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恐怖が先行する新コロナウイルス

「正しく怖れる」ことの難しさ
防止策が新たな不安を増幅
気になる「黄禍論」の可能性

中国・武漢に端を発した新型コロナウイルスによる感染が3月3日現在で世界71カ国・地域に広がっている。飛沫(ひまつ)感染、接触感染のほか、感染経路が分からない「市中感染」も確認され、現時点では有効な治療法がなく、ワクチン開発の目途も立っていない。先行き不透明の中で恐怖と不安が感染を上回るスピードで拡大し、防止対策を厳しくすれば、それに合わせて不安が増幅する事態も生まれている。

医学・疫学の知識がないまま軽々にモノを言うつもりはないが、1点、どうしても気になる点を記しておきたいと思う。感染の拡大とともに広がりを見せる偏見、差別である。何度か取材したハンセン病の歴史を見ても、偏見や差別は不安や恐怖から生まれる。

一連の報道を見ると、欧州で最初に感染者が確認されたフランスでは新聞に「黄色人種の危険」といった見出しも登場している。中国人だけでなく日本人や韓国人など東アジア系の人々が街中やソーシャルメディアで差別的な言葉を浴びせられるケースが増え、シンガポールやマレーシアでは中国人の入国を全面禁止するよう求めるオンライン署名活動に多くの人が賛同している、と報じられている。

当の中国では、「武漢人」がネット上で疫病の隠語や象徴として使われ、武漢人や武漢ナンバーである「鄂Aナンバー」のプレートを付けた車を歓迎しないと書いた横断幕を掲げる地域や武漢人を「出ていけ」などと罵倒する現象も起きている、といわれる。

日本でも厚生労働省の要請を受け、政府派遣のチャーター機で武漢から帰国した邦人や集団感染があったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」などで医療行為に当たった災害派遣医療チームの医師や看護師、その家族が、「バイ菌扱い」され、保育園・幼稚園から子どもの登園自粛を求められる事態も発生。日本災害医学会が2月22日、偏見や先入観に基づく差別を強く批判する抗議声明を発表している。

新型コロナウイルスに対するパニックが、欧米では中国人だけでなくアジア系全体、アジアでは発症国である中国や中国に次いで感染者が多い韓国や日本、そして中国や日本では武漢の関係者や感染者に接触した可能性がある人々に対する偏見・差別を生み、さらに激しさが増す気配にある。2月24日から中国などアジア5カ国・地域に続き、日本や韓国からの入国を禁止したイスラエルのようにアジアの人々の入国をシャットアウトする動きも増えそうだ。

2002年に中国・広東省を起源として32の国・地域に広がり世界を揺るがせたSARS(重症急性呼吸器症候群)も新型コロナウイルスの一種だった。遡れば1世紀前のスペイン風邪では、1918年から約2年間に当時の世界の人口の3割に当たる5億人が感染し、2000万人〜4500万人、日本でも当時の人口の0.8%強に当たる45万人が死亡した。ウイルス性感染に対する恐怖は人類のDNAに染みついている。

WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は消極的な印象も受けるが、71カ国・地域に感染が拡大した現状は、どうみてもパンデミック(世界的な大流行)の様相にある。致死率はSARSの9・6%に比べ低く、糖尿病や免疫抑制剤を使用している高齢者らを除けば症状も軽いとされるが、感染力の強さは尋常ではなく、この点が恐怖と不安を深める一因となっている。

中国の工場稼働率の低下でサプライチェーン(部品供給網)が寸断し、世界経済が減速し始めており、経済がさらに悪化すれば偏見・差別がさらに膨張しよう。1月29日付の中国・人民日報は「私たちの共通の敵は疫病であり武漢の人ではない」と訴える記事を掲載しているが、人々が冷静さを取り戻し、染み付いた恐怖や偏見が消えるには時間が掛かる。東日本大震災の被災地、とりわけ原発事故があった福島の農水産物は放射性物質が基準値を下回った今も、購入をためらう人が国内でも10%を超え、風評被害から抜け切れないでいる。

気になるのは、今回の新型コロナウイルスに関連して、19世紀後半から20世紀前半に欧米に現れた「黄禍論」が再び頭をもたげる可能性がいくつか指摘されている点だ。近年の中国の経済大国化や経済摩擦など他の要因もあろうが、冒頭でも触れたように、中国人だけでなくアジア人全体を一括りにして差別する動きが欧米に出ているのは間違いない気がする。日本も含め当のアジア各国にも、同様に差別意識を露わにした書き込みなどが目立ってきている。

「正しく怖れる」という言い方がある。しかし、新型コロナウイルスの正体が解明され、治療法が確立されない限り正しく怖れることは難しい。騒ぎが長引き、被害が拡大すれば、グローバル化で極限まで拡大した格差など他の要素も絡み、偏見や差別は社会の底辺に広く沈潜し、その後遺症も長く残る。

安倍内閣が打ち出した小中高校の一斉休校要請に対し、その根拠を問う声も出ている。しかし、新型コロナウイルスの被害が今後どう進むか、現時点で分からない以上、可能な限りの封じ込め策をとり、関連して発生する不都合にその都度、対処していくしか方法はないのではないか。評価は常に後付けである。結果が悪ければ、それでも手ぬるかったということになる。結局、必要と判断した対策を進めるしかない。そんな思いで事態の推移を見守りたく思う。

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