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世界市場から見えてくる組織の時代

リーマン・ブラザーズ破綻から端を発した衝撃的な金融危機から5年が経過しようとしているが、危機対策の結果でもある財政拡大策が災いして、主要先進国は厳しい緊縮財政政策の実施を余儀なくされている。そのため世界の金融市場は、依然として大きな不安と緊張感に包まれている。債務削減は遅々として進まず、主要先進国合計の債務残高はGDP比で300%という驚異的な水準で推移している。各国の首脳陣が誤った政策を実施すれば、デフォルトが発生し、たちまちのうちに大不況という悪夢が訪れることになるだろう。

世界経済が金融危機に見舞われる中で、各国中央銀行による大胆な金融緩和措置、バランスシート拡大策などを実施したことにより、枯渇していた資金はリスク資産に適切に流れ始め、短期市場の回復、LIBOR-OISスプレッド、CDSスプレッドは縮小し、金融システムは大幅に改善した。

こうした一連のフローが一時的であったことは、残念ながら周知の事実となってしまった。危機当初は、各国中央銀行による積極的なマネタイゼーションの実施が、市場からも評価されていた。しかしながら、金融危機対策であるバーゼルⅢ、ボルカールールといった金融規制が同時並行で進行していく中で、確実に経済成長は鈍化し、失業率も大幅に上昇している。経済成長を加速させ、小さなコストで、痛みを伴わない債務削減は、もはや不可能である水準まできている。

ここで主要国の状況を簡単に見ていきたい。とりわけユーロ圏で注目を集めているのがスペインである。2011年の財政赤字はGDP比で8.5%にも達し、持続的な財政引き締め政策が必要とされている。先月、スペイン政府は、銀行部門への支援についてEUに金融支援を要請すること表明した。不良債権問題の深刻化から金融不安を抱えるスペインに対する市場の疑心暗鬼は金利に如実に反映され、危険水域と呼ばれる7%を一時大幅に上回り、市場関係者に大きな緊張感をもたらせたのは記憶に新しい。さらに若年層の失業率は社会的な問題であり、2012年2月に発表された25歳以下の失業率は、51.5%と2人に1人以上が失業している状態である。

またイタリアでは長期的なリセッションが続く見込みであり、財政赤字削減計画が予想通り実施される可能性は極めて低い。イタリアは構造的な問題を抱えていて、産業の生産性が低いばかりか、厳しい解雇規制など、労働の分野でも抜本的な改革が求められている。モンティ首相がどこまで市場コンセンサスに合わせて積極的に財政政策を実行できるかが大きな課題といえるだろう。

短期的にはデフォルトの危機さえ孕んでいる両国の国債利回り上昇を押さえ込み、中長期的な成長率をバランスするような財政政策が急務である。このため、ECBは当初予想された両国債の買い入れではなかったが、3年満期の資金を政策金利で無制限に供給するというLTROという政策を実施した。


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(出所:IMF資料より筆者作成)


このような政策は一時的に市場に安心感を与えたものの、主要中銀のバランスシートは肥大化を加速させ、金融システムの不安定性を助長するリスクを上昇させている。


アジア経済も目に見えて減速傾向にあり、中国をはじめとして転換期にさしかかっている。リスク資産に対する需要も低下して、「華麗なるエンジンを積んだ眠れる獅子」とも呼ぶべき中国の経済成長も陰りを見せはじめている。不動産価格はハイスピードで上昇し、政府債務も徐々にではあるが、確実に増加してきている。

これまで金融機関やヘッジファンドでは、高いレバレッジをきかせてバランシートを惜しみなく活用すると同時に、より利回りの高い資産のウエイトを高め、利益追求にひた走ってきた。大手金融機関では大規模な自己勘定取引部門設立やヘッジファンドへの巨額投資を遂行してきた。04年以降、高いレバレッジによる資産運用は、世界中で行なわれ、とりわけ一部の金融機関では、わずか数年の間にレバレッジを2倍以上に引き上げるなど、異常なスピードで資産の拡大を行なってきた。金融機関にとって、これまでヘッジファンドは良い顧客であると同時に、ライバルであり、成功者の天下り先のようなルートでもあったから、「ライフ イズ マネー」というカルチャーに対して、どこか蔑み、また羨望したような風潮が流れたのもこの時が最初で最後かもしれない。

この時はまさに個人の時代であったといえるだろう。企業内部でも結果を残せる個人が尊重され、年齢やタイトルという価値は著しく低下した。上司に媚びへつらう新人社員の姿は目に見えて減少した。ボーナスという形での収益還元も大々的に実施され、起業、デイトレーダー、ヘッジファンド進出といった道は光り輝き、夢見る個人に大きな力を与えていた。


世の中の流れは大きく変わり、金融業界に対する強い不信感や怒りが噴出し、金融規制が求められている。しかし、大規模なレバレッジの解消が短期間の間に実行されれば、総資産の圧縮、すなわち資産の売却が資産価格の急落をもたらすことになり、金融機関のバランスシートは大幅に毀損し、貸し渋り、貸しはがしといった貸し出し圧縮を通じた実態経済の落ち込みを引き起こすことになるだろう。

バランスシート圧縮という大きなうねりは、ヘッジファンド業界にも波及している。ヘッジファンドについては、当局の目をかいくぐり、高いレバレッジでの資産運用を行なうとともに、投資家から高収益の運用を求められ、銀行などと比較して、よりリスクウエイトの高い資産への投資を行ってきたことから、資産規模の圧縮の度合いやレバレッジ比率の低下は相対的に大きなものにならざるを得ない。ヘッジファンドの収益率は07年以降急速に低下しており、多くのヘッジファンドが退出に追い込まれている。07年に60倍を超えていたレバレッジ比率も08年には40倍を切るところまで低下しているし、今後も引き下げは継続することが予想される。

こうした時代において、企業内部では序列が最重要視されることになる。一様にバジェットを達成することが困難になり、不要な部門や個人は退出することを求められることになるからだ。こうした流れの中では優位に立つものに対して、横柄に構えるインセンティブは消滅し、同時に強い個人で生きるチャンスは目減りすることになるだろう。

金融業界で鑑みれば、あえて自己資産を担保に巨額投資を実施するヘッジファンド設立やデイトレードといったリスクも取りづらくなるに違いない。こんな時に、個人、ノマド、ヘッジファンドの時代なんてまことしやかに語る人がでてきているけれど、ちょっと考えてみると簡単だ。きっと組織から退出をせまられて個人にならざるをえなかったから叫んでいるのだろう。はじめは何を血迷ったことを言っているのだろうと怒りもあったけれど、今は悲しみで包まれている。個人?ヘッジファンドが熱い?この暑い日にはもってこいのギャグだった。ありがとう。やれやれ。


参考文献


バーゼルIIIは日本の金融機関をどう変えるか―グローバル金融制度改革の本質 [画像をブログで見る]

ユーロ・リスク (日経プレミアシリーズ) [画像をブログで見る]

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