記事

イラン司令官殺害は「戦争の霧」という「大統領選」の「闇」 - 杉田弘毅

1/2

[画像をブログで見る]

「戦争の霧」(Fog of War)とは、不確かな情報を基に軍司令官が短時間で決断を迫られ、誤った攻撃を始める落し穴にはまる戦争の実相を表現したものだ。

 ドナルド・トランプ米大統領はこの「戦争の霧」に陥ったのか、それとも「霧」を口実にうまく目的を成し遂げたのか。そんな思いを抱かせる情報が飛び込んできた。

 1月3日のイラン革命防衛隊のガセム・ソレイマニ司令官殺害攻撃は、米国とイランが戦争に突入するのではないか、と世界を震撼させたことは記憶に新しい。

 だが、その発端となった昨年12月27日のイラクにある米軍駐留基地への攻撃を行ったのは、米国が断定するイラン系シーア派組織「カタイブ・ヒズボラ」(KH)ではなく、イランと敵対するスンニ派過激派組織「イスラム国」(IS)だった可能性がここにきて浮上しているというのだ。

 そんなことがあるのか、と驚かざるを得ない。米国は「敵」を間違え、報復したというのか。

キルクークにイラン系は足を踏み入れない

 時系列で見てみよう。

 ソレイマニ司令官殺害にエスカレートした事態は、まず12月27日に、イラクにある「K1」と呼ばれるキルクークの米軍駐留基地が攻撃され、米国人軍属1人が死亡したことから始まった。

 昨年6月にイランによって米無人偵察機が撃墜され、9月にはサウジアラビアの石油施設への攻撃で大被害が出ても、トランプ大統領は米国人が犠牲にならなかったことを理由に、反撃を控えた。

 だが、K1への攻撃で米国人が死亡したことで、米国はこの攻撃主体をKHと断定し、2日後の同月29日にKHの5カ所の拠点を攻撃し、同組織の25人を殺害した。

 これに怒ったKH関係者らシーア派の群衆が同月31日にバグダッドの米大使館を襲撃。その映像を見て激怒したトランプ大統領が、側近から提案された中でも「最も極端な」ソレイマニ司令官殺害を命じ、1月3日にバグダッド国際空港で実行に踏み切ったという、報復の連鎖が起きたわけだ。

 しかし、2月6日の『ニューヨーク・タイムズ』は、発端となった12月27日の攻撃はシーア派のKHでなくスンニ派のISである、という複数のイラク軍幹部の実名証言を報じたのである。

 イラク軍幹部らの証言は、攻撃のあったイラク北部キルクークはスンニ派の勢力圏であり、シーア派は2014年を最後に足を踏み入れていないこと、またISが12月27日の攻撃直前の10日間だけで3回K1を攻撃していたという事実を根拠にしている。イラク軍はこの3回の攻撃を受けて米軍にISの再攻撃を警戒するよう、27日の当日も呼びかけていたという。

 実際27日の攻撃は、ISの拠点から約300メートルのところで、小型トラックを使用して行われており、イラク軍幹部は「シーア派はこんなところに来られない」と語っている。

 ちなみにKHは27日のK1への攻撃を否定する声明を発表している。KHはキルクークには2014年に80日間進撃しただけで、その後は入れていないという。

証拠を明らかにしない米軍

 イラク軍幹部の証言はどれも状況証拠であり、決定的なものではないが、事実とすれば、KHもイランも無関係となる。トランプ大統領が、米軍幹部が仰天する中で命じたソレイマニ司令官殺害は、起こす必要がない軍事作戦だったことになる。

 付け加えれば、イランは1月8日、司令官殺害の報復としてイラクの米軍拠点2カ所を短距離弾道ミサイルで攻撃。さらに、接近する米軍の巡航ミサイルと見誤り、テヘランを離陸したウクライナ航空旅客機を撃墜してしまった。

