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がんになって、「私にはまだやり残したことがある」と思うようになりました -「賢人論。」第110回(後編)C.W.ニコル氏

南ウェールズで生まれ、カナダ、北極、エチオピアと世界を渡り歩いたあと、日本に永住したC.W.ニコルさん。1995年には日本国籍を取得した。そんなニコルさんが直腸がんになったのは2016年、76歳のときだった。「死を覚悟した」と語るニコルさんは、そのときどんな思いを抱いたのだろうか?

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

76歳になる年、直腸がんが見つかった

みんなの介護 76歳になる年、ニコルさんは直腸がんを患いましたね。どのようにしてそれが判明したんですか?

ニコル 下血をしたんです。だけど、しばらくの間、そのことは誰にも言わずにいました。

みんなの介護 どうしてですか?

ニコル ぼくが「男の子」だったからです(笑)。

健康チェックは、70歳を過ぎたころから年に2回ほど行っていて、過去に1度、「要検査」という結果が出て直腸の内視鏡検査をしたことがあるんです。それはそれは、不快な体験でした。

実はその年、ぼくは3人の親しい人をがんで失っているんです。

ひとりは英国に住んでいるぼくの弟。2年前にがんが見つかって手術をしたけど、再発して亡くなりました。ふたり目は、カナダ在住の娘の夫。彼はぼくと同じく下血をしたんだけど、医師が痔と誤診して発見が遅れたんです。がんが見つかったときはもう手遅れで、50代の若さで亡くなりました。3人目のカナダに住んでいるベストフレンドも、やっぱりがんを患って世を去りました。

みんなの介護 「自分の番が来た」と思うのは無理もないかもしれませんね。

ニコル 死は、ぼくにとって、そんなに怖いことではありませんでした。

西洋では死んだ人は天国か地獄に行くという考えがあります。生前、いいことをした人は天使や先に亡くなった人が待っていて、その人たちとの幸せな生活をおくることができる。逆に、悪いことをした人は、地獄に落ちて永遠に焼かれて苦痛を味わう、と。

だけど、ぼくは子どものころからそんな話は信じてなかったよ。だって、もしそれが本当なら、天国と地獄も日本の満員電車のように定員オーバーになっているはずでしょ(笑)。

ぼくにとって死は、「Just ending」。はじまった人生が、ただ終わるだけのことです。

がんと闘うつもりなんて、少しもなかった

みんなの介護 とはいえ、ニコルさんは死を受け入れるのではなく、治療してがんと戦う決意をしたわけですよね?

ニコル いや、がんと戦うつもりなんて、少しもなかったですよ。

ぼくはただ、まな板の鯉のようになって、麻酔で寝かされて手術台の上に寝かされていただけ。ぼくの代わりに病気と戦ってくれたのは、病院で働いている人たちです。

本当に、頭の下がる思いでした。医師はもちろん、看護をしてくれた人たち、それから病室を掃除してくれる人たちに対しても、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

みんなの介護 病後はだいぶ痩せられたそうですが、その後の経過はどうですか?

ニコル ピークのときに100㎏あった体重は、86㎏になりました。だけど、ぼくももう歳で自然にたくさん食べられなくなっていますから、それくらいが標準なのかもしれません。

がんのほうは今のところ、再発の兆候はないし、以前、成人病を指摘されたときの数値も正常に戻っています。

みんなの介護 それは何よりです。

ニコル 手術を受けたばかりのころは、痛みが続いたりして「自分は死から免れたんだ」という実感はあまりなかったけど、だんだん痛みがやわらいできて、そういう状況に慣れてきたとき、「ぼくにはやり残した仕事がまだある」と思えるようになっていきました。

今、全部で700ページの大作を書いてるんです。題名は、『森林道』。

5歳のときにウェールズの森にひとりで入り、その後、カナダやエチオピアを渡って、最後に日本の黒姫の森の主になる話。これまで自分が経験してきたことを書いていくつもりです。

今年の7月でぼくは79歳になりましたが、80歳になるまでには完成させたいと思っています。

みんなの介護 『森林道』が読める日を楽しみにしています。長くお話しいただいて、ありがとうございました。

ニコル こちらこそ、ありがとうございます。では、最後にぼくが書いた詩を皆さんにプレゼントして、お別れすることにしましょう。

『私にできること』──C.W.ニコル 2019年6月

願わくは
わたしは一本の木になりたい
暗闇の中に広く、深く根を張り
しっかりと土を抱えて
この地球を支える一本の木に

願わくは
わたしは一本の幹になりたい
空に向かって、まっすぐに、力強く
重ねた歳月と季節を年輪に刻み
すっくと立つ大きな柱に

かなうなら
この身を一枝に変え
光射す彼方へと手を伸ばし
風に揺られながら
天に祈りを捧げたい

願わくは
わたしは一枚の葉になりたい
瑞々しい緑の葉に
木陰を作り、清冽な息を吐き
春から秋にかけては
きらめく木漏れ日と戯れ
やがて命尽きれば密やかに舞い落ちて
再び森の土へと還るのだ

かなうなら
わたしはなりたい、どんぐりに
木の実に、ベリーに、果実に
食料を分け与え、広く種子を撒けるよう

さあ、みんなで一つの森になろう
それぞれの強さを持ち寄り、違いを受け入れ
砂漠に緑を取り戻そう
わたしたちの大切な惑星に
新たな命を育てるのだ

わたしたちの手で木を植えよう
この大地に
そして、みんなの胸に

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