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遺伝子検査行う体制作り急げ

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写真)横浜市中区新港にある複合施設「横浜ハンマーヘッド」(新港ふ頭客船ターミナル)へ第一号入港したクルーズ客船「ダイヤモンド・プリンセス号」(2019年11月4日) 出典)Photo by NEOーNEED

上昌広医療ガバナンス研究所 理事長)

【まとめ】

・遺伝子検査は重症患者だけ。無症状もしくは軽症の患者は見落とされている。

・乗員・乗客、希望者全員に対し遺伝子検査行い、陰性なら自宅に戻せば良かった。

・医師が必要と判断すれば、遺伝子検査を行う体制づくりが必須。

新型コロナウイルスの流行が拡大している。2月23日午後9時現在、国内で確認された感染者数は135人。クルーズ船の692人、チャーター便の15人、検疫や隔離・搬送に関わった6人を加えると838人になる。

 この数字は氷山の一角だ。確定診断には遺伝子検査(PCR検査)が必須だが、その必要性は厚労省が判断し、海外の流行地域への渡航・居住歴、あるいは濃厚接触者以外で、検査を受けることができるのは、「入院が必要な肺炎」と診断された人や「治療の効果が乏しく症状が悪化し続ける人」に限定されるからだ。つまり、重症患者だけだ。感染者の大部分は無症状あるいは軽症だ。彼らは見落とされている。

 私は、新型コロナウイルスは既に国内に蔓延していると考えている。都内と埼玉県の2箇所のクリニックで診療しているが、一週間程度、発熱の続く患者が増えたように思う。インフルエンザ検査は陰性だ。通常の風邪なら3-4日程度で治癒するから、これは異例だ。同じような経験は、他の医療機関で働く知人からも聞くことが多い。このような患者の中には新型コロナウイルス感染者もいるだろうが、遺伝子検査ができないため、診断されない。

 このような状態に陥ったのは、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)のような「感染症の司令塔」がないことが問題だという論調が強い。今回の流行が落ち着いた段階で、政府は新組織を含む体制強化を検討することを表明している。

図)新型コロナウィルス イメージ図 出典)CDC

 私は、政府機能を強化することで、感染症対策が上手くいくようになるというのは、何の根拠もない仮説に過ぎないと考えている。むしろ、現状を把握してない政治家・官僚、さらに有識者の権限が強化されることで、被害は増大すると予想している。

 その典型が、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の悲劇だ。当初、船内には2,666人の乗客と1,045人の乗務員がいた。総勢3,711人のうち、2月23日現在、692人が感染し、重症は36人、さらに80歳代の男女4人が死亡した。

 日本ではあまり問題視されないが、4名が亡くなったことは大きい。クルーズ船で海外旅行に行くくらいだから、検疫前は元気な人だったのだろう。彼らの死は検疫が原因といっても差し支えない。

 注意すべきは、検疫は国内に新型コロナウイルスを流入させるのを防ぐためであり、彼らには何のメリットもないことだ。メリットとデメリットを天秤にかける医療事故とは根本的に違う。医療界では似た例は健常者を対象に新薬をテストする第一相治験に近い。被験者の安全には最新の注意が払われ、一例でも死亡例が出たら治験は中止となる。乗員・乗客の人権を考えれば、検疫も同様に扱うべきだ。

ところが、厚労省は乗客や乗員の人権を軽視し続けた。西浦博・北海道大学教授らの研究によれば、クルーズ船内では、一人の感染者から平均して5.5人が感染していたことがわかっている。これは中国疾病対策予防センター(CDC)の研究者たちが、1月29日に米『New England Journal of Medicine (NEJM)』誌に発表した2.2人の2倍以上だ。彼らは武漢の町を対象に感染力を推定した。政府は武漢在住の日本人は政府専用機で救出したが、クルーズ船の乗客には何もしなかった。

 クルーズ船では医療体制にも問題があった。亡くなった84歳の女性の場合、症状が出てから遺伝子検査を受けるまで5日を要し、7日目には入院のため、下船している。亡くなったのは、その8日後だ。遺伝子検査で陽性になったことに驚き、対応を変えたのだろう。

 中国疾病対策センター(CDC)の報告によれば、全体の致死率は2.3%で、10代から40代が0.2%から0.4%なのに対し、80代以上では14.8%と跳ね上がる。

 高齢者を船内に閉じ込めれば、こうなることは容易に予想できたはずだ。停留は他にも問題だらけだ。詳しく知りたい方は、拙文をお読み頂きたい。

 では、どうすればよかったのか。私は乗員、乗客で希望者全員に対して遺伝子検査を行い、陰性だったら自宅に戻せば良かったと考えている。

 遺伝子検査はウイルス感染診断の標準的な方法だ。限界はあるものの現在、最も信頼できる検査だ。遺伝子検査陰性の状態で周囲にうつすとは考えにくいため、自宅に帰っても問題ないだろう。不安なら、定期的に検査をすればいい。

 厚労省は「検査能力が追いつかない」という主旨の説明を繰り返してきたが、それは彼らが国立感染症研究所と地方衛生研究所に委託していたからだ。いずれも「研究所」で、大量の臨床サンプルを処理することに慣れていない。1日の処理数の上限を1,000件程度に抑えてきた。その後、3,000件に拡張したが十分ではない。

 国内には約100社の民間検査会社があり、約900の研究所を運用している。一つの研究所で1日に控えめに見て20人を検査するとしても1万8,000人が可能になる。

 遺伝子検査を実施するための「物」も十分にある。知人の試薬会社の社員は「1週間もあれば25万回の検査は準備できる」という。

 問題は厚労省が民間に協力を依頼する気持ちがハナからなかったことだ。検査関係者は「最近、厚労省から検査能力について問い合わせがありました」という。

 世間の批判を受けての動きだろうが、厚労省の対応は見苦しい。厚労省は大手検査会社のみらかグループBMLに協力を依頼したが、彼らがクリニックから直接検体を受託することを規制した。みらかグループが医療機関に送った文章をご紹介しよう(図1)。彼らは「本検査は厚生労働省及びNIID(感染研のこと)のみから受託するものであり医療機関からの受託は行っていません」と記載している。体裁上はみらかグループの自主的な動きだが、どのような背景があるかは容易に想像がつくだろう。

 亡くなったクルーズ船の乗客は、早い段階で遺伝子検査を受けていたら、もっと早期に診断がつき、助かっていた可能性が高い。

検疫で亡くなった人たちは、国民の命を守るために一命を差し出した人たちだ。PKO活動で亡くなった隊員たちと変わらない。旅行中に引いた風邪をこじらせて亡くなった人とは違う。厚労省は勿論、我々にその認識はあるのだろうか。

私が厚労省の態度に腹が立つのは、自らの責任を回避すべく、平気で解釈をねじ曲げるからだ。

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