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「アンナ・カレーニナ」読むと結婚が捗るぞ

リンク先を見る画像を見る 人生を滅ぼした女から、何を学ぶか。

 「女とは愛すべき存在であって、理解するためにあるものではない」といったのはオスカー・ワイルド。これは、夫婦喧嘩という名のサンドバック状態になってるとき、かならず頭をよぎる。

 結論から言う。論理的に分かろうとした時点で負け、相手の感情に寄り添えるならば、まだソフトランディングの余地はある。

 しかし、夫と不倫相手は、そこが分かっていなかった。体裁を繕うことに全力を費やしたり、売り言葉に買い言葉で応じたり。優越感ゲームや記憶の改変、詭弁術の駆け引きは目を覆いたくなるが、それはわたしの結婚でもくり返されてきたことの醜い拡大図なのだ。

 投げつけあう「あなたの言っていることが分からない」の応酬は、「どうせ分かってるくせになぜそういう態度をとるの?」の裏返しだ。大いに身に覚えがあるわたしには、ヴロンスキー(不倫相手)の利己的な愛の吐露が身に染みる。

「じゃあ言ってくれ、きみが穏やかな気持ちでいるためには、ぼくはどうしたらいいんだ? きみが幸せでいてくれるためなら、ぼくは何だってする覚悟だから」

 彼女のイライラはどこから来るのか。離婚が決まらない宙ぶらりんの不安感や、上流階級サロンからの侮辱、息子と引き離された悲しみ、そうしたもろもろが中途半端なまま「いままでどおり」を演じようとする乖離が見て取れる。

 イライラに明確な原因があって、取り除くなり緩和すれば解決する―――わけない。きっかけは些細な意識齟齬だったり、僅かな行き違いだが、それはトリガーに過ぎぬ。お互いそこは了承してるからいきなり過去の嫌味辛みの応酬となる。「分かろう」とするのは歩み寄りよりもむしろ、「分かってやろう」という上から目線に取られる。「わたしが欲しいものを知っているくせに」。

 では、アンナが欲するものは何か。献身的な態度か、巨額な資産か、贅沢な生活か、甘美なひとときか、その全てを受け入れながらも、そのいずれでもないという。独白の形で彼女は表明する。

「わたしが欲しいのは愛だ。でも愛はない。だとしたら、全部おしまい」自分が言った言葉を彼女はくりかえした「だったら終わらせなくちゃ」

 物語は一気に不吉な様相になる。だが、彼女が欲したのは、愛そのものではなく、「愛されているわたし」だった。男の目や手や顔やしぐさに愛を見いだすのではなく、男の言葉から愛を受け取るのではなく、ただいひたすら、自分、自分、自分。「愛されているという感じ」を感じたいのだ。

 残念ながら、この判定者は女自身。なのでこの戦いは100パーセント男の負けになる。これが判らぬ男は、女を泣かすか、女から逃げ出すまで無益な消耗戦を続けなければならない。言葉を尽くして、なだめてすかして、思いあまって、しかも何度もくり返して、たどり着くのだ―――この女が分からぬという結論に。だが、この結論そのものが間違っている。女を理解しようとするその態度が、「女を理解する」という設問自体が、誤っているのだ。女は、理解するためにあるのではなく、ただひたすら、愛するためにある。

 その愛し方は、ひたすら尽くす(ヴロンスキー・不倫相手)、すべてを赦す(カレーニン・夫)と男それぞれ。おそらく二人とも、「わたしと○○と、どっちが大事?」という定番の質問の答えを知らないのだろう。正解は、「そんなことを言わせて、ごめん」と言いながら、(TPOに合わせて)抱きしめる or 土下座する or 涙を流すだ(テストに出るので覚えておくように)。

 しかし、これがなかなか厄介だ。プライドというやつが邪魔をする。そして、このプライドというやつが面白い。本書には、リヨーヴィンという、まさにプライドが服を着ているような奴が登場する。そして、彼の生活や事業、結婚観や内省が、微笑ましくて愉快になる。

 実は、「アンナ・カレーニナ」というタイトルなのに、このリヨーヴィンが物語の半分を占める。二人の人生はときに交差するけれど、これは一種のダブル・プロットになる。「不倫の果てに鉄道自殺する不幸な女の話」に絡まるように、「紆余曲折の末、幸せな結婚生活を送る男の話」が続く。ウラジミール・ナボコフは、このリヨーヴィンのパートを評価せず、夾雑物あつかいしている。だが、その秘密は、この物語の一行目に隠されているのではないか。あまりにも有名なこれだ。

幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、
不幸な家族はそれぞれの不幸の形がある。

 非常に興味深いことに、この一行目を読み始めたときは、わたしもこれに同意だったが、読み進むにつれ懐疑的となり、最後に至っては、逆ではないかと考えるようになる。すなわち、何に幸せを見いだすかは人によるが、不幸の形はただ一つ、「不信」という姿をとる。人間不信になったり、不信心だったり、明日が信じられなくなったとき、それを人は不幸と呼ぶのではないか。

 本書は19世紀の貴族社会における恋愛をモチーフとしながら、結婚や家族のおける価値観の問題、モラル、教育、宗教、さらには農業や政治や戦争の問題など、さまざまなテーマを縦横に書き込んだ総合小説となる。

 アンナの濃厚な自己愛の跡を辿っても面白いし、リヨーヴィンのプライドが七転八倒する様を笑ってもいい。トルストイの一見リアリスティックな世界は、同時に象徴、隠喩、寓意にみちた連関の迷路になっている。破滅への兆候を拾っていくとエンタメとして読めるし、恋愛小説として読むと完全にラノベになる。わたしはここから、「結婚」という断面で斬ってみたが、未婚のわたしに読ませたい、先達ならではの知恵(地雷?)が詰まっていた。これは好きに読めばいいだろう、総合小説の懐の深さやね。

 結婚前のわたしに読ませたかったスゴ本。結婚後のわたしは、涙ナシには読めないスゴ本。

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