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私は、大好きな自然と人間の文化を守るために闘ってきた-「賢人論。」第110回C.W.ニコル氏(前編)

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英国・南ウェールズ出身のC.W.ニコルさんがはじめて日本の地を踏んだのは、1962年のこと。日本の多様な自然に魅せられたニコルさんは、高度経済成長に湧く日本社会の危うい行く末に警鐘を鳴らし、自然保護の大切さを訴えてきた。その一方、1986年から長野県の黒姫(信濃町)に購入した山林を「アファンの森」と名づけ、森の再生を実践。荒れ果てていた森は見事に蘇り、心に傷を負った子どもや障がいのある子どもたちに癒しの場を提供するなど、さまざまに活用されている。そんなニコルさんがこれまで歩んできた道を、改めて振り返ってもらおう。

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

日本との出会いは「柔道」だった

みんなの介護 「都会は嫌い。自然は好き」と、ニコルさんはおっしゃいます。子どものころからそうだったんですか?

ニコル そうです。たぶん、ぼくの遺伝子にそう書かれているのでしょう。

5歳からひとりで森に入って遊んでいたし、8歳からは裸馬にまたがって野山を駆けまわっていました。12歳のときには祖父の訓練を受けて、狩りをしていました。

みんなの介護 そんな南ウェールズの自然児だったニコルさんが、日本に興味をもったきっかけは何だったんですか?

ニコル 12歳のとき、ぼくはシー・カデットに入ったんです。シー・カデットとは、英国海軍の精神に基づいた青少年健全育成活動を行う慈善団体のこと。

水兵服を着て、ロープの結び方、船の操縦、水難救助法などの訓練をするんです。その訓練の中には、柔道もありました。

当時、痩せていて小柄だったぼくは、ケンカに強くなりたくて柔道に夢中になりました。近所にYMCA(キリスト教青年会)の柔道クラブがあって、元コマンド部隊の隊員だったという講師の指導を受けていたくらい。

そんなある日、日本人の師範を招いて3日間の特別講習をしてもらうことになりました。柔道クラブの講師は、一番強い人でも茶帯を締めていたけど、柔道の本場、日本にははるかに強い、黒帯を締めた達人がいると話に聞いていたから、ぼくはその「黒帯の日本人」が来る日を楽しみにしていました。

15歳ではじめて会った日本人に衝撃を受けた

みんなの介護 はじめて会った日本人の印象は、いかがでしたか?

ニコル 実際に会う前にぼくは、その人の顔や体つきなどについて、想像をめぐらせていました。日本人というと、当時は戦争映画に出てくる悪役のイメージが強くて、そうでなくても柔道の達人なんだから、とてつもなく大きな体で、人を目だけでねじ伏せるようなどう猛な顔つきをしているに違いないと。

ところが、駅に出迎えに行ったときに現れた日本人は、そんなぼくの想像を頭からくつがえすような、礼儀正しい紳士だったのです。体は大きいというより、痩せ型の中背で、ツイードのジャケットをまっすぐに伸びた背筋で見事に着こなしていました。

その人の名前は、小泉軍治先生といいます。第二次世界大戦のはるか前、日英が同盟関係にあった時代に講道館から英国に派遣された柔道五段の師範代で、陶芸や漆器などの日本の伝統工芸に造詣の深い教養人でもありました。

柔道のほうもめっぽう強くて、クラブ講師たちの巨体を軽々と投げ飛ばしていました。

驚いたのは、強さだけじゃない。小泉先生は講師たちにバランスのとり方の間違いや、技のかけ方を説明したあと、ためしに自分を投げてみなさいと指示しました。そのとき、小泉先生は、文句のつけようのない完璧な受け身をとってそれを受け、大柄の若い講師たちを笑顔で称えたんです。

まさに、目からウロコが落ちるような体験でした。小泉先生のおかげで柔道に対する畏敬の念がふつふつと湧いてきて、日本への興味が動かしがたいものになりました。ぼくが15歳のときの出来事でした。


3度の北極への調査遠征を経て、1962年に初来日

みんなの介護 その後、17歳でカナダの北極遠征に参加し、海洋ほ乳類の調査研究にあたったニコルさんは、22歳のときにはじめて日本の地を踏みます。どんないきさつがあったのですか?

ニコル 北極遠征は、3回経験しましたが、これは北極探検家になることが人生の目標のひとつだったからです。

目標はもうひとつあって、それが日本で柔道と空手を学んで最強の格闘家になることです。22歳になって、ようやくそれを実行するチャンスがやってきた。

みんなの介護 はじめて見た、日本の印象はどうでしたか?

ニコル 南ウェールズの柔道クラブで小泉先生から得た日本人の印象は、少しも裏切られませんでしたよ。

日本で出会った人たちはみんな礼儀正しく、柔道の技の名前くらいしか日本語を知らないぼくを、温かく迎えてくれました。

ラフカディオ・ハーンの著作や新渡戸稲造の『武士道』、それから日本について書かれた本はかなり読んで、それなりの知識はあったつもりだったけど、毎日がはじめて知ることばかりで新鮮でしたよ。

みんなの介護 どんなカルチャーショックがありましたか?

ニコル これは、はじめて来日した翌日の朝、宿泊した旅館での出来事です。

少し遅めに食堂に行ったため、そこは背広にネクタイ姿のサラリーマンたちでいっぱいでした。旅館の特別のはからいで、ぼくの食卓にはトーストとハム、サラダが出ていましたが、彼らは普通の和食のメニューを食べていました。

郷に入っては郷に従えとばかりに、彼らが食事をするのを観察していると、不思議なことに気づきました。彼らが箸を使うとき、空中に輪を描くようなしぐさをしているんです。まるで、オーケストラの前で指揮棒を振るコンダクターのように。

そのとき思い出したのが、禅についての本から得た知識です。東洋には、一切の生と死が果てしなく循環する「輪廻」という思想がある。I see. なるほどね。彼ら日本人は動植物から命をいただくとき、それらの輪廻に畏敬の念を表すために箸で円を描いているんだ、と。そう理解して、見よう見まねでナイフとフォークで円を描きながら朝食を終えました。

それからしばらく経ってから真相が判明しました。旅館の食堂で出会ったサラリーマンたちは、ただご飯にかけた納豆を食べていただけのことで、円を描くしぐさは、箸にまとわりつく細い糸を払うための日常的な動作だったと知りました。

やれやれ、知らないというのは恐ろしいことだね(笑)。

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