなければならないという義務ですが、それは自然災害によるリスクが発生した場合にも同様に負担すべきものだという視点ですね。私も、東日本大震災における各地の津波被災訴訟を読み解くことで少しでも教訓を残せたらと考えて、研修プログラムを作ったりしました。

蛭間 これは企業にとって、単なる訴訟リスクにとどまる話ではありません。安全配慮義務の必要性と重要性は、人命に直結するものですので、何よりも優先されると思うのです。それから、従業員に対して企業が、彼・彼女らがいざ被災したときにどうすべきかの教育をしているかどうかもポイントです。多くの防災訓練は、初期消火訓練、避難訓練、災害対策本部訓練を行うのですが――それはもちろん大事です――、一方で被災する人というのは確実にいるわけですから、そういう人たちが被災した後どう対応していけばよいのかについて教育をしたり、そうした想像力を持つことが大事です。

蛭間芳樹

岡本 組織としての危機管理マニュアルなどの整備は当然ですが、それを現場の担当者が自分ごととして理解しなければなりません。万が一担当者が不在でも最低限の行動に移れるよう、会社として従業員らをトレーニングする必要があるということですね。

蛭間 あとは災害時のメンタルケアですよね。やはり、大切な人を亡くした方や甚大な被害を被った方に対してどうケアするかといったことは非常に大事なことです。こういうことも、少しずつ私たちの仕事にも取り入れ始めています。BCM格付融資は、そのような企業の防災やBCMの自助努力分を、金融機関の立場からご評価させていただき、ご融資の条件(たとえば金利)を変えていくというソリューションです。

岡本 大災害後に企業を回していく職員の方々が自分たちの力を発揮するために、それぞれの家庭が経済的に立ち直っていく見通しを持ってもらうこと――個人レベルのBCPとも言えましょうか――が必要です。そのための知識を持ってほしい、というのがこの本の趣旨なのです。被災してから支援を探すのでは間に合わないわけです。被災後は情報も氾濫しますし、その時になってすぐにきちんと理解するのは難しい。事前にこそ知識を押さえておくことで、ひとりひとりに情報収集をするためのアンテナが備わっていないといけない、というのが僕の思いです。

蛭間 まったくもって同感ですね。個としての「知識の備え」があって、それが集合知となり、組織の防災やBCP/BCMに反映されるのが理想ですよね。ただ、この分野への教育環境は社会的に脆弱だと思います。学校教育や企業研修でも、ほとんど見かけないテーマです。

岡本 そこで提案したいのは、このような生活再建へ向けた知識の備えの習得を、生涯学習、学校教育、管理職研修のみの場面に限るのではなく、BCP/BCMの一つのポイントにできないか、ということです。従業員なら従業員の全員が一定の知識を持っている状態にしておきたいと思って作ったのが、この本でした。それから、家族や同僚、クライアントにもきちんと説明できるようになっていただきたいのです。「被災しても、せめてこういう制度や手続きがあるから、一緒に頑張っていきましょう」というように人を励ましてエンパワメントしないと、BCP/BCMというものは回らないのではないかと思います。

蛭間 企業であるかどうかを問わず、どんな組織や社会も含めて、活動の原単位は「人」ですからね。そこの安全が担保されずして組織活動の継続はあり得ません。会社自身も「生き物」だし、それを回しているのも人間です。人間がいないと仕方がない、というのは当然の話ではありますが、そこをあまり考えない、ハード面重視の防災――これももちろん大事なのですが――が多すぎると思います。

私たちの顧客でBCP/BCMということで色々と活動をしてきたけれども結局防災に戻ってきた、というケースもありますよ。長い時間軸でのマネジメントで一通りのことをして一段落したあと全体を見たとき、やはり人への防災教育が弱い、ということに気づいたわけです。そして、そこでいう防災教育というのは訓練云々といったような話ではなくて、まさに岡本先生のおっしゃる「知識の備え」、つまり法律や制度を「使う」ための知識だったのです。

