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籠池泰典が初めて明かした「100万円事件」の真相と「昭恵さん」のこと - 「週刊文春」編集部

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 8億円を上回る国有地の値引きがスクープされてから3年が経った。だが国有地を巡って時の首相夫人の関与が囁かれた一大疑獄は、いつの間にか理事長夫妻による補助金詐取に取って代わられた。地裁の判決直前、籠池氏が語り尽くした昭恵夫人による「神風」とは。

【写真】「神風」を吹かせた昭恵夫人とのスリーショット

 ◆ ◆ ◆

2週間後に判決を控えた心境は「不動心」

 2月上旬某日、新大阪駅付近のとあるホテルの一室で籠池泰典氏(67)は、小誌を含むマスコミ各社の取材に臨んでいた。ストライプ柄の黒の背広に水色のネクタイという出で立ち。隣にはピンク色のメガネをかけた妻・諄子氏(63)の姿もある。


籠池氏と諄子夫人

 森友学園への補助金を詐取した疑いで詐欺罪などに問われた籠池夫妻には、懲役7年が求刑された。この日の二人は、約2週間後の2月19日に大阪地裁での判決を控える身。だが記者が、現在の心境を問うと、

「別に普段と変わりはなくてですね。不動心。うん。まさにそんな感じ」

 と、事も無げに言い放つ。続く諄子氏も「楽しみです!」と笑顔を浮かべている。

 発覚から3年――。森友事件は大阪府豊中市の国有地売却をめぐる巨額の値引き疑惑が発火点だ。当初は「森友学園」という一学校法人の問題に過ぎなかったはずが、その後、政治家の口利き、財務省による公文書改ざん、そして近畿財務局職員の自殺など数々の疑惑が噴出し、いつの間にか日本中の注目を浴びる一大疑獄へと発展したのだった。

反省の傍ら、常軌を逸した政府の対応を糾弾

 約300日に及ぶ大阪拘置所での勾留生活を経て18年5月に保釈された籠池夫妻にとって、森友事件にはまだ隠された事実があり、判決を前に語り尽くしておきたい気持ちが強くあった。

 冒頭の日も籠池氏は、

「国家の犯罪を暴露しないといけない!」

 と、大きな声で息巻くと、記者たちを前に自身の考えを滔々と語っていた。

 2月13日には『国策不捜査 「森友事件」の全貌』(文藝春秋刊)を出版。作家の赤澤竜也氏の3年に及ぶ密着インタビューに応じ、約500ページ分もの“独白”をしている。

 その中で籠池氏は起訴事実である詐欺罪について、国の補助金詐取については全面的に否認しているが、大阪府と大阪市からの補助金詐取については、

「一部の事実については公判で認めている。よからぬ方法で補助金のかさ上げをした点について、あらためてここに陳謝したい」

 と反省の弁を述べている。

 一方で、「国有地売却における8億円値引きの背任容疑」と「公文書改ざんでの有印公文書変造・同行使容疑」に問われた財務省幹部ら38人が不起訴となったことは「国策不捜査」であったと断じ、「検察庁は政治権力の意向に沿って森友事件の矮小化に奔走した。『国策不捜査』を貫き真相究明の任を放棄した」と糾弾しているのだ。

「国有地の8億円値引き」、「財務省による公文書改ざん」……政府による常軌を逸した対応はすべてある人物に端を発している――首相夫人の安倍昭恵氏だ。

「『昭恵さん』と呼んでください」と言われ……

 事件発覚当初から彼女は疑惑の渦中にあった。建設予定だった「瑞穂の國記念小學院」の名誉校長に就いていたことや、「塚本幼稚園」の園長室で籠池氏に100万円を手渡したことなどが報じられ、その度ごとに世間に波紋を広げていた。

 だが一方で、籠池氏自身も『国策不捜査』で、

「家内と昭恵夫人とのつながり。この一点だけがボクたちの希望だった」

 と述懐し、事件の最中も昭恵氏が唯一の拠り所であったことを認めている。

『国策不捜査』で赤澤氏は、籠池氏から昭恵氏に関する数々の詳細なコメントを引き出し、丹念に記録している。そこからは両者がいかに親密であったかがよく分かり、昭恵氏の存在こそが森友事件の核心であると改めて理解できる(※以下、籠池氏の発言は『国策不捜査』をもとに構成した)。

 籠池氏が昭恵氏と連絡を取り合うようになったのは11年10月頃からだ。森友学園のPTAの紹介だった。初めて直接会ったのは14年3月14日、場所は「ホテルオークラ東京」の老舗割烹「山里」だった。

 籠池氏が語る。

「ボクたち夫婦と安倍さん夫妻の4人の席を予約していたのだが、安倍さんは急用ができたとのことでドタキャンだった。昭恵夫人は午後6時くらいにお越しになり、懇談を始めたのだが、初対面とは思えないほど話が弾んだ」

 最初は「昭恵先生」と呼んでいたが、本人から、「『昭恵さん』と呼んでください」と言われ、そう呼ぶようにしたという。話題は教育、政治、果ては夫婦関係におよび、大いに盛り上がった。

「安倍晋三記念小学校」はまずいのではないか

 だが途中で昭恵氏が、

「主人は現役の首相になってしまっているので、まずいのではないかと思っている」と切り出したという。

 実はこの頃、建設予定だった小学校を「安倍晋三記念小学校」と命名しようと籠池氏は考えていた。この案を考えついた時期は民主党政権下で、自民党は野党。安倍首相も当時は一衆院議員に過ぎなかった。しかし保守主義の思想を持ち、日本会議のメンバーにも名を連ねていた籠池氏にとって「安倍晋三」という政治家は特別な存在だったのだ。

 12年に入ると昭恵氏に連絡を入れ、学校名の許可を取り付けたという。それが一転して、この会合のときに昭恵氏が断りを入れてきたというわけだ。首相夫人の頼みとあり、籠池氏は即座に承諾したという。

 そんな最中、突然、昭恵氏の携帯が鳴った。安倍首相からだった。

「いつ帰るのか心配になった安倍さんから電話が入ったのだ。時計を見るとすでに午後10時過ぎ。これはさすがにまずいと思い、『お開きにしましょう』と申し上げた。すると昭恵夫人は畳に手をついて『今日はありがとうございました』と言ってくださった」(籠池氏)

「神風」を吹かせたスリーショットを撮影

 山里での会食から約1カ月後の4月25日に昭恵氏は初めて塚本幼稚園を訪問。「タイトな短いスカートのツーピースという出で立ち。お美しい方だと心から思った。園児に紹介するときも自然に『昭恵さま』という言葉が口をつく」(同前)ほど感激したという。

 同じ日に小学校の建設予定地も訪れ、空き地を見た昭恵氏の「いい田んぼができそうですね」との発言が「瑞穂の國記念小學院」という校名の由来になった。さらに、この時は首相夫人付き職員の谷査恵子氏も同行し、籠池夫妻と昭恵氏のスリーショットも撮っている。

 一方で当時の籠池氏は、小学校建設のために奔走する日々を送っていたが、苦戦を強いられていた。

 大阪府からは学校の設置認可が下りず、近畿財務局(財務省の下部組織で国側の窓口)とは国有地の賃借契約を巡って話がまとまらない。籠池氏自身も「大阪府と近畿財務局を行ったり来たり、という状態だった。本当に辛かった」と述懐している。

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