 乗員乗客176人が死亡したこの悲劇も、米国がそもそもK1攻撃をISの行為とみなしていれば、起こらなかったことになる。

 もちろん、米軍はイラク軍の説明を否定している。K1には十数発のロケット弾が撃ち込まれたが、ISはこうした攻撃能力を持ち合わせておらず、また通信傍受からもKHの攻撃であることは明らかだと、当局者は説明する。

 だが、傍受した通信の内容は伏せられたままだし、ISがなぜロケット弾攻撃ができないのかの説明もない。イラク軍も、米軍はKH犯行説の証拠を明らかにしない、と不満である。

 他の米大手メディアは後追いしていないし、トランプ大統領を常に批判する民主党議員たちも騒いでいない。状況証拠だけにイラク軍の証言を鵜呑みにはできないから、判断を保留しているのだろう。

 イランの影響が強いイラクは、ソレイマニ司令官殺害を受けて米軍の撤退を要求しているほどだから、イラク軍がISの仕業とでっち上げる情報作戦に出たのかもしれない。

戦争報道のベテラン

 ただ、この記事を書いた『ニューヨーク・タイムズ』のアリッサ・ルービン・バグダッド支局長は、アフガニスタン報道でピュリツァー賞を受賞し、中東やバルカンなど戦争報道のベテランだ。

 彼女はISの動向も詳細に報じてきた。イラクの偽情報に引っかかる素人記者ではない。記事も、イラク軍幹部の証言を紹介する形で冷静に書かれている。

 実際にISがキルクークなどで2019年12月に活動を活発化させており、米軍拠点への攻撃を増やしていたことは、イラクをウォッチしている米団体も報告している。情報がはっきりしないことから、日本の中東専門家の中にもK1攻撃の主体をKHと断定しない人が多い。

『ニューヨーク・タイムズ』ほど冷静な書き方ではないが、K1攻撃をKHの仕業と断定するトランプ政権に疑義をはさむのが、孤立主義で知られる政治家パット・ブキャナン氏が創設した「アメリカの保守」である。

 ソレイマニ司令官殺害の直後から、K1の攻撃主体を解明しないまま、米国がKH攻撃に踏み切り、ソレイマニ司令官の殺害にまでエスカレートさせたのは、マイク・ポンペオ国務長官らイランとの全面戦争を望む勢力の策略である、との見方をサイトで伝えているのだ。

 さて、トランプ大統領にはこの頃、司令官殺害で得る利益がいろいろあった。戦争にならない範囲でイランを叩きその挑発を抑止することもそうだが、大統領選再選に向けて強さをアピールして支持率を上げる狙いも否定できない。実際トランプ氏は、バラク・オバマ大統領(当時)が再選選挙に臨んでいた2012年に、

「オバマはイランを攻撃する。そうすることで支持率を上げて再選を勝ち取るのだろう」

 と語ったことがある。

 ちょうど下院から弾劾訴追を受けたばかりだったから、ハリウッド映画『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』のように、スキャンダルから国民の目をそらす狙いという見方も浮上している。

あわせて読みたい

「ドナルド・トランプ」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    コロナが炙り出す質低い大人たち

    毒蝮三太夫

  2. 2

    元慰安婦団体なぜ内部分裂したか

    文春オンライン

  3. 3

    ドラゴンボールが儲かり続ける訳

    fujipon

  4. 4

    ブルーインパルス飛行批判に落胆

    かさこ

  5. 5

    検察庁前で開催「黒川杯」に密着

    SmartFLASH

  6. 6

    元自民議員 安倍政権長く続かず

    早川忠孝

  7. 7

    報ステ視聴率危機? テレ朝に暗雲

    女性自身

  8. 8

    コロナ対策成功は事実 医師指摘

    中村ゆきつぐ

  9. 9

    上場企業レナウン倒産に業界激震

    大関暁夫

  10. 10

    コロナとN国で紅白歌合戦ピンチ

    渡邉裕二

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。