防災教育で、制度を使いこなすリテラシーの涵養を

蛭間 生活再建や事業継続にあたっては、やはり「お金」――罹災証明書に基づく各支援制度の利用、あるいは各種減免措置など――の役割は大きいです。この手段や制度を日本の我々は持っているわけですが、「知識の備え」によってこれをもっと使いこなせるようにしなければならなくて、それをやるのは教育です。ただ、先ほども言ったように、防災教育にしても社会制度を使いこなすスキルや、その前提としての情報への感度の涵養といったことを、ほぼやってこなかったんですね。被災することを前提とした防災教育という視点がありませんでした。

岡本 私は、東日本大震災で初めて被災地の現状というのを目の当たりにしたわけですけれども、立ち直るために必要な知恵を学べる素材がほとんどありませんでした。とはいえ、東日本大震災の時点ではまだ、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震などを経験した法律家や社会科学の専門家の方々がご健在で、直接いろいろなことを教えていただくことができました。「こんな制度があって活用できたよ」といったような経験を伝授してもらえたのです。

ところが、もし数十年も経ってしまえば、そういう方々から直接知恵を伝えてもらうことはできません。さらには、東日本大震災を経験した人すらいなくなってしまう。だから、被災してもきちんとそれに対応するための制度があり、それらを改善してきた歴史があるということを伝えないといけない――このことを訴えているのが私の「災害復興法学」なのです。今回のこの本は、その中で特に最低限持っておくべき知識を、30個の話にまとめたものになります。

蛭間 これまでの災害の教訓も踏まえて、防災や生活再建のためのアンテナを張ってほしい、というわけですね。ところで、いまお話をうかがっていて思ったのは、どの分野でも人はやはり公助に頼ってしまう、「最後は国なり行政なりがなんとかしてくれるよね」みたいな考えがありますが、もうすでに公助は限界です。これは防災分野のことだけではなくて、社会保障などでもそうです。公的年金だってもう当てにならないとなっているわけで、そうするとやはり、自分や家族はどうやってきちんと生きていくのか、といったところに責任感を持たないといけないということになる。この本が扱っている内容は、その良いきっかけですよ。

岡本 国も、被災者支援の制度を取りまとめた冊子をすでに作っています。また、被災経験のある自治体では具体的な被災者支援の制度を周知してきた実績もあります。ただ、これらの「生」の素材をそのまま使うだけでは、なかなか全国民の知恵とするための教材としては利用しづらいことは否めません。よりわかりやすい啓発教材が必要だと考えました。

蛭間 いま盛んに教育改革が叫ばれていますが、いっそ日本の教育の教養科目として「防災」を義務教育から入れればよいと思います。ごみ問題、エネルギー、CO2といった環境分野については、教育現場でもすごく盛り上がっているじゃないですか。やはり、世代を超えて学ぶべきテーマとして防災を教育化するべきだと思います。

岡本 少し話は変わりますが、企業の福利厚生としてこういう知識を教育するというのはありうるのでしょうか。

蛭間 それは良いと思います。最近ブームの「健康経営」、これに位置づけられるかもしれませんね。日本のほとんどの健康保険組合の9割が赤字なのです。高齢化や病院へのフリーアクセス、高度医療提供、診療報酬制度など様々な要因が絡み合っていることがこの問題を分かりづらくしていますが、根本原因は、予防医療に対する意識の欠如です。罹患後に病院へ行くという一般的なフロー、メカニズムを変えないと医療システムが財政的に継続しないからこそ、予防医療が叫ばれているわけです。防災も同じで、事後対応より事前対応をしたほうが、総合的な社会費用は低くなるということです。

岡本 制度として事前に用意されているものを使えば、たとえば本来破産しなくて済む人が破産しなくても済むし、企業の従業員ももっと早く職場に復帰しよう、というメンタリティになるというわけですよね。

蛭間 それを事前に知っているのと知らないのとでは、かなり違ってくるはずですよ。